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第3話 変態王子と下剋上

「クソがァッ! マジであの女腹立つ! 幼馴染だろうが関係ねぇよッ!」


無様な敗北から早数日。

大声を出すことはないであろう授業中に俺は今世紀最大の叫びを木霊させる。

百人以上は収容するシャンデリアが特徴の大教室にいる者達は一斉に俺へと振り向くと同時に額には強烈な痛みが炸裂する。


「だっ!?」


「授業中だ、静かにしたまえレッド君。ここは君達若き才能が学びを得る為の場でありお喋りをする空間ではない」


純白のチョークを豪速で投擲したハゲ頭の中年教師は不快な表情を顔に浮かべる。

第三階層、第四階層のみが集まるクラス内には嘲りを意味する声が各地から上がる。


「アッハハハッ! だっせぇなレッド! また情けなく負け惜しみか?」


「黙るって言葉を知らねぇのかぁ? あのユレアに勝とうと思う哀れな野蛮人はよ」


「うっさいわねあの変態は……どれほど醜態を晒せば気が済むのか」


「性癖が歪んだマゾなんじゃね?」


主に第三階層の奴らから向けられる笑い声に理性をようやく取り戻した俺は大人しく自席へと着席した。


「クッソ……あの女、まだあんな隠し玉を持ってやがったなんて。しかもあの様子じゃまだ切り札を持ってるぞ絶対」


「だから言ったのよ、百年に一度の天才と名高い生徒会長様に私達が勝つなんて甘く見積もっても千年早いって」


「まっ、その無謀なパンツを賭けた闘いにいつも付き合ってる俺達も大概だがな」


魔導書基礎学の教本を開きながらストレックとマッズは両隣から呆れた表情で窘めの言葉を口にする。

名前すら書いてない俺とは裏腹に二人の教本には要点と思われる達筆からなる記述が至る所に記されていた。


「で……あるから頁に刻まれた詠唱は魔導書本体から分離してしまうと魔力の融合発生を行えず効力を発揮できなくなるのです。ここテストに出るので覚えておくように」


スライド式の大黒板には真っ白な文字に染まっているが正直どうでもいい。

学生である以上、知を得る座学があるのは必須なのだが俺の頭は常にユレアのパンツである為に何も身に入らないのが現状だ。

特に目の前で開講している魔導書基礎学は専門的な用語や仕組みがまぁ面倒であり聞いてるだけで気分が悪くなる。


「全く貴方のパンツ狂いを咎めはしないけど少しは真面目に知を得れば? 前のレポートも土下座で頼み込んで来たじゃない」


「いや……あれは色々と立て込んでて」


「ユレアを理由にするのは禁止よ?」


「ちょ、それはズルいだろッ!?」


ピンッ__。


「はだっ!?」


「二度目だぞレッド君、これ以上額にチョークの痕を増やしたくないのなら大人しく席につくことだな」


「す……すんません」


立ち上がろうとした俺の側頭部へ本日二回目のチョーク攻撃が襲来する。

これまでに何度も同じことを起こしてきたからか、中年教師の投擲技術はプロ顔負けのコントロールと速度を誇っていた。


「全く何故生徒会長はこのような人物を許容しているのか……淑女のパンツを狙うなど常軌を逸している」


彼の言葉に同調するように周りも心からの爆笑を木霊させる。

ったく、相変わらずこちらの真意も知らず教師らしからぬ言葉を好きに言いやがって。


「まぁいい、授業時間も僅かだし最後に少し面白い話をしようか」


「面白い話だ?」


「君達はエグゼクスの名を知っているか? 魔法一つで山をも消し去ると称される最強の魔導書。その力に選ばれた者は全てを手に入れ世界を支配すると言われている」


誰かの大スキャンダルでも話すのかと思えば巷で有名なあの噂話に耳を傾け掛けた俺はガックリと肩を落とす。


エグゼクス__。

世界を統べるという大層なことを可能にしてしまうと言われる伝説の魔導書。

この世の何処かに眠り、表舞台へと現れては選ばれた者へと最強の力を与える。

だが詳細は不透明であり書物や教本によって描写はガラリと違う。

実は龍の形をしている、選ばれし者は蝶の刻印が刻まれる、触れただけで死ぬ、本の形をしていない、そもそも存在しない、もう何でもありの領域だ。  


「ある噂ではこの近くの何処か深淵に眠っているのではないかという話もある。もし存在したのなら君達は何に使う?」


「そりゃ権力でしょ、この学園のトップに立てたら最高じゃん!」


「馬鹿だな、嫌な奴をぶっ飛ばす為だけに使うのが最適ってやつだろ」


「誰も寄せ付けないあのユレアをもひれ伏す事が出来んなら愛にでも使ってやろうかね」


「野蛮ね、何もしないのが一番よ、そんな危ない力持ってても怖いし。そもそも認可されてない物を手にするのは違法でしょ」


「ハッ、チキンが」


「チキンですって!?」


今でも存在するかしないかの論争は頻繁に起こり、ある意味娯楽的な一面を持つエグゼクスに生徒達は議論を加速させる。

面白い話ではあるがぶっちゃけもう聞き飽きてるしそんな事よりもユレアのパンツを見るのが重要だ。


「おいレッド、お前は何に使うんだ?」


「あっ?」


と、窓越しに空を眺めていた俺へとある生徒が唐突に話題をぶん投げてきた。

正直……信じてない話ではあるがもしもってんなら使い方は既に決まっている。


「そんなのユレアのパンツだろ、あいつを負かしてパンツ見れんなら神だろうが伝説だろうが全て使ってや__」


高らかに宣言しかけた言葉を遮るように丁度室内には甲高いチャイムが鳴り響いた。

何とも締まらない最後に呆れた視線を向けられ昼休憩の時間に辺りはワラワラと散会していく。


「ったく……空気の読めんチャイムが」


今回で勝ちなしの三十六連敗を記録した上に決めセリフすら遮断される、ここ数日はかなりの厄日だ。

だが不貞腐れてる訳にもいかず昼食がてらに作戦の練り直しを行おうと席を立とうとした時だった。


「ハッ、やっぱりここにいたか、変態王子」


嘲笑を表現している口調と共に俺の姿を見るや否やズケズケと雪崩込み、この場に見合わないやかましさが全体を覆う。

瞳に映ったのは数人の男女を引き連れた目付きの鋭さとオールバックの黒髪が特徴的な長身の男。


「いやぁ〜残念だったな〜少しは面白いものが見れたと思ったんだが。今回も呆気なく惨敗ってところか」


図々しく、そして厭味たらしく近付くと俺の肩へと無許可で手を回す。

内心で「またこいつか」と鬱々する言葉を並べながら言葉を返していく。


「そうかよ、ベイル」


ベイル・アルフォー・レイリズム。

無駄に長い名前だが一応は第二階層に位置する実力者であり、貴族出身の息子。

金か権力か、周りにいる取り巻きは何を理由に奴のペットと化しているか分からないが少なくとも人望ではないはずだ。

まっこの俺が俗物を貶し、聖人君子を偉そうに語れる立場ではないが。


「最早一種の名物だぜ? 劣等生である第四階層の二年生が最強と言われる生徒会長のパンツを賭けて決闘を仕掛けるってのはよ。お前が盛大に敗北する姿も様になって来たな。晒し者の価値のない変態王子さんよ」


「ちょっと……貴方いい加減に」


浴びせていく挑発の言葉にストレックは異議を唱えようと立ち上がろうとする。

目配せでマッズに命じると彼は昂りそうな彼女を抑え、強引に窘めた。


「変態王子か、いいあだ名じゃねぇか変態クソ野郎じゃなくて良かった」 


「あっ? お前分かってんのか? 全員からパンツ大好きな変態人間と貶されてる恥ずかしさが理解出来ねぇのか?」


「悪いな、俺は罵声を浴びせられて興奮する変態なんだ。そんなスケベ野郎に毎回の如くわざわざ絡むお前は俺に恋してんのか?」


「チッ……張り合いがない奴、最初の無駄な威勢は何処に行きやがった。お前ら行くぞ、ここにいたら魔導書が腐っちまう」


回していた肩を外すと再度苛つきを抱きながら足早に出口へと歩を進めた。

何とも言えない空気感に居心地の悪さを覚えた取り巻きも見下していた顔を豹変させ、彼の後を慌てて追う。


「ちょっと何でもっと言い返さないのよ、あれじゃ貴方が舐められるだけよ?」


「よせストレック、お前は分からないかもしれないが今のはレッドの努力の賜物だ」


「はいっ?」


「そうだな、最初だったら変態王子の時点で馬鹿みたいに挑発に乗ってたさ」


マッズの言う通り一年の頃は良くも悪くもベイル含め、売り言葉を全て買っていた。 

だが全部に一々激情を見せるのは体力が持たず余計な火種を生む。

勿論、怒りは湧いているが俺が憎悪を爆発させるのは自分自身とユレアと生徒会などに対してだけ、そうマイルールで定めていた。


「お前が仲間になった頃にはもう色々と理解していたよ、時には受け流す事も相手にダメージを与えられるってな。現にベイルも不満気に去っていった」


「あの野郎も最初は煽れば直ぐにレッドが噛みつくのを面白がってたんだがな。今は別人のような塩対応に段々と呆れ始めている」


「意外……貴方に毅然とした対応に切り替えられるような理性があったなんて」


「俺を品のない獣とでも思ってんのか」


「品がないのは正解でしょう?」


「それは間違いない」


とは言うものの、我武者羅にユレアへと挑んでいる姿だけ見れば哀れな獣と思われても仕方ないかもしれない。

マッズの推薦により一年後期から同じ第四階層と親交を深め始めたストレック。

最初期を知らない彼女にとって疑問を含む言葉の数々は当然の反応だろう。


「俺が狙うのはユレアのパンツただそれだけだ。他は眼中にない、下剋上は天変地異な程に盛り上がるからなッ!」


全ては俺の過去を踏みにじった悪女であるユレアのパンツを見るために。

前代未聞の下剋上を果たすべく改めて内に秘める決意を再確認しながら改めて俺は席を立ち上がった。

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