「“ベビーゲイザー・カノープス”! “スカイハイ・タッチ”2枚で、ポラリスとデネボラをデッキから出す! パワー+2000、レギオンスキル!」
レベルアップボーナスで持ってきた誓願カードを躊躇いなく打つ。
死神のハザードカウンターは18。レギオン2体を倒せば勝ちだ。
―――問題は、どれを攻撃するか。“
―――このタイミングで出してきたからには、あの
―――だったら!
「バトル! ポラリスでサミフル=リグルを攻撃! 誓願成就、“煌めく服飾”! ポラリスのパワーを+1000!」
木槌を担いだ少女が大ジャンプして、砂地に着地。砂煙を立てて走り出す。
虫の球へ一直線に突っ込んでいくポラリスに、
“クラフトアプレンティス・ポラリス”:パワー2500→3500
“エデンズクロウラー・サミフル=リグル”:パワー3000
もう手札の無い死神は、しかし慌てる素振りすら見せない。
「“エデンズクロウラー・サミフル=リグル”のレギオンスキル。これと相手レギオン2体を選び、“
虫の球が解け、大きく広がって飛び掛かって来たポラリスを飲み込む。大群と化したそれらは、次にデネブを急襲。嵐のようにかっさらい、紅い
砂まみれになった
―――またしても融合を? まさか……。いえ、それよりも!
いずれにしても、パワー4000を誇るデネブは処理された。これで同じパワーを持つ
秘匿されていたエデンズクロウラーの能力に歯噛みをしながら、
まだだ。まだ打つ手はある。
「誓願成就、“星に願いを”! カノープスを進化変身させて、奮戦レベル2のカードを手札に加える!
煌々とした光に包まれて、小さな竜が巨大化していく。それでもパワーはたったの1000。ファスマトディアにも及ばない。
だが、本命は手札に加わったカードの方だ。
―――使うのは最後。でもあなたがいてくれれば……!
「誓願成就、“流星並走”! デネボラにパワー+500して、新しいデネボラを場に出す! “スカイハイ・タッチ”で出した時点でレギオンスキルは使用済みだけど」
「新しいデネボラが出たことで、またループを作れる。しかもこれで、1体目のデネボラでタヴロイド=ペイントを倒せるようになった……!」
1体目のデネボラのパワーは3500。もう1枚、何かしらの強化カードがあれば
―――ですが、決着までは持ち込めない……!
ここで何を倒そうが、死神を倒しきれない。相打ちを取ってでも
安全策はスキルを披露しきったタヴロイド=ペイントを倒すこと。
しかし賭けに出るのが、一概に悪いわけでもない。死神は手札ゼロ。次のターン、5枚のカードが補充されるのだ。何を引くのかわかったものではない。
同様の問題に直面した
「手札の“グリッターモール・メグレズ”のレギオンスキル! これを捨て、1体目のデネボラにパワー+500! デネボラで
砂の中から飛び出した、大型犬サイズのモグラが光を纏って星となる。助走をつけてステージから跳んだデネボラはそれに乗り、共に真紅の
“ミーティアライダー・デネボラ”:パワー4000
“
通って。ふたりに対して、死神の声は冷淡だった。
「“
「――――――っ!!」
突進が命中する寸前、
鳥類には似つかわしくない、鋭い牙を生やした不気味な口腔が、ライダースーツの少女を喰らい潰した。何事もなかったかのように閉じる口。
よりにもよって、無条件で反撃する力を持ったレギオンだなんて。最悪の裏目を引いた。視界が黒い闇に侵食されていく。
鍵玻璃は首を振り、側頭部を叩いて己を正気付かせる。攻撃は大失敗に終わったが、まだ勝負はついていない。
「“インゴットデュプリケーター・メレク”を召喚。ターン終了時、レギオンスキルでこのターン使った誓願カードを1枚まいずつ、手札に加える」
ほぼすべて消費し切った手札が5枚に戻った。これで“メモリーイーター・ノイマン”が出て来てもメリー・シャインが奪われる可能性は5分の1だ。
いや、事ここに至って、パワーの低い奮戦レベル1のレギオンは出してこないか。だが、2枚目の
ハザードカウンター18、手札ゼロの状態で死神に手番が回る。
「ドロー。レリック配置、“
「「!!!」」
死神が掲げた大鎌の上に漆黒の瘴気が集まっていき、巨大な卵を作り出す。
流鯉の心には、驚きはない。奮戦レベル1のキーカードなら、複数枚デッキに投入するのはごく自然なことだ。鍵玻璃がデネボラを複数枚採用するのと同じく。
―――ですが……このタイミングで引き当てますか!
―――また2枚目のエデンズクロウラー召喚から、高速孵化のコンボが来たら!
しかし幸い、その危惧は杞憂に終わった。
「バトル。“エデンズクロウラー・タヴロイド=ペイント”で、“インゴットデュプリケーター・メレク”を攻撃。レギオンスキル」
死神は手札2枚を卵へ捧げる。
メレクの胸と腹を貫いた蝸牛の
「がふ……っ!」
内臓を鷲掴みにされるような不快感。鎗が引き抜かれると、
貫かれた場所に手を触れながら、顔を上げる。デッキの上から2枚のカードが奪われた。しかし、死神はそれだけでは満足しない。鍵玻璃のすべてを奪いつくさんと、攻撃を繰り返す。
「“
迸る瘴気が無数の触手、あるいは
そのデネボラは諦めるしかないが、ループを途切れさせるわけにはいかない。
「“流星並走”っ!」
デネボラを強化し、新たなデネボラと“流星並走”を手札に加える。瘴気につかまったデネボラが、
ハザードカウンターは増えない一方、バトルに無条件で勝つレギオン。対応策はちゃんとある。けれど、条件が厳しい。
―――
焦燥。条件を達成するまで耐えられるか? そもそも心身は持つか?
大きく口を開いて酸素を取り込みながら、
死神の切り札を知らなかったとはいえ、勝負を急いだ弊害が後悔を連れてきた。
そして、悪夢はさらに大きな津波となって鍵玻璃を飲み込もうとする。
「“
「なっ……まだ進化するの……!?」
愕然と呟く
腹まで裂けた口が苦悶の絶叫を放つとともに、真紅の大鴉は不気味に膨れ上がって弾け飛んだ。瘴気が無数の羽根のように、あるいは血染めの雪のように散る。
その中から生まれたはずのものが見当たらない。鍵玻璃が素早く目を走らせると、ジェット機のような凄まじい高音が砂漠全体を圧し潰した。
ふたりの少女が耳を塞ぎ、目をつぶる。そうしてもなお、体をバラバラにされそうな大音量の異音。降り散っていた大鴉の残骸が渦を巻き、黒い天へと突き上げる。
何もかも粉々にせんとボリュームを上げていく異音の中、死神の宣言だけがやけに透き通って聞こえて来た。
「愛なく、慈悲なく、満つことなく。万人一切糧とせよ」
赤い竜巻が消えた瞬間、黒い天蓋が打ち砕かれた。
空の破片を散らし、頭から砂漠へ降りてくる超巨大な猛禽型のレギオン。太陽を思わせる赤と橙色のカラーリングをした体は、四枚の翼と3つの頭を生やしている。
鋭い
感じたことも無いほどの、身に余る恐怖に力が抜ける。
それは巨大で、絶対的な捕食者に見下ろされた時の感情。凄惨な終焉が訪れたのだという直感と確信が、頭を真っ白に染め上げたのだ。
鍵玻璃もまた、氷像のように立ち竦んだまま動けずにいる。見えている体躯は、恐らく人間でいうと肩甲骨のあたりまでだろう。それでも、途方もないぐらい大きい。あのレギオンには、自分が豆粒か何かに見えているのではないだろうか。
圧倒的な存在感を誇るそのレギオンの名を、死神が厳かに告げる。
「“
猛禽の怪物は、8本の指を備えた手で砂漠を叩く。
巨大な赤い怪鳥は、砂漠に頭を突っ込みながら大口を開いた。
奈落のような肉色の闇が鍵玻璃を見下ろす。
食われる。他人事じみた予感を抱く鍵玻璃の耳に、死神の声が届いた。
「“ミーティアライダー・デネボラ”を攻撃」
巨大な金属を引き裂くが如き―――文字通り金切り声を上げて怪鳥の首のひとつが降ってくる。
名指しされたデネボラが流れ星に乗って飛翔し、絶望的な迎撃を試みる。
「りゅっ……“流星並走”……っ!」
「“
首の伸びる速度が増して、
ステージを貫く衝撃に突き飛ばされて、銀のアイドルは不格好に床を転がった。
全身を鈍い痛みが支配する。呻きながら顔を上げると、捕食者は
その下方には、一部がごっそりと欠け落ちた舞台。
―――エデンを……食べられた? そんな……。
立方体のブロックで組まれたステージに、三日月型の穴。
己の理想とした舞台を直接抉られる光景は、頭を漂白するほどのショックを叩きつけて来た。
ステージの奥でへたり込んだ鍵玻璃を余所に、三つ首の猛禽は互いにギャアギャアと喧嘩をしながら握り拳を持ち上げる。
「“アイディールウィング・カノープス”を攻撃」
八つ当たりじみた巨大なアームハンマーが振り上げられる。
ファードラゴンは瞳をぎゅっと収縮させて怪鳥を見上げる主を一瞥すると、大きく羽ばたいて飛び立った。
飛翔に伴う突風が、
白砂の塔が吹き上がる。その様は鍵玻璃のみならず、
見た目のインパクトだけではない。巨大な禽獣の能力にもだ。
―――バトルする相手を問答無用で捕食する、パワー5000のレギオン?
―――そんなの……倒せるわけがありませんわ!
パワー5000だけなら、まだいい。それを上回るレギオンならば、流鯉でも用意可能な範囲だ。レギオン強化に特化した
問題は、それが
さらに融合を複数回行えば、その数だけパワー5000の連続攻撃。長期戦になればなるほど、その回数は増えていく。
攻防ともに隙がほぼ無い、圧倒的な性能だ。
「ターンエンド。“
とぷん、とぷんと2枚のカードを吸収し、ふたつ目の卵に融合されたカードは4枚目となる。2度目の孵化まで、あと1枚。
もはや、鍵玻璃に後は無い。彼女のハザードカウンターは13あるが、“
だが。流鯉は喉を震わせながら唾を飲み込む。鍵玻璃にはまだ、勝算はある。
“
“
そのどちらかを使えば、逆転できる。引き込めさえすれば。
そう、引き込めさえすれば。
他でもない鍵玻璃自身が、それはもはや不可能であると知っている。
この状況を手っ取り早く打開できる2枚のカードは、既に奪われていたからだ。
アステラ=メモリアはタヴロイド=ペイントの攻撃を通じて
“
長期戦はほぼ不可能。絶体絶命の状況の中、鍵玻璃はぺたんと座り込んだまま肩を震わせる。
膝の上で拳を握り、虚しい軽さを胸の中に感じながら、深く深く俯いた。