土に顔をつける凄惨な状況から見上げる雲一つない青空は何時にも増して綺麗だった。
まるであの世のように透き通る光景の先には天使に見間違う銀髪の美少女。
人間離れした端正な顔立ちと三白眼は威圧感を与え俺の心臓は無意識に震えている。
純黒の制服に付着した土埃を乱雑に払い落としながら俺は高らかに叫んだ。
「お前のパンツを見てやるからなッ!」
パンツ__。
絶対領域に隠れる美少女の聖域__。
俺がここにいる理由はただ一つ、パンツを見てやるということだ。
内に秘めた思いを爆発させる姿を見て生徒会長である最強の彼女は呆れ返る。
「またパンツに拘りますか。貴方が私から勝利をもぎ取り下着を目にする事は絶対的にないと考えています」
「ハッ、この世に絶対なんてねぇんだよ」
「いいえ、私は絶対的。故に私の言葉も絶対的なのです」
「言ってろ冷血クソ女ッ!」
ダメージの入った身体を持ち上げながら真正面から突撃を仕掛ける。
手に持つ魔導書を広げると右手には眩い光が灯り始めていく。
「発動魔法段階シュレ、
勢いよく放たれた直線上の炎は対象へと目掛けて一途に急襲を仕掛ける。
だが低魔法に位置するシュレ級の魔法を躱すという行為は彼女にとって容易であり身軽に炎撃の回避を成功させてしまう。
「発動魔法段階ファイラ、
ほぼ同時に空中へと身体を捻らせながら彼女の持つ純白の魔導書からは炎の斬撃が迅速に放たれていく。
「ぐぁっ……!」
諸に食らった俺は高温に悶えながら再び地面へと吹き飛ばされ土に顔をつけた。
シュレ級の格上である中クラスに位置するファイラ級の炎魔法。
魔力が絶望的に弱い俺へと見せびらかすように上位のカウンターを仕掛ける辺り、この女は本当に性格が悪い。
カリドゥース魔法高等学院。
近代都市国家ファルブレット内に存在する魔術師育成専門の高等学校であり国内外の治安維持活動を行う政府公認の機関。
実力主義の弱肉強食の気の休まらない世界でトップクラスに位置するのが目の前にいる美少女、ユレア・スタンバースだ。
先祖代々優秀な魔術師の家系であるスタンバース家の令嬢であり現学園の生徒会長。
そして……一応だが俺とは十年来の幼馴染でもある、今は雲泥の差が開いているが。
「今ので貴方が地面に土をつけた回数は八回目であり通算でめでたく百回目です」
「何数えてんだよ!? 暇かテメェは!」
「えぇ暇ですよ。貴方をこうしてゆっくり蹂躙するくらいにはね、レッド」
吐き捨てるようにユレアから言われた単語こそが俺の名前、レッド・アリス。
いや俺なんかの名は正直どうでもいい、今はこの女をどう討伐してパンツを見るかだ。
別に変態という訳じゃない、この慇懃無礼なクソ幼馴染と戦って勝ったらパンツを見せると約束しているのだ。
「ったく、やっぱ無謀に近いぞレッド」
ちなみに彼女と戦っているのは必ずしも俺だけではない。
こんな自分にもちゃんと悪友はおり、その一人がため息を漏らすマッズ・スポート。
逆だった金の短髪が特徴的であり見惚れる筋肉とフィジカルで俺と同じように弱い魔力をカバーする信頼を寄せれる数少ない人物。
「マッズ、俺にも譲れないものがある。あいつに勝って成り上がってパンツ見んだよ!」
「世界一ダサいセリフって自覚あるか?」
「はぁ……男ってこういう会話ばっかね」
俺達のやり取りを遠目に見ながら呆れながらも美麗さを見せる赤髪の可憐なる少女。
マッズと同じく信頼を寄せ、数少ない異性の悪友であるストレック・トライペルト。
豊満な胸部を筆頭に程よい肉付きと強気そうな瞳が彼女なりの魅力を醸し出す貴族出身の謎めいたお嬢様の存在。
制服指定の赤いスカートや天真爛漫そうな風貌は清涼感を場に与える。
ダルそうに首を回すと完全劣勢に陥る俺へと近づき言葉を紡いでいく。
「で、今日は何する気? 貴方の姑息な作戦聞かせてもらおうじゃない」
「姑息じゃない度肝を抜くだ! 初めから決まってるさ、集まれ」
この場には観衆が集結している。
実戦用に設置された模擬戦闘場の二階に位置する観戦席には男女問わず大勢の生徒が戦いの行く末というのを見守っていた。
まぁ……大体はユレアの可憐な勝利シーンを渇望しているだろうが。
そういう奴らの顔をアッと言わせる為に即座に簡易的な会議を開く。
「俺が罠を仕掛ける、お前らは左右から攻撃を叩き込んでくれ。僅かに出来る隙だけが俺達が漬け込める最大の好機だ」
「検証したことか?」
「ぶっつけだ、失敗する気なんて毛頭ねぇ。見せつけてやんだよ、俺達劣等生言われる第四階層組がユレアをぶっ潰してバンツを見る瞬間を!」
そうだ、証明してやるんだこの場で。
劣等生だのお荷物だの散々な物言いをされる俺達第四階層の実力ってやつを。
この階級制度がある学園でユレアというエリート極める第一階層の上を行き……あいつのパンツを見てやるッ!
「まっ博打は嫌いじゃないな、俺の筋肉もそう言っている」
二人は呆れる素振りを見せながらも迷うことなく俺の意見を承諾した。
「行くぞッ! パンツ見てやるよゴラァァァァァァァァァッ!」
神にも等しい程の威圧感を醸し出す大いなる壁へと迷わずに足を駆けていく。
ある程度の距離感までに迫るとマッズとストレックは綺麗に左右へと分かれ三箇所からの強襲を行う。
「三分割、それが作戦?」
ユレアは嘲笑を表す呆れ顔を見せると細長い色白の指で鎮圧を試みる。
魔導書を経由して空中へと描画された三つの魔法陣は俺達を確実に捉えていた。
恐らくはファイラ級……いやトドメを刺すと考慮すれば上級魔法のドライヴ級か。
どちらにせよ、アレをまともに食らえば戦闘不能に陥るのは確実だろう。
「発動魔法段階ドライヴ」
やはりそうだ。
俺の目論見通り、彼女は上魔法の一撃を放出しようと詠唱を始め純白の魔導書に刻まれた紋様は眩く発光する。
彼女の一字一句が鼓膜へと鮮明に響き渡りながら俺は魔導書を開き始める。
「発動魔法段階シュレ、
低魔法からなる雷のエネルギー弾。
丁度俺の手と同等程度の集合体は太陽よりも綺羅びやかに輝き電流を唸らせる。
「
ハッ、甘いな幼馴染の生徒会長様よ。
不敬な笑みを浮かべながら右手に浮遊する雷撃を地面へと投擲した。
嵐のように舞い広がる砂埃はまるで煙幕のように俺の肉体を彼女の視線から遮る。
「煙幕? またお得意の背面ですか」
一瞬だけ疑問の表情を顔に見せるもののユレアは煙幕代わりの魔法と断定し、背後からの奇襲かと振り向く。
流石……前回の対戦で俺が行使したバックアタック戦法をしっかり脳内に挿入してる。
だがな、同じ戦法を何度も使うほどに俺の思考は落ちぶれちゃいねぇ。
「発動魔法段階シュレ……
微量、魔法が発動するかしないか程度の声にならない微量な詠唱。
植物のように息を殺し煙幕で身を隠しながら活きの良い柑子色の木のツルを生み出す。
「吹っ飛ばせッ!」
触手のように動くツルは音を立てずに繊細にだが最大限の速度でユレアへと迫りくる。
狙うはただ一つ、彼女が魔導書を手に持つ左手へと一か八かの突貫を仕掛けた。
バスッ__。
弾かれる鈍い音。
瞬間、ユレアという強者を指し示す純白の魔導書が空中へと華麗に舞い上がる。
「また背後から襲うと思ったか? そう思ったんだろ生徒会長さんよォ!」
思わず無意識に口角が上がる。
何度も何度も残酷に打ち崩されてきた妙案は久々に有効打となる状況を生み出す。
汗で蒸れる黒髪も今は気にならない程に俺の心は昂っていた。
「今だッ!」
俺達の内に眠るマナと本に眠る魔力をシンクロさせる事で魔法の容易的な発動を可能としている魔導書。
魔法の具現化促進だけでなく、心身への負担を大きく軽減させる代物だ。
故に人間が魔導書へ依存するのは必然であり、命とも言える存在を手放すのは致命的。
だからこそ俺はずっと狙っていた、彼女と魔導書が切り離される瞬間を。
高らかに叫んだ合図と共にマッズ達は左右から跳躍と共に魔導書へ詠唱を唄い始める。
「発動魔法段階シュレ、
「発動魔法段階ファイラ、
焦熱を纏う紅の拳と空間を歪ます風の刃。
互いに自分自身の相性に最も適した戦法を行使し、ユレアという標的を捉える。
下馬評を覆す状況に観衆からは心地の良い阿鼻叫喚の声が上がり始めていく。
「発動魔法段階シュレ、
ダメ押しとばかりに俺は再度、青白い光を灯す雷撃の粒子を放出した。
感触は良い、大番狂わせという願いを込めた一撃はユレアへと一目散に接近を行う。
卑怯だの何だの好きに言えば良い、この世は勝ったやつが揺るぎない正義なのだ、勝つためなら如何なる手段も行使していく。
刹那、最強に等しい大いなる美しき脅威へと渾身の三撃が着弾し、気を抜けば蹌踉めいてしまう程の衝撃が広がる。
砂埃混じりの爆風が吹き荒れていき、鼓膜を刺激する咆哮のような轟音が響き渡る。
「ちょマジかよ!?」
「ユレア様ァァァァッ!?」
「なっ……あ、あり得ない」
勝った、そう俺は確信する。
俺だけじゃない、ユレアの無双劇を期待した観衆からは悲痛な言葉が次々に紡がれる。
裏を返せば彼女が負けたのではないかという不安の炎が灯り、俺達の下剋上を不本意ながら認めているということだ。
「勝った……俺達の勝ちだァ!」
高らかに宣言する勝利。
全ての動きが制止してると錯覚し味わったことのない快感が込み上げられていく。
曇天にも思えた青空は生涯で最も美しく宝石のように澄んでいた。
きっとこの景色を二度と忘れない、そう涙腺が緩み始めた瞬間だった。
「発動魔法段階ファイラ、
全身の鳥肌を立たせ悪寒を走らす声色。
熱に満たされていた心は急速に鎮火され視界に映る景色には歪んだ靄が掛かる。
嘘だと願いたいが確かに奴の声が響き辺りを包んでいた砂埃が段々と晴れていく。
「はっ……?」
絶望__。
荘厳しく聳える三つの盾。
水晶のように周囲の光を反射され淡い虹色に包まれる防壁が俺の視界に焼き付く。
倒れ伏せているはずのユレアはその場に佇んでおり手元に魔導書はないというのに魔法は発動されていた。
「嘘……だろ、マナのみで魔法を……!?」
魔導書を持たずして自身が持つマナのみを使った常人離れの魔法技術。
心身に大いなる負荷が掛かるその芸当は並大抵の天才だろうと成功できない所業。
どうやら……俺の目論見は遥かに甘く浅はかだったようだ。
考えられない状況にマッズとストレックは笑うしかなく俺は開いた口を塞げない。
「発動魔法段階ドライヴ、超流
続けざまに魔導書を持たずしてユレアはドライヴ級の詠唱を完了する。
星屑のような閃光が彼女の右手に集結していき、形成されていくのは巨大な光の球。
ユレアの頭上に浮遊するエネルギーから発射される光線は容赦なく地面を抉り取りながら一直線に襲来した。
「ハハッ……マジかよ」
乾いた笑いが無意識に溢れる。
天空で輝く流星群の名に相応しい美しく幻想的だった光景に見惚れながら俺は深い闇へと身を委ねた。