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第29話 光明昭然/祈りを重ねて

 才原邸に向かう直前、解恵かなえを力尽くで振り払ってきた。


 解恵の挑戦を拒絶して、代わり立ちはだかったハニーを下し、一切の事情を告げずに飛び出した。妹の涙声を置き去りにして。


“お姉ちゃん、どうして……? どうして、連れて行ってくれないの……?”


“約束……忘れちゃったの?”


 鍵玻璃きはりは何も答えなかった。病床の解恵の姿を思い出したら、耐えられなくて、言葉が胸につっかえちゃって。


 でももし、答えられたなら。何か言葉をかけるとしたら。なんて言うかは、決まっているのだ。


「うわあああああああ――――――っ!」


 鍵玻璃きはりは咆哮しながら、遮二無二拳を突き出した。


 攻撃命令を受けたデネボラが、星の乗って虹のような孤を描く。狙いは“無幻階鳥むげんかいちょうEXECUTEエクスキュートHOWXホークス”だ。


 その輝きを見た流鯉りゅうりが両手を不可視の壁に押し付ける。


 攻撃をしかけたデネボラは、パワー5500を誇る。“流星並走”、“煌めく服飾”×2、“なぞり紡ぐ星絵ゾディアック”の重ね掛けにより、死神の切り札を超えるパワーをその身に宿した。


 だが。EXECUTEエクスキュートHOWXホークスは、相手を問答無用で貪り喰らう。


「“無幻階鳥むげんかいちょうEXECUTEエクスキュートHOWXホークス”のレギオンスキル」


 流星が次々と色を変えながら大きくなっていく。それを見た怪鳥の三つ首は、我先にとデネボラを食おうと前のめりになった。


 デネボラは嵐のように噛みついては引く鳥の頭を光の尾を引いて回避し、首の付け根に向かって星を蹴る。


 しかしその輝きは、横から伸びて来た巨大なくちばしに呑まれてしまった。自由落下を始めるデネボラ本体も、同様に食われてしまう。


「ですが、これでEXECUTEエクスキュートHOWXホークスのスキルは使えない……!」


 流鯉りゅうりはカラカラに乾いた舌を動かした。


 レギオンスキルは1ターンにつき1度だけ。もう1体パワー5000以上のレギオンを用意できればEXECUTEエクスキュートHOWXホークスを倒せる。後はタヴロイド=ペイントを倒せば勝利だ。


 ―――そしてそれは、不可能ではないはずです。


 流鯉は鍵玻璃きはりのフィールドを確認し直す。


 鍵玻璃:ハザードカウンター13

 手札:5枚

 場:“ミーティアライダー・デネボラ”×3、“ベビーゲイザー・カノープス”

 レリック:“星見の作業台”


 死神のターン終了時、鍵玻璃は“スカイハイ・タッチ”でカノープスを呼び出し、ありったけのカードを使ってデネボラ1体を強化した。XEGGゼッグHVNヘヴンの手札吸収を掻い潜り、1枚でも多くドローするために。


 ―――カノープスを限界まで進化させれば、全レギオンがパワーアップする。


 ―――となれば次の一手は、自爆特攻によるカウンター稼ぎ!


 流鯉の予想通り、デネボラ2体がタヴロイド=ペイントに挑みかかった。


 蝸牛カタツムリの目が鎗に変化し、それらを貫く。傷口からあふれ出した黒白こくびゃくの粘液にデネボラたちが飲み込まれ、ドット絵のドクロが現れる。


 ハザードカウンター、15。鍵玻璃はドクロをつかみ、思い切り床に打ち付けた。


「―――奮戦、レベル3!」


 ヴヴヴヴヴ、とチープな電子音を立ててドクロが炸裂。暗黒の空を戴く砂漠を、夜明けの如き真白の閃光が照らし出す。


 流鯉りゅうりはガッツポーズを決めた。これで一発逆転勝利が可能だ。光が晴れて、流線形に彩られた白銀のステージに立つ鍵玻璃きはりの手札は、しかし増えてはいなかった。


 レベルアップボーナス獲得の宣言も、ない。


 ―――え?


 流鯉の表情から興奮の色が抜け落ちる。


 何故だ。自分との闘いで見せたカードを持って来て、勝ちに行くのではないのか?


 その疑問に回答するのは、ひとつの絶望的な閃き。


 ―――まさか、奮戦レベル3のカードは……!?


 ―――アステラ=メモリアも“星の夢を抱く姉妹エタニティ・グリッター・ドット”も、それ以外もですか!?


 想像していた勝ち筋が否定され、流鯉は全身の肉がずり落ちるような感覚に襲われた。崩れ落ちそうになる自分を、なんとか奮い立たせて首を振る。


「いえ、いいえ! 落ち着きなさい……レベルアップをしたからには、手札に何かあるのでしょう!? それにそれらがなくとも、カノープスの力を使えば……!」


「誓願成就、“星に願いを”! カノープスを進化変身!」


 自らを鼓舞する流鯉りゅうりを余所に、鍵玻璃きはりは小さな竜を成長させた。


 “アイディールウィング・カノープス”。再び現れたファードラゴンが喉を鳴らすのを聞きながら、鍵玻璃は心の中で呟く。


 ―――忘れてない。


「“メグレズの採掘場”を配置、アカマルとドゥベを召喚! レギオンスキル!」


 子狼と道化師風の少女を召喚。それぞれが与えた誓願カードを迷わず使う。


 “明星咆哮”、カノープス強化。“ド派手な祝砲”、レギオン全員に強化能力を付与。


 道化師風の少女が打ち上げた花火の光に照らされながら、鍵玻璃きはりはファスマトディアを指差した。


「デネボラで攻撃! “ド派手な祝砲”の効果でパワーアップし、“流星並走”を手札に加える!」


「“均衡支柱きんこうしちゅうファスマトディア”のレギオンスキル。“ミーティアライダー・デネボラ”と自身をデッキの1番下に送る」


「誓願成就、“流星並走”、“星超極閃せいちょうきょくせん”! カノープスのパワーを合計で+1000、さらに1枚ドロー! タヴロイド=ペイントを攻撃!」


 翼を広げたカノープスが口に限界まで光を溜めて、解き放つ。


 “アイディールウィング・カノープス”:パワー1000→4000


 “エデンズクロウラー・タヴロイド=ペイント”:パワー3000


 “なぞり紡ぐ星絵ゾディアック”の強化はとっくに消えている。銀色のレーザービームは巨大な蝸牛カタツムリを爆散させて、無数の煌めきに変えた。


 死神:ハザードカウンター18→19


「あと1点! あと1点ですわ、肌理咲きめざき鍵玻璃きはりっ!」


「カノープスのレギオンスキル! “見下ろす宇宙”を手札に加え、誓願成就!」


 カノープスの体が宇宙色に染め上げられた。竜はその場でビッグバンを引き起こし、無味乾燥な砂漠を旋風で震わせる。


 空を覆うドラゴンが、鍵玻璃きはりのエデンを抱き上げる。赤子を護る母親のように。


「“ギャラクシーシェイド・カノープス”! レギオンスキルで私のレギオンすべてのパワーを+3000! デネボラのスキル……これで、届いた」


 酸欠気味になりながら、鍵玻璃きはりはアイドル衣装を汗で濡らした。


 手札には“流星並走”の他に、“メグレズの採掘場”のスキルで加わった“グリッターモール・メグレズ”。これをデネボラにつぎ込めば、パワーはジャスト5000。


 死神は事ここに至っても棒立ちだった。慌てることも、命乞いをすることもない。敗北を前にしたものの姿ではない。手札は残り2枚。


 ―――関係ない。これで終わりよ!


「“流星並走”、そして“グリッターモール・メグレズ”のレギオンスキル! デネボラに合計でパワー+1000! “無幻階鳥むげんかいちょうEXECUTEエクスキュートHOWXホークス”に攻撃!」


 ドウ、と再びデネボラが宙を舞う。


 空を登る流れ星。鍵玻璃きはりはその輝きの中に過去を見出す。


 忘れてなんか、いない。夜の空に探した輝き。七夕がくるたび、短冊に書いた願い事。どれもこれも、忘れていない。忘れたくても、忘れられない。だからずっと苦しんでいた。


 けどそれらがぜんぶ、幻覚だったら? 求文女しふめ彩亜あーやなんて存在しなくて、なにもかも自分の妄想に過ぎなかったら?だったら、彼女との出会いは。もらったカードは。今までの記憶は一体なんだ?


 ―――お願いします、教えてください。何がほんとで、嘘なのか。


 ―――私は間違ってないんだって、言ってください。お願い、だから……!


 月が流した涙の粒に、両手を組んでこいねがう。そのうち気を失うように眠って、気付けばひたすら黒い夜の下。


 あの日の願いが、叶う一歩手前に来ている。死神を倒し、すべてを暴き、取り戻す。そうすれば、きっと。


「誓願成就」


 ざらついた死神の声が、物思いを断ち切った。


 鍵玻璃きはりはカノープスが歪むのを見た。布を引き剥がすように、銀河色の巨体が死神の方へ吸い込まれていく。


 銀河を喰らうは悪夢の卵、“幻界げんかい揺卵ようらんXEGGゼッグHVNヘヴン”。


「“プレデイション・ザ・ゲーム”。相手のレギオンを2体、“幻界げんかい揺卵ようらんXEGGゼッグHVNヘヴン”に融合させる。“ギャラクシーシェイド・カノープス”と攻撃していない“ミーティアライダー・デネボラ”を融合」


「カノープス!!」


 卵が巨竜を啜り尽くし、鍵玻璃きはりの星を奪い去る。


 カノープスの加護を失ったデネボラの流星は、消えゆく手持ち花火のように小さくなっていき、減速したところをEXECUTEエクスキュートHOWXホークスに叩き落とされた。


 その光景を前にした流鯉りゅうりの両手が、不可視の壁からずり落ちる。


 鍵玻璃きはり:ハザードカウンター16

 手札:1枚

 場:“幼天狼アカマル”、“ダイナマイトエクスカベーター・ドゥベ”

 レリック:“メグレズの採掘場”、“星見の作業台”


 ―――……詰み……。


 ぷかりと浮かんだ心の声が、泡のように爆ぜた。


 自分・相手のターンを問わず、相手のカードを奪い取る。死神の戦略は一貫していた。だから、そういう誓願カードがあっても驚かない。しかし、しかしだ。よりにもよって、このタイミングで。


 ―――肌理咲きめざき鍵玻璃きはりは、このターン大量のカードを消費しました。


 ―――持てるカードのすべてを使って、対抗手段をひねり出したというのに……。


 ―――手札は1枚、場には弱小レギオンと無意味なレリック。


 しかも、死神の手札はまだ1枚ある。死に札ならいい。けれど、“ドミナリング・クロウフィッシュ”や2枚目の“プレデイション・ザ・ゲーム”だったら? 鍵玻璃の手札がレギオンであっても、無意味だろう。


 鍵玻璃は動きを止めていた。横顔は疲れ切っていて、膝が笑っている。


 流鯉が見ていることしかできない一方で、鍵玻璃は大きく息を吐く。


 凪いだ表情。その裏側に、これまで経験した苦痛のすべてが蘇る。


 融け合った夢とうつつに翻弄されるだけの日々。その綻びを見つけて、迷いなく飛び込んだ先にあるのが、この戦い。


 ―――本当は思いついていた。もっと早く解決する方法。


 ―――それは死神と戦うよりもずっと簡単だったけど、できなくて。


 ―――どうしようもなくなって、目を背けて逃げ続けていた。


 でも、結局忘れられなくて、ここまでやってきた。今の今まで、彼女はずっと、そばに付き添ってくれていた。


 鍵玻璃はゆっくり手を持ち上げて、最後のカードにそっと触った。


「……待たせてごめんね。もう、大丈夫だから」


 音もなく、真上に跳ね上げる。


 星の消えた空。飢えた怪鳥。白い砂漠と死神。そして白銀色の舞台。


 そこに立つ鍵玻璃きはりの姿が、頭上に大きな光芒を得て影となる。


「星よ、祈りを聞く者よ。私の願いを聞いてほしい」


 ―――解恵かなえ、私は忘れてないよ。忘れたくても、忘られない。


 ―――憧れていたあの人の姿を、涙を。全部、無かったことにしてしまったら。


 ―――私も、本当に全部失くしちゃうから。


 ―――だから……取り戻したいんだ。でないと、私は……!


「このの下に、楽園を。しるべの光を。私にすべてを救う力を!」


 煌々と昼間の太陽よりも輝く光が、鍵玻璃きはりのステージに突き刺さる。舞台が浮かび上がって、その煌めきを徐々に強める。


 目を眩ませることはない。光は優しく、太陽無き夜にあってなお暖かい。


 鍵玻璃はその中で、銀の髪をなびかせる少女を見止めた。朧に輝くシルエット。それが差し伸べてくる手を、迷わずつかみ取る。


 触れ合った手のひらから順に、シルエットの銀光が剥がされていく。ステージに突き刺さった星の光が爆ぜて消えると同時、鍵玻璃と手を繋いだ少女の姿が露わとなった。


 左右に編みこみを入れた髪。宇宙服を思わせるデザインのアイドル衣装をまとった彼女こそ、鍵玻璃の切り札。最初からずっとそばに寄り添ってくれたもの。悪夢の夜を唯一照らしてくれる星。


 鍵玻璃が手にした最後の切り札。


「“救世きゅうせい女傑スターメリー・シャイン”―――!」


 流鯉りゅうりはポカンと口を開け、メリー・シャインに魅入られた。


 鍵玻璃きはりとともに、白銀のステージに佇む姿のなんと煌びやかなことか。双子のように似通ったふたりは、まさに天使のようだった。


 ―――メリー・シャイン……手札に残っていましたのね。


 飢餓に駆られた絶叫が、砂漠の中を揺るがした。


 EXECUTEエクスキュートHOWXホークスが激しく喚く。拳で砂地を叩き、闇の奥にある翼を羽ばたかせ、涎を断続的にまき散らす。


 食いたい、食わせろ。怪物のシンプル極まる欲求が、見惚れていた流鯉に気付けを施す。待ちきれないとばかりに拳を振り下ろす怪鳥の下で、死神が静かに身構える。


 鍵玻璃はメリー・シャインと目配せをして頷くと、繋いだ手を高く掲げた。


「メリー・シャインのレギオンスキル。この対戦中、私が行った誓願成就の回数に応じて段階的に力を発揮する」


 手を離し、指を絡めるように組み直す。そこから全方位に向かって膨れ上がった光がEXECUTEエクスキュートHOWXホークスをも照らし出し、色とりどりの光の粒で巨体を覆う。


 砂漠の中そのものが、小さな宇宙になったかのようだ。そこら中に惑星や恒星のような光の球が浮かび上がり、幻想的な光景を醸し出す。不気味な怪鳥は、さながらひとつの銀河のように美しく彩られていた。


 困惑し、自分の体を激しくついばんで付着した光を取ろうとする怪鳥を見上げながら、鍵玻璃きはりは高らかに宣言する。


「私がこの対戦中に行った誓願成就は、30回! よって他のレギオンすべてはパワー0となる! すべての苦難よ、この手の中に。サクリファイス・クエーサー!」


 散りばめられた光が、今度はふたりの手に向かって凝集していく。それに伴って怪鳥の体を覆った光も引き剥がされた。


 激しい苦悶の声が轟く。大きく仰け反ったEXECUTEエクスキュートHOWXホークスは、力を奪い尽くされ項垂れた。ズズン、と両手を地につけて、ぜいぜいと息を切らしている。


 流鯉りゅうりは目から鱗が落ちる思いをしていた。誓願カードを大量に使う戦法は、メリー・シャインのスキルを起動するためのもの。そして起動後、パワー0となった自分のレギオンを復活させるためのものだったのだ。


 ―――デネボラループはその最たる例というわけですか。


 奮戦レベル上昇、誓願成就の回数稼ぎ、メリー・シャインの影響を受けていないレギオンの補充、他のレギオンの強化すべてを行える、まさに理想的な組み合わせ。


 ―――ですが、それだけでは勝てませんわよ! 死神にはあと1枚の手札が!


 流鯉が死神の方に目を向ける。すると大鎌を振りかぶった死神は、ぼそりとカードの使用を宣言した。


「誓願成就、“プレデイション・ザ・ゲーム”。2体のレギオンを“幻界げんかい揺卵ようらんXEGGゼッグHVNヘヴン”に融合させる」


 限界まで引き絞った大鎌で、斬撃を繰り出す。


 灰色の一閃は最後の手札を飲み込んで巨大化し、メリー・シャインをめがけて飛翔した。その軌道上に、アカマルとドゥベが飛び込み相殺。


 爆裂した灰色の斬撃は2体のレギオンを粉微塵にし、もろともに卵の中へと吸い込まれていった。メリー・シャインは無事である。


 流鯉りゅうりは今の現象が信じられず、凍り付く。なぜアカマルとドゥベを、1番放っておいてもいいレギオンを狙った?


 その問いには誰も答えない。鍵玻璃はただ頭上の怪鳥を見上げ、叫んだ。


 瞳には、恐怖も、狂気も、もはや無かった。


「メリー・シャインで、EXECUTEエクスキュートHOWXホークスを攻撃!」


 メリー・シャインが全力で跳躍し、全身を白金色の光で包む。


 飛び立つさまは旅立つスペースシャトルのようであり、彗星のようでもある。


 力を奪われた怪鳥がどうにか顔を上げ、口を開いた。


 “救世きゅうせい女傑スターメリー・シャイン”:パワー3000


 “無幻階鳥むげんかいちょうEXECUTEエクスキュートHOWXホークス”:パワー0


 大鎌を振りぬいた死神が、頭上を仰ぐ。そこで初めて、プレイング以外の動作を見せた。メリー・シャインに手をかざしたのだ。


「“無幻階鳥むげんかいちょうEXECUTEエクスキュートHOWXホークス”の第2スキルを発動。このレギオンに融合されたカードを任意の枚数破棄することで、その回数分第1スキルを発動できる。デネボラ1枚を破棄」


「なんですって!? そんなの……!」


 流鯉りゅうりは死神には伝わらないことも忘れて声を張り上げる。


 レギオンスキルの発動は、1体ごとに各ターン1度きり。同名レギオンを何体も出したり、一旦手札に戻したりしない限り、その原則は破れない。なのに、食ったカードを消費して再発動だと?


 怪鳥が頭を勢いよく頭を持ち上げ、首を伸ばした。砲弾の如き速度の捕食が、メリー・シャインに真っ向から襲い掛かる。


 食われる。メリー・シャインが。


 ―――そんな、逆転できたと思ったのに!


 ―――肌理咲きめざき鍵玻璃きはりの手札もレギオンも、既に底を突いています!


 ―――このままでは……本当に……!


 瞬間、メリー・シャインが素早く不規則に明滅し始める。


 一度消えるたびにより強い輝きを放つ少女が、巨大なくちばしに食われる寸前で爆ぜるように消失。反撃の捕食が空を切り、怪鳥は獲物を探して辺りを見回す。


 その目が、ステージ上の鍵玻璃を捉えた。彼女は怪鳥が突き破った天蓋の向こう、空の彼方を指差している。頭上を振り仰いだ怪鳥の真上に、光。


「“救世女傑メリー・シャイン”、第2のスキル。第1スキルを使っているなら、あらゆるレギオン、レリックのスキルを受けず、誓願成就で選ばれない」


 即ち、この場においては無敵の力を誇るレギオン。


 流鯉りゅうりは唖然として、太陽よりも大きな銀の輝きをただただ見上げた。


 力強く、美しく、華やかな煌めき。しかしそれを、どこか物悲しいものを感じて。


 胸が痛くなるほどに眩い白銀の中で、メリー・シャインは拳を握った。光がその一点に凝集していく。


「終わりよ。返してもらう……あんたが奪っていったすべてを!」


 鍵玻璃きはりが叫ぶと、メリー・シャインは一直線に落下し始めた。


 怪鳥の三つ首が最後の力を振り絞り、螺旋を描きながら伸びあがる。力を奪われてなお溢れ出す渇望に任せた捕食攻撃と、彗星の如き巨大な拳。


 これが最後の攻防だった。


「打ち砕け! セレスティアル・バニッシャ―――!」


 鍵玻璃きはりが叫ぶとともに、互いの攻撃が激突した。


 大きく開かれたくちばしが拳の光を受け止めきれずに破砕し、押しつぶされた頭部から首、胴体にかけて光の亀裂が駆け巡る。


 怪鳥は最後の足掻きとばかりにひび割れゆく手でメリー・シャインを包み込もうとしたが、叶わなかった。巨体が跡形もなく弾け飛び、星の拳が真下の死神をめがける。


 死神は大鎌を振りかぶったが、上から押し寄せる光と圧力に押しつぶされて、刃を振り上げることもままならない。


 砂地にずぶずぶと沈んでいく足。割れる切っ先。それでもなおメリー・シャインを狩ろうとするローブ姿を、鉄拳と巨大な光が撃ち抜いた。


 砂漠の上で凄まじい爆発が引き起こされて、放射状の突風が砂を大きく波打たせるようにめくり上げる。そうして立ち上がった白砂の大津波が鍵玻璃のステージを押し流し、周囲を囲う不可視の壁を砕いて流鯉を飲み込む。


 荒波に呑まれた舞台の上で膝を突きながら、鍵玻璃はメリー・シャインの光が空にまで登るのを見た。幻想的な光景の中、黒い天蓋が剥がれていく。


 ざあっ、と彼女の視界を砂の波が覆い隠す。思わず目を閉じた鍵玻璃の耳に、勝利を告げるファンファーレ、そして微かな声が滑り込んだ。


 ―――ありがとう。


 その声が、自分のものか他人のものかは、わからなかった。

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