あれから数ヶ月が過ぎた頃、僻地ランドールに追放されたサラは、元気に過ごしていた。
それはもう、王都でジェラール王子の婚約者として過ごしていた時よりも、数倍生き生きとしていた。日々畑に行き、料理を作り、編み物をする満ち足りたひとりの生活を送っていた。
「いや~今日も天気が良いな~畑もいい感じになって来たし。さて、次は何を植えようかな?」
麦わら帽子に農作業服に身を包んだ、どこからどう見ても農民姿のサラは、今日も元気いっぱいだった。
婚約してから破棄されるまで、抑えに抑えていた料理愛を爆発させていた。そして、料理と言えば、食材。と言うことで、令嬢時代にしたくてもできなかった畑づくりを始めたのだった。
まずは荒れた土地でも作れる豆類、イモ類を植えると同時に土壌改良を始めたのだった。
毎日が忙しい。
そして、毎日が楽しい。
生産性のある毎日。
好きなものを好きに作れる幸せ。
そんな中、ただ一つ不満があった。
サラは、小さな真っ白な雲の浮かぶ青空を見上げて、呟いた。
「アリスちゃんがいればな~」
サラは王都に残してきた妹を思い出し、ため息をついた。
そんなサラが午前中の畑仕事を終えて、次は何を植えるか思い描きながら家に帰る途中、道に倒れている女の子を見つけたのだった。
年の頃は五才くらいだろうか。まるで誰か声をかけて貰うのを待っているかのように、道の真ん中で仰向けになっていた。
村はずれのこんなところに人がいること自体が不思議である。しかし、今はそんなことを考えている暇はなかった。
サラは反射的に少女に駆け寄った。
「お嬢ちゃん、大丈夫?」
サラが声をかけると、吸い込まれるような青紫の瞳を眩しそうに開けた。
「眩しい。光ってる! あなたが光の聖女様?」
少女から見て、サラが光っているように見えてのだろう。まるで発光しているかのように。
少女に意識があることにホッとしたサラは、そっと抱き起こして答えた。
「ただの逆光よ。それより、こんな所で倒れて、どうしたの?」
ぐー
その問いに少女は口で答えず、お腹で答えた。
「お腹がすいているのね。とりあえず、うちにおいで。ご飯を食べさせてあげるから。ところでお名前はなんて言うの? 私はサラよ」
「……ハンナ」
「あら、可愛い、良い名前ね」
サラは、ハンナ抱っこしたまま家へ入れ、椅子に座らせると白い液体が入ったコップを差し出した。
ほんのり甘い香りがするその飲み物には溶けかけたお米が浮かんでいるのが見えた。
不思議そうな顔で見ているハンナに、サラは安心させるように勧めた。
「まずは、これを飲んで落ち着いて」
「飲むのですか? これってお粥じゃないの?」
「甘酒って言って、お米から作った飲み物よ」
初めて見る甘酒をクンクンと匂うハンナを見て、昔、屋敷の庭に迷い込んだ猫にご飯をあげた時のことを思い出し、なんとも懐かしいような、かわいらしいような気持になった。
そんなサラが見守っていると、ハンナは恐る恐る口に運ぶと、驚いた顔でサラに言った。
「甘い。これってお砂糖か蜂蜜が入っているの?」
「砂糖も蜂蜜も入っていないわよ。お米だけよ。お腹が落ち着いたら、こちらもどうぞ」
そう言ってサラがテーブルに並べたのは、今朝焼きたてのふわふわのパンにシチューだった。
ハンナは目を輝かせてシチューを食べ始める。
「シチューだけでなく、パンも一緒に食べるのよ」
「パン? これが?」
ハンナはパンの弾力を確認するように指で押して柔らかく沈み込む感触を楽しんだあと、不思議そうに言った。