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第30話 二人のエース

「なっ……はっ……はぁぁぁぁぁッ!?」


「急に何言ってんだこのパンツ男はッ!?」


「君主ペンティに向かって何を偉そうに!」


 案の定、君主ペンティだと慕う取り巻きの人間は一斉に声を荒げ、俺の提案を好き勝手に拒絶していく。

 ペンティ本人も思わず言葉が出ない程に硬直しておりこの挑戦状に仲間も「何言ってんだこの馬鹿は」と啞然の表情を見せる。


「プッ……ハハッ、アッハハハッ! 何を言うかと思えばパンツに狂う人間も面白い冗談を言えるのですね」


「エグゼクスを渡してやる」


「……はい?」


「そう言えば本気だって伝わるか? この戦いにこちらが負けたのならこの最強の魔導書をお前ら馬術部に譲ってやるよ」


 何の冗談だと高笑いをしていたペンティもようやく俺の言葉に耳を傾ける。


「ただし俺達が勝ったら結合機を渡せ。それとこちらへの危害を行わないと約束しろ」


「ちょレッド貴方何を言って!」


「黙れストレック、さぁどうなんだクレイジーサイコなお嬢様よ、まさか妹に負けるのが怖くてやらないなんて言わないよなぁ?」


 普段の三倍は腹が立つ挑発的な言い方はプライドの高い相手を動かすには十分だった。

 静かに眉間へとシワを寄せると手にしていたティーカップを投げ捨て小さく笑う。


「舐められたものですね。出来損ないと対決をしろだなんて……しかし今回ばかりはそちらの口車に乗るとしましょう」


「認めた……ってことでいいんだよな?」


「明日の放課後、学園に常設された公式戦でも使用される競技場。逃げるという選択肢は許されませんよ?」


「ハッ、逃げるつもりなら端からこんなゴミクソな場所に来てないってのッ!」


 火花が散る視線と視線。

 内に眠る憤怒を笑顔で覆い隠したペンティは了承を示す言葉を口にした。

 まぁ約束を取り付けたのはいいが何が何だか理解してないだろうストレック達は。


「何してんの貴方ッ! 自分が何をしているのか理解している訳ッ!?」


「お前……勝手なことをしてんじゃねぇよ! ストレックをまた傷つけさせたいのかッ!」


 退室するや否や、ストレックは平手打ち、マッズは右ストレートを迷いなしに放つ。

 歯が折れたんじゃないかと思うほどの衝撃や痛みが走るが今はそんなのどうでもいい。

 尻もちをついた身体を起こし俺は口元から血を溢しながら言葉を紡ぐ。


「お前らの怒りは当然だ、気が狂ったパンツ野郎とも思ってんだろ」


「そうよ……その通りよッ! 貴方は変態でも人の痛みを徒に抉る人間ではないと思っていた……見損なったわよ」


「徒なんかじゃない。これは誰も犠牲にならずお前の過去を払拭出来ると思ったから行った俺お得意の大博打さ」


「大博打……?」


「ストレックお前はあの姉よりも速い、何たってあの大会でも最高記録ペースで進んでたんだろ? ペンティをも上回ってな」


「ッ……それはそうだけど……でも貴方も見てるはずよ私の弱さを! 土壇場で私は大きなミスを犯してしまう哀れな女でッ!」 


「あの敗北はお前の弱さが原因じゃない」


「はっ?」


「そう俺は考えてる、モニカだって同じだ」


 同意してるとモニカは無言による肯定的な姿勢を見せると二人も驚きを顔に表す。

 こいつも俺に賛成してるって話なら流石に俺の提案も無下には出来ないだろうな。


「見つけたんだよ俺達であの悪夢の真相ってやつをな」


 二人を手招きすると囁くほどの声量で辿り着いた真実を告げる。 

 全てを聞き終えたストレック達は目が飛び出すほどに驚愕を意味する形相を浮かべた。


「なっ、じゃあまさかあれは!」


「シッ、まだ言うな。奴らはこちらがこの真相に気付いてないって考えているだろう。今度は俺達がそこに漬け込んで勝つんだよ」


「そんな……こんなことって、私はこんなことで青春を無駄にしたのッ!?」


 蹌踉めいた足取りで付近の壁へと背をつけるとストレックは髪を掻きむしる。

 半ば自暴自棄になりかけている彼女はその場へとヘタリ座り込む。


「ストレック、過去は戻らないし過去を変えるのは神すら許されない行為だ。だが未来ならいくらでも変えられる」


「そんなこと……言ったって」


「辛いさ、誰が今のお前の立場になっても自分を悔やむだろう。でもここで閉じ籠もっていたら未来さえも潰すことになるぞ」


「ッ……!」


「今が全てを変えるその時だろ? マッズも彼女を思うのなら遠慮するな、正面から自分の思いをぶつけろ。傷を治さない気遣いなんて優しさでもなんでもない」 


 偉そうに檄を飛ばせるほど俺はいいご身分ではないがここで二人を奮い立たせなくては何も始まらない。

 取ってつけたような言葉の数々だが響いたのかマッズは表情を歪ませ拳を震わせる。

 数秒の重苦しい沈黙が流れるが何かを決意すると彼はストレックへと向き直す。


「……このままじゃ駄目なんだってそりゃ俺も何処かで思っていたさ」


「マッズ……?」


「深い傷を塞いでるだけじゃ……でも俺はずっとそう言えなかった、言ってお前に拒絶されてしまうのが怖くて闇に向き合うことをしなかった」


 あいつの心情なんて俺には分からん。 

 誰かをここまで愛したことはないし愛というものの複雑さを理解出来ない。

 だからこそ、最後に心からストレックを奮い立たせられるのはこいつしかいない。


「でもそれは俺の本心じゃない、本当は全ての傷を治した姿でいて欲しい、何の悩みもなく心の底から笑えるお前でいて欲しいッ! だから!」


 言葉に詰まり迷いからか視線が定まらないマッズだが深呼吸の末に意を決した叫びは廊下中へと響き渡った。


「もう傷を覆い隠すだけなのは止めだ、俺は全部受け止める……だからもう逃げるのは終わりにしようストレック、またあの栄光を取り戻すためにッ!」


 隠し事のない本音の言葉

 静寂が空間を支配し、暫しの時間が経過した後にストレックは立ち上がった。


「……馬鹿ね、このままにしとけば私の犠牲だけで全てが済む話だったのに。こんなリスキーなことをして、私に構って」


 盛大に乱れる髪を直さずゆっくりと立ち上がり天を見上げた彼女は。


「負けても恨みっこなしよ。でもブランクあろうとあの女に負けるつもりはない」


 瞳に光を灯し、豪快に笑う。

 首の骨を鳴らす彼女にはあの映像で見た闘志溢れる鋭い目つきが何処か戻っている。

 髪を掻き上げるとストレックは姉にも似た冷徹な形相に染まっていく。


「ブチのめすわよ。あの女を」


 逃げるという選択肢を切り捨てた戦乙女は声高々に宣戦布告を口にしたのだった。

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