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第2話 透き通った青空の完全敗北

どれくらい経ったのだろうか。

気を手放していた俺は段々と意識を取り戻しフィルターの掛かっていた視覚や聴覚が鮮明になっていく。


「レッド、起きろレッド」


見下ろすようにマッズとストレックは心配の眼差しを向けており、口元からは鮮血を示す鉄の味が舌に伝わる。


「……勝ったか?」


「大の字で情けなく倒れている勝者が何処にいると思う?」


マッズの言葉に不明瞭だった記憶が徐々に鮮明となり俺は飛び起きる。

視線の先には傷一つ付いていない赫々たるユレアが冷酷さを纏いながら佇んでいた。

辺りは大歓声に包まれ「流石ユレア様」という喜悦の声が至るところから上がる。


「そこまで! 第四階層チーム戦闘不能、よって変則型特別模擬戦、勝者は……ユレア・スタンバースッ!」


追い打ちを掛けるように審判役を行っていた生徒の声が響き渡り敗北という現実が明確に伸し掛かっていく。

未だに衝撃の余韻に浸っているが負けたという事実だけは冷静に受け入れられ悔しさという悔しさが滲み出る。


「クソッタレが……ッ!」


行き場のない怒りを発散させる方法は地面を叩く以外には思いつかなかった。

腸が余計に煮えくり返る心を見抜くような凍てつく視線でユレアは彫刻のように整った長い美脚を動かし俺達へと近付く。 


「その程度で秘部を見るという辱めを私に味合わせようとしたのですか?」


「何故だ……俺の作戦は確かにお前の意表を突いたはずだッ!」


「意表? 随分とお可愛い思考だこと」


「はっ?」


言っている意味が分からずクスクスと嘲笑を見せる不敵なユレアを鋭く睨む。

雪よりも美しく純白の髪を靡かせながら彼女は内に秘める真意を明かした。


「油断させる手段として貴方のケレン味に溢れた演出に乗っかりましたが、まさかここまで効果的とは」


「なっ……まさかお前……ワザとッ!?」


御名答とばかりに天使のような朗らかで意地の悪い笑みを浮かべる。

俺の妙案が功を奏したというのはただの幻想であり全て彼女の手の平で踊らされていたというだけの事実。

この女……マジで性格終わってやがるッ! 


「魔導書を弾いたくらいで勝利を宣告するのは随分と早とちりが過ぎるというか。発想力が少しばかり足りないようで」


「ふざけんなよ魔導書なしで魔法放てるなんて神でも予想できねぇよッ!?」


「あら所謂負け惜しみでしょうか? 十年前から接点のある幼馴染の癖にその程度の隠し玉も気付けないのが悪いのでは?」


「んだとゴラァ!? おいもう一戦だ、もう一戦やらせろッ! 次こそは出し抜いてお前のパンツを見てや「止めなさい」」


上品ながらも完全に舐めた言葉遣いに怒りが収まらない中、一戦を持ち掛けようとした俺の耳には制止の声が響く。

まるで汚物を見るようなサディスティックな眼光とロールされたピンクのロングヘアーが特徴的な美女。

腕部にはエリートの証である生徒会の純黒の腕章が装着されていた。


「勝負は既に決しています、レッド・アリス、せめて負けくらい潔く認めてみてはどうでしょうか? この情けない変態負け犬」


「スズカ……!」


「哀れ、実にィ哀れだことッ! ユレア様が許可していないのであれば直ぐにでも裁判に掛けて首チョンパにしたいですわ」


学園内にて最上級と位置される第一階層の中でも極めて抜き出た成績を残す極少数の者だけが許される領域。

教師ですら支配下に置く絶対的権力を有するアルファラーズ連合生徒会の書紀委員、スズカ・ファンザは辛辣な言葉を並べていく。


「そもそも貴方のような第四階層の雑魚が高貴たる生徒会長のユレア様の一戦を交えるなどあってはならないこと。それを幼馴染という名目で何度も何度も行い……挙げ句の果てにはもう一戦? 恥を知りなさいッ!」


「うるせぇな!? あいつが毎回快く承諾しているんだから別にいいだろ!」


「であろうとユレア様のブランドが下がる一因となりかねない貴方との対戦は万死に値するッ! 彼女が誰にでも股を開く女性と思われたらどうするのですかッ!? ユレア様は常に純潔であり貴方なようなゴミクソの凡夫などとは天と地の差があるお方でッ!」


「その危惧抱いてんのお前だけだろうがこの脳内ピンク女ッ!」


「誰が脳内ピンクですかこのクソお下劣が! 第四階層の負け犬の分際でこの私に卑猥なる侮辱な言葉をッ!」


売り言葉に買い言葉。

終わらない会話のドッジボールにより罵倒合戦が加速する最中、強引に遮断したのは同じく生徒会の腕章を付ける者達であった。


「よせ、これ以上の議論は不要だ」


白熱とした醜い議論を断じたのは冷静かつ荘厳さを醸し出す黒髪揺らす低音の声。

美丈夫な鋭い顔付きと端正な眼鏡が威圧的さと冷酷さを両立した雰囲気を放つ生徒会副会長のバース・レグリエル。


「オーディエンスが見たいのは心を震わせる劇的な試合さ。聞くに耐えない貶し合いのディスカッションではない」


隣には対照的にこの場にいる誰よりも小柄な書紀委員、アイナ・サクラフブキ。

性別不明という謎多き存在はショートの青髪を揺らし和装風に改造された制服をイジりながら鼻につく口調で言葉を紡いでいく。


「往生際が悪いぞレッド・アリス、貴様は三対一という数的有利を得ながら無様な敗戦を喫した。弁明の余地はない」


「何だと……!」


「生徒会も暇じゃないんでね〜色んなタスクがあって君達に構い続ける余裕はない。あとスズカちゃんは一旦落ち着こうか」


「つまりだ、この場から直ぐに立ち去れ。敗者に反論という概念は存在しない」


食い下がろうとする俺をへと言葉の蹂躙を行使していく生徒会の面々。

屈する訳では無いがこの状況で正論を語っているのは奴らであり、場を覆す起死回生の言葉はそう都合良く思い浮かばい。

やり場のない憤怒に塗れる表情を一瞥するとユレアは華麗に踵を返した。


「この学園は勝利こそが全て。どれだけ努力をしようと知略を施ししたとしても勝たなければ全て体たらくでしかない」


少しばかり被った砂埃を払い落としながら自身の魔導書を手に取る。

不意に見せる髪を耳にかける可愛らしい仕草にも今はときめかないだろう。


「勝ちなさい、それが這い上がる為の唯一の証明、今の貴方に私に勝つ資格も私のパンツを見る資格もありません」


横髪を払いながら凛とした立ち振る舞いでユレアは立ち去り、残される俺達はただ彼女を見届けるしかなかった。


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