才原邸に向かう直前、
解恵の挑戦を拒絶して、代わり立ちはだかったハニーを下し、一切の事情を告げずに飛び出した。妹の涙声を置き去りにして。
“お姉ちゃん、どうして……? どうして、連れて行ってくれないの……?”
“約束……忘れちゃったの?”
でももし、答えられたなら。何か言葉をかけるとしたら。なんて言うかは、決まっているのだ。
「うわあああああああ――――――っ!」
攻撃命令を受けたデネボラが、星の乗って虹のような孤を描く。狙いは“
その輝きを見た
攻撃をしかけたデネボラは、パワー5500を誇る。“流星並走”、“煌めく服飾”×2、“なぞり紡ぐ
だが。
「“
流星が次々と色を変えながら大きくなっていく。それを見た怪鳥の三つ首は、我先にとデネボラを食おうと前のめりになった。
デネボラは嵐のように噛みついては引く鳥の頭を光の尾を引いて回避し、首の付け根に向かって星を蹴る。
しかしその輝きは、横から伸びて来た巨大な
「ですが、これで
レギオンスキルは1ターンにつき1度だけ。もう1体パワー5000以上のレギオンを用意できれば
―――そしてそれは、不可能ではないはずです。
流鯉は
鍵玻璃:ハザードカウンター13
手札:5枚
場:“ミーティアライダー・デネボラ”×3、“ベビーゲイザー・カノープス”
レリック:“星見の作業台”
死神のターン終了時、鍵玻璃は“スカイハイ・タッチ”でカノープスを呼び出し、ありったけのカードを使ってデネボラ1体を強化した。
―――カノープスを限界まで進化させれば、全レギオンがパワーアップする。
―――となれば次の一手は、自爆特攻によるカウンター稼ぎ!
流鯉の予想通り、デネボラ2体がタヴロイド=ペイントに挑みかかった。
ハザードカウンター、15。鍵玻璃はドクロをつかみ、思い切り床に打ち付けた。
「―――奮戦、レベル3!」
ヴヴヴヴヴ、とチープな電子音を立ててドクロが炸裂。暗黒の空を戴く砂漠を、夜明けの如き真白の閃光が照らし出す。
レベルアップボーナス獲得の宣言も、ない。
―――え?
流鯉の表情から興奮の色が抜け落ちる。
何故だ。自分との闘いで見せたカードを持って来て、勝ちに行くのではないのか?
その疑問に回答するのは、ひとつの絶望的な閃き。
―――まさか、奮戦レベル3のカードは
―――アステラ=メモリアも“
想像していた勝ち筋が否定され、流鯉は全身の肉がずり落ちるような感覚に襲われた。崩れ落ちそうになる自分を、なんとか奮い立たせて首を振る。
「いえ、いいえ! 落ち着きなさい……レベルアップをしたからには、手札に何かあるのでしょう!? それにそれらがなくとも、カノープスの力を使えば……!」
「誓願成就、“星に願いを”! カノープスを進化変身!」
自らを鼓舞する
“アイディールウィング・カノープス”。再び現れたファードラゴンが喉を鳴らすのを聞きながら、鍵玻璃は心の中で呟く。
―――忘れてない。
「“メグレズの採掘場”を配置、アカマルとドゥベを召喚! レギオンスキル!」
子狼と道化師風の少女を召喚。それぞれが与えた誓願カードを迷わず使う。
“明星咆哮”、カノープス強化。“ド派手な祝砲”、レギオン全員に強化能力を付与。
道化師風の少女が打ち上げた花火の光に照らされながら、
「デネボラで攻撃! “ド派手な祝砲”の効果でパワーアップし、“流星並走”を手札に加える!」
「“
「誓願成就、“流星並走”、“
翼を広げたカノープスが口に限界まで光を溜めて、解き放つ。
“アイディールウィング・カノープス”:パワー1000→4000
“エデンズクロウラー・タヴロイド=ペイント”:パワー3000
“なぞり紡ぐ
死神:ハザードカウンター18→19
「あと1点! あと1点ですわ、
「カノープスのレギオンスキル! “見下ろす宇宙”を手札に加え、誓願成就!」
カノープスの体が宇宙色に染め上げられた。竜はその場でビッグバンを引き起こし、無味乾燥な砂漠を旋風で震わせる。
空を覆うドラゴンが、
「“ギャラクシーシェイド・カノープス”! レギオンスキルで私のレギオンすべてのパワーを+3000! デネボラのスキル……これで、届いた」
酸欠気味になりながら、
手札には“流星並走”の他に、“メグレズの採掘場”のスキルで加わった“グリッターモール・メグレズ”。これをデネボラにつぎ込めば、パワーはジャスト5000。
死神は事ここに至っても棒立ちだった。慌てることも、命乞いをすることもない。敗北を前にしたものの姿ではない。手札は残り2枚。
―――関係ない。これで終わりよ!
「“流星並走”、そして“グリッターモール・メグレズ”のレギオンスキル! デネボラに合計でパワー+1000! “
ドウ、と再びデネボラが宙を舞う。
空を登る流れ星。
忘れてなんか、いない。夜の空に探した輝き。七夕がくるたび、短冊に書いた願い事。どれもこれも、忘れていない。忘れたくても、忘れられない。だからずっと苦しんでいた。
けどそれらがぜんぶ、幻覚だったら?
―――お願いします、教えてください。何がほんとで、嘘なのか。
―――私は間違ってないんだって、言ってください。お願い、だから……!
月が流した涙の粒に、両手を組んで
あの日の願いが、叶う一歩手前に来ている。死神を倒し、すべてを暴き、取り戻す。そうすれば、きっと。
「誓願成就」
ざらついた死神の声が、物思いを断ち切った。
銀河を喰らうは悪夢の卵、“
「“プレデイション・ザ・ゲーム”。相手のレギオンを2体、“
「カノープス!!」
卵が巨竜を啜り尽くし、
カノープスの加護を失ったデネボラの流星は、消えゆく手持ち花火のように小さくなっていき、減速したところを
その光景を前にした
手札:1枚
場:“幼天狼アカマル”、“ダイナマイトエクスカベーター・ドゥベ”
レリック:“メグレズの採掘場”、“星見の作業台”
―――……詰み……。
ぷかりと浮かんだ心の声が、泡のように爆ぜた。
自分・相手のターンを問わず、相手のカードを奪い取る。死神の戦略は一貫していた。だから、そういう誓願カードがあっても驚かない。しかし、しかしだ。よりにもよって、このタイミングで。
―――
―――持てるカードのすべてを使って、対抗手段をひねり出したというのに……。
―――手札は1枚、場には弱小レギオンと無意味なレリック。
しかも、死神の手札はまだ1枚ある。死に札ならいい。けれど、“ドミナリング・クロウフィッシュ”や2枚目の“プレデイション・ザ・ゲーム”だったら? 鍵玻璃の手札がレギオンであっても、無意味だろう。
鍵玻璃は動きを止めていた。横顔は疲れ切っていて、膝が笑っている。
流鯉が見ていることしかできない一方で、鍵玻璃は大きく息を吐く。
凪いだ表情。その裏側に、これまで経験した苦痛のすべてが蘇る。
融け合った夢と
―――本当は思いついていた。もっと早く解決する方法。
―――それは死神と戦うよりもずっと簡単だったけど、できなくて。
―――どうしようもなくなって、目を背けて逃げ続けていた。
でも、結局忘れられなくて、ここまでやってきた。今の今まで、彼女はずっと、そばに付き添ってくれていた。
鍵玻璃はゆっくり手を持ち上げて、最後のカードにそっと触った。
「……待たせてごめんね。もう、大丈夫だから」
音もなく、真上に跳ね上げる。
星の消えた空。飢えた怪鳥。白い砂漠と死神。そして白銀色の舞台。
そこに立つ
「星よ、祈りを聞く者よ。私の願いを聞いてほしい」
―――
―――憧れていたあの人の姿を、涙を。全部、無かったことにしてしまったら。
―――私も、本当に全部失くしちゃうから。
―――だから……取り戻したいんだ。でないと、私は……!
「この
煌々と昼間の太陽よりも輝く光が、
目を眩ませることはない。光は優しく、太陽無き夜にあってなお暖かい。
鍵玻璃はその中で、銀の髪をなびかせる少女を見止めた。朧に輝くシルエット。それが差し伸べてくる手を、迷わずつかみ取る。
触れ合った手のひらから順に、シルエットの銀光が剥がされていく。ステージに突き刺さった星の光が爆ぜて消えると同時、鍵玻璃と手を繋いだ少女の姿が露わとなった。
左右に編みこみを入れた髪。宇宙服を思わせるデザインのアイドル衣装をまとった彼女こそ、鍵玻璃の切り札。最初からずっとそばに寄り添ってくれたもの。悪夢の夜を唯一照らしてくれる星。
鍵玻璃が手にした最後の切り札。
「“
―――メリー・シャイン……手札に残っていましたのね。
飢餓に駆られた絶叫が、砂漠の中を揺るがした。
食いたい、食わせろ。怪物のシンプル極まる欲求が、見惚れていた流鯉に気付けを施す。待ちきれないとばかりに拳を振り下ろす怪鳥の下で、死神が静かに身構える。
鍵玻璃はメリー・シャインと目配せをして頷くと、繋いだ手を高く掲げた。
「メリー・シャインのレギオンスキル。この対戦中、私が行った誓願成就の回数に応じて段階的に力を発揮する」
手を離し、指を絡めるように組み直す。そこから全方位に向かって膨れ上がった光が
砂漠の中そのものが、小さな宇宙になったかのようだ。そこら中に惑星や恒星のような光の球が浮かび上がり、幻想的な光景を醸し出す。不気味な怪鳥は、さながらひとつの銀河のように美しく彩られていた。
困惑し、自分の体を激しくついばんで付着した光を取ろうとする怪鳥を見上げながら、
「私がこの対戦中に行った誓願成就は、30回! よって他のレギオンすべてはパワー0となる! すべての苦難よ、この手の中に。サクリファイス・クエーサー!」
散りばめられた光が、今度はふたりの手に向かって凝集していく。それに伴って怪鳥の体を覆った光も引き剥がされた。
激しい苦悶の声が轟く。大きく仰け反った
―――デネボラループはその最たる例というわけですか。
奮戦レベル上昇、誓願成就の回数稼ぎ、メリー・シャインの影響を受けていないレギオンの補充、他のレギオンの強化すべてを行える、まさに理想的な組み合わせ。
―――ですが、それだけでは勝てませんわよ! 死神にはあと1枚の手札が!
流鯉が死神の方に目を向ける。すると大鎌を振りかぶった死神は、ぼそりとカードの使用を宣言した。
「誓願成就、“プレデイション・ザ・ゲーム”。2体のレギオンを“
限界まで引き絞った大鎌で、斬撃を繰り出す。
灰色の一閃は最後の手札を飲み込んで巨大化し、メリー・シャインをめがけて飛翔した。その軌道上に、アカマルとドゥベが飛び込み相殺。
爆裂した灰色の斬撃は2体のレギオンを粉微塵にし、もろともに卵の中へと吸い込まれていった。メリー・シャインは無事である。
その問いには誰も答えない。鍵玻璃はただ頭上の怪鳥を見上げ、叫んだ。
瞳には、恐怖も、狂気も、もはや無かった。
「メリー・シャインで、
メリー・シャインが全力で跳躍し、全身を白金色の光で包む。
飛び立つさまは旅立つスペースシャトルのようであり、彗星のようでもある。
力を奪われた怪鳥がどうにか顔を上げ、口を開いた。
“
“
大鎌を振りぬいた死神が、頭上を仰ぐ。そこで初めて、プレイング以外の動作を見せた。メリー・シャインに手をかざしたのだ。
「“
「なんですって!? そんなの……!」
レギオンスキルの発動は、1体ごとに各ターン1度きり。同名レギオンを何体も出したり、一旦手札に戻したりしない限り、その原則は破れない。なのに、食ったカードを消費して再発動だと?
怪鳥が頭を勢いよく頭を持ち上げ、首を伸ばした。砲弾の如き速度の捕食が、メリー・シャインに真っ向から襲い掛かる。
食われる。メリー・シャインが。
―――そんな、逆転できたと思ったのに!
―――
―――このままでは……本当に……!
瞬間、メリー・シャインが素早く不規則に明滅し始める。
一度消えるたびにより強い輝きを放つ少女が、巨大な
その目が、ステージ上の鍵玻璃を捉えた。彼女は怪鳥が突き破った天蓋の向こう、空の彼方を指差している。頭上を振り仰いだ怪鳥の真上に、光。
「“救世女傑メリー・シャイン”、第2のスキル。第1スキルを使っているなら、あらゆるレギオン、レリックのスキルを受けず、誓願成就で選ばれない」
即ち、この場においては無敵の力を誇るレギオン。
力強く、美しく、華やかな煌めき。しかしそれを、どこか物悲しいものを感じて。
胸が痛くなるほどに眩い白銀の中で、メリー・シャインは拳を握った。光がその一点に凝集していく。
「終わりよ。返してもらう……あんたが奪っていったすべてを!」
怪鳥の三つ首が最後の力を振り絞り、螺旋を描きながら伸びあがる。力を奪われてなお溢れ出す渇望に任せた捕食攻撃と、彗星の如き巨大な拳。
これが最後の攻防だった。
「打ち砕け! セレスティアル・バニッシャ―――!」
大きく開かれた
怪鳥は最後の足掻きとばかりにひび割れゆく手でメリー・シャインを包み込もうとしたが、叶わなかった。巨体が跡形もなく弾け飛び、星の拳が真下の死神をめがける。
死神は大鎌を振りかぶったが、上から押し寄せる光と圧力に押しつぶされて、刃を振り上げることもままならない。
砂地にずぶずぶと沈んでいく足。割れる切っ先。それでもなおメリー・シャインを狩ろうとするローブ姿を、鉄拳と巨大な光が撃ち抜いた。
砂漠の上で凄まじい爆発が引き起こされて、放射状の突風が砂を大きく波打たせるようにめくり上げる。そうして立ち上がった白砂の大津波が鍵玻璃のステージを押し流し、周囲を囲う不可視の壁を砕いて流鯉を飲み込む。
荒波に呑まれた舞台の上で膝を突きながら、鍵玻璃はメリー・シャインの光が空にまで登るのを見た。幻想的な光景の中、黒い天蓋が剥がれていく。
ざあっ、と彼女の視界を砂の波が覆い隠す。思わず目を閉じた鍵玻璃の耳に、勝利を告げるファンファーレ、そして微かな声が滑り込んだ。
―――ありがとう。
その声が、自分のものか他人のものかは、わからなかった。