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第19話 竜姫再誕/巡礼竜姫ドラグリエ

 変身し、銀髪をなびかせた鍵玻璃きはりはすぐに動いた。


 レベルアップボーナスで、新たに2枚のカードを獲得。流鯉りゅうりは、晴れた朝の風に吹かれたような気分で口角を吊り上げる。


 優勢も劣勢も、いくらだって覆しうる。どんな逆境も跳ね返しうる。


 ―――ひとまず、お膳立てをしたということにしてあげます。


 ―――さあ、かかって来なさい!


 鍵玻璃は、肉食獣めいた笑みを浮かべる流鯉を睨み返した。そして。


「“ダイナマイトエクスカベーター・ドゥベ”、“インゴットデュプリケーター・メレク”、“ミーティアライダー・デネボラ”を召喚! レリック、“真夜中の展望台”、“憧憬の望遠鏡”!」


 大きなブロック型爆弾を掲げた道化師風の幼女。


 黒いショートヘアの後頭部を翼のように広げたフィールドワーカー。


 そして、流れ星をサーフボードにしたライダースーツを着た少女。


 一気に現れた3体の背後で、望遠鏡の幻影が一瞬だけ揺らめいた。空にはいつしか、満天の星。そのうちひとつがキラリと輝く。


「誓願成就、“スカイハイ・タッチ”! “導かれし未来・デネブ”を場に出し、パワー+2000!」


 鍵玻璃きはりが右手を掲げると、その隣を一条の流星がすり抜けた。


 パンッ、というハイタッチとともに着地したのは、ギリシャ彫刻のような出で立ちの、黄金剣を抱えた美少女。


「誓願成就、“流星並走”、“ド派手な祝砲”! デネボラにパワー+500して新しいデネボラを出す! さらに“憧憬の望遠鏡”、デネブのパワーをメレクにコピー!」


 星空を塗り替える花火の下に、5体のレギオン。


 手札を使って豪快に展開した鍵玻璃は腹を押さえた。


 花火の爆発音が、腹の底が揺さぶってくる。心の欠片が吼え立てる時の声を締め付けながら、鍵玻璃はメリー・シャインを思い浮かべた。


 唯一残った彩亜あーやの形見。ずっと捨てられずにいたそれを、売り渡すわけにはいかない。


「バトルだ! “ド派手な祝砲”により、私のレギオンすべてはバトルするたびパワーが上がる! 行けっ!」


 鍵玻璃きはりが手を突き出すと、レギオンたちがステージを飛び出した。


 道化師風の少女、ドゥベがブロック爆弾を放り投げる。チープな虹色に染まったブロックが爆ぜ、光の雨をメイドの少女に降り注がせた。


 集中爆撃を受けた“リトルメイド・セリエ”は、カラフルな爆炎の中で消滅する。


「デネボラ!」


 続いて宙返りをしたデネボラが、乗っていた星を蹴とばした。


 流れ星は目まぐるしく色を変えながら勢いをつけ、“老練の教剣師ブレイドマスター”が迎撃に振るった剣を粉砕。そのまま土手っ腹を撃ち抜き、もろともに爆散する。


 そして黄金剣を構えた少女が、真っ向から姫に勝負を仕掛けた。


 “祝誕の姫ドラグリエ”:パワー3500


 “導かれし未来・デネブ”:パワー4500


 デネブが大きく剣を振り上げ、ドラグリエを間合いに捉える。


 二者の剣がかち合う寸前、象牙色の光が割って入った。


「“ビヨンドモデル・ガーディアン”のレギオンスキル! そして誓願成就、“健やかなる成長”! これで“ビヨンドモデル・ガーディアン”の破壊を1回防ぎます。ドラグリエを守りなさい!」


 光の正体は、白いアーマーを身に着けた兵士だ。電光を纏う鎗を構えた“ビヨンドモデル・ガーディアン”は、勇ましくデネブへ突撃していく。


 振り下ろされた黄金剣に、機械的な三叉鎗が食らいついた。


 兵士は装甲の各関節から火花を散らしながらも、鎗を振るって斬撃を受け流し、デネブを追い払う。


 跳び下がって来たデネブを一瞥した鍵玻璃きはりは顔を歪めた。想像以上に多芸なデッキだ。


「小細工を……!」


「愛された者は守られるのです。未来の王ともなればなおさら!」


 その言葉を聞き、鍵玻璃きはりの舌に苦い味が広がっていく。


 ―――愛された者は守られる? だったらなんで彩亜あーやさんは……!


 鍵玻璃きはりは唇を噛んで手をかざす。すると片膝を着いた衛兵の隣を、黒い人影がすり抜けた。


「メレクでドラグリエを攻撃!」


 衛兵とすれ違ったメレクが、ドラグリエに向けて指を鳴らした。すると、姫君に黒い影が覆い被さる。


 ドラグリエが頭上を見上げると、そこには鉄色の巨大ブロックが浮遊していた。ブロックが姫を潰そうと落下してくる。


「そうは行きません! 誓願成就、“即王即決”! “ビヨンドモデル・ガーディアン”を手札に戻し、もう1度スキルを発動!」


「同じレギオンのスキルを、もう1度……!?」


 光となって流鯉りゅうりの手札に戻った“ビヨンドモデル・ガーディアン”が、再度飛び出す。


 ドラグリエを潰そうと落下するブロックに鎗を突き刺して軌道をずらし、もろともに地面を転がった。


 メレクが鼻を鳴らして肩をすくめる。


 流鯉も似た仕草をし、驚愕した鍵玻璃きはりを見やった。


「レギオンスキルは1体につき、1ターンに1度きり。ですが、手札に戻せばこの通り。ご存知なかったようですわね? 守り切りましたわよ」


「……! 2体目のデネボラで、“レガシーバトラー”を攻撃!」


「迎撃なさい!」


 大柄な執事が跳躍し、突撃してくるデネボラめがけ、飛び膝蹴りを繰り出した。


 “レガシーバトラー”:パワー1000


 “ミーティアライダー・デネボラ”:パワー500→1000


 互角のパワーとなった2体は、空中で激突する。


 膝を叩きつけられた流星は爆発し、乗り手ごと執事を吹き飛ばした。


「“レガシーバトラー”のスキルで、ドラグリエの関連カードを手札に!」


「……デネボラのスキルで“流星並走”をゲット。ターン終了時、メレクのスキル。このターン使った誓願カードを1枚ずつ手札に加える」


 攻撃終了。空気が静まり、鍵玻璃きはりは自分が息する音を聞く。


 ドラグリエを倒せなかった。流鯉りゅうりのキーカードを。


 口を引き結ぶ鍵玻璃に対し、流鯉はこの状況に笑みをこぼした。


 鍵玻璃きはり:奮戦レベル2、ハザードカウンター11

 手札6枚、レギオン4体、レリック2枚


 流鯉りゅうり:奮戦レベル1、ハザードカウンター14

 手札2枚、レギオン2体、レリック1枚


 やはり、本気の相手と競い合うのは気分がいい。ちょっとだけ、皮肉を言ってやりたいが、品が無いので抑え込む。


 代わりに、核心をつつくことにした。


「まさか、ここまで豹変するなんて。よほど大事なカードのようですわね。お父様に会いたい理由も、そのカードですか? それに一体どんな秘密が?」


「あんたには関係ない。続けて」


「やれやれ……」


 羽根ペン型D・AR・Tダアトを軽く振って、カードをドロー。


 次に流鯉りゅうりは、腕を真横に振ってハザードカウンターを記録する紋章を呼んだ。


「なら、無理にでも聞き出して差し上げます! 奮戦、レベル2!」


 紋章に描かれた龍が動き出し、羽根ペンの先に噛みついた。


 流鯉りゅうりは思い切りペンを振るって龍を三次元へ引きずり出すと、空中へと解き放つ。


 龍は空に己の軌跡を刻みつけると、頭から空中要塞に突っ込んだ。


 長い巨体が突き刺さり、艦体を激しく震わせる。


 足から頭頂部へ抜ける衝撃と轟音に思わず体を丸める鍵玻璃きはりの瞳に、龍の変じた光の柱が突き刺さる。


 光の柱は拡大し、広場を、摩天楼を、空中要塞全体を覆い隠す。空中要塞が変形機構を動かし始めた。


 ウィングはより大きく、翼を思わせる形状に。


 組み直されるパズルのように大型化したエンジンからは蒼い火が。


 そして要塞の頂く都市はより巨大に、豊かに、広く優美なデザインへ変化する。


 夜闇を穢さぬとうの明かりに照らされて、進化した都市がお披露目となる。豪華ながらも虚飾の無い、見た目の美しさと機能美を両立した建築物たち。


 最後に、流鯉の立っていた場所が一段と高さを増した。


 ステージに立つ鍵玻璃きはりより高く。演説台となったその場所に立つ流鯉の姿は、威厳ある王女のものとなっていた。


 精緻なティアラ、ファーの付いた大きなマント。そして装甲の如き金属装飾をつけたドレス。


 羽根ペン型のD・AR・Tダアトは、細身の剣と王杖おうじょうを合わせたような形状に。


 流鯉は杖を足元に打ち付けて、堂々と宣言する。


「わたくしも本気で参ります。全力で抗ってごらんなさい!」


 レベルアップボーナス発動。2枚のカードが手札に加わる。


 1枚をつかんだ流鯉りゅうりは、演劇のように朗々とした声音で語った。


「すくすくと成長していくドラグリエ。ある日彼女は、父王ふおうめいを下されます。己の国を己の目で見定めよ、と!」


 カードを放つと、とドラグリエの足元から光が放たれ、不思議な力によって体を浮かせた。


 目を閉じた幼い姫の体が眩いヴェールに覆われ、成長していく。


「幼き衣を脱ぎ捨てて、巣立った竜は世界を巡る! “巡礼竜姫じゅんれいりゅうきドラグリエ”!」


 光のヴェールが弾け飛ぶ。


 剥がれた鱗の欠片のような残滓に囲われ、ドラグリエが着地した。


 8歳ぐらいだった見た目が、16歳ほどまで成長している。華美すぎないドレスの上に金属鎧を着けた姿は、高貴な姫騎士といった佇まい。


 凛とした所作で剣をひと振りする様は、幼き日のぎこちなさとはまるで無縁だ。


 鍵玻璃きはりは眉に力を込める。


 流鯉りゅうりのデッキは、“祝誕の姫ドラグリエ”をひたすら強化する構築とばかり思っていたが、それを捨てて新たなカードを呼び出した?


 ―――進化変身を使うからわかる。あれはせっかくの強化を捨てるのと同義。


 ―――与えた能力を、わざわざ捨ててまで出すほど強力なレギオンなの?


 鍵玻璃の疑念を読み取り、流鯉りゅうりはしっとりと微笑んでみせる。


「意外ですか? しかし肌理咲きめざき鍵玻璃きはり、天と地の間には、あなたの哲学では想像もつかぬことが満ち溢れているのです」


「能書きは結構よ」


 鍵玻璃は微かに焦りを感じた。さっきまで自分が主導権を握っていたのに、いつの間にか流鯉りゅうりのペースに飲まれている気がしてならない。


 これ以上引き込まれまいと、嫌味を差し挟んで先を促す。


「あんたのデッキ自慢はどうでもいい。それで、そのドラグリエは何が出来るの?」


「失礼、つい浮かれてしまいましたわ。巡礼竜姫は、召喚時に祝誕の姫を融合させることができます。それにより、祝誕の姫の力を全て引き継げるのです」


「……! 融合? それに与えられた与えられた能力を引き継ぐ……ですって?」


 脳裏に不気味なモノトーンの卵が過ぎる。


 “幻界げんかい揺卵ようらんXEGGゼッグHVNヘヴン”。あれも同様に、他のカードと融合する能力を持っていた。


 少なくとも鍵玻璃きはりが現役の頃には無かった能力。それを、ドラグリエも?


 こくんと喉を鳴らしていると、流鯉りゅうりは勿体つけるようにカードを選ぶ。


「王女は旅をする中で、多くの出会いを目にします。善と悪、平和と災厄、希望と絶望。己の国にある全て! “エルフの碩学せきがくマルテラーダ”、“三流盗賊ハジャニック”、“花編みのカスピフローラ”を召喚! レギオンスキル!」


 研究者らしき恰好のエルフ、みすぼらしい服装をしたネズミの獣人と、花冠と花籠を持つ妖精の乙女が出現。


 エルフが姫の足元に魔法陣を呼び、乙女がドラグリエの頭に花冠をそっと乗せる。


 新たなスキルを付与されたのだ。恐らく、強力なものが。


 流鯉りゅうり王杖おうじょう鍵玻璃きはりの陣営に突き出す。


「バトル! ハジャニックで“ミーティアライダー・デネボラ”を攻撃!」


 チチチッ、と笑ってネズミの獣人が飛び出した。


 地を舐めるほど頭を低くし、袖口から小ぶりなナイフを出してデネボラへ斬りかかっていく。


 “三流盗賊ハジャニック”:パワー2000


 “ミーティアライダー・デネボラ”:パワー1500


 ナイフがデネボラの喉を抉る寸前で、鍵玻璃きはりは迎撃を試みる。


「誓願成就、“ド派手な祝砲”! このターン中、私のレギオンはバトルするたびパワーを+500する! デネボラを強化、“流星並走”を手札に。反撃!」


 再びドゥベがどこからともなく大筒を取り出し、大きな花火を打ち上げる。


 降り注ぐ虹色の光を浴びたデネボラは、胸をナイフで抉られながらも、ハジャニックの頭をヘッドバットでカチ割った。


 二者は相打ちとなって爆発四散する。ハジャニックの死とともに放たれた灰色の煙が、蛇のようにドラグリエの胸に滑り込む。みたび、新たなスキルを獲得。


「ドラグリエでメレクを攻撃! この時、マルテラーダが与えたスキルも起動! 誓願カードを1枚手札に加えます!」


 ドラグリエが走り出すとともに、メレクが両手の指を鳴らし始めた。


 “巡礼竜姫ドラグリエ”:パワー5000


 “インゴットデュプリケーター・メレク”:パワー1500→2000


 指を弾くたび生み出される鉱石ブロックの障害物を、ドラグリエは次々と斬り捨てながら突進していく。


 鍵玻璃きはりは苦しげに喉を鳴らした。ドラグリエのパワーが高すぎる。この攻撃は通すしかない。


 流鯉りゅうりが勢い込んで問いかける。


「そういえば、何やら意味ありげなことを仰っていましたわね! わたくしがメリー・シャインを知っているとかなんとか!」


 数々の障害物を切り抜けたドラグリエは跳躍し、空中で回転しながらメレクに斬撃を見舞う。古臭いダメージのサウンドエフェクトとともに、メレクが砕け散った。


 鍵玻璃きはりはポリゴンの欠片が頬をかすめるのを感じながら、内心で呟く。


 そうだ、エデンズブリンガーならば、知らないはずはない。彩亜あーやが最後に参加した大会で見せた奇跡のカードを。


 王座陥落の予見を打ち砕いたあの瞬間は、語り草となりかけていた。しかしみんな、忘れてしまった。彼女の存在すべてとともに。


 流鯉りゅうりの手札にカードが加わる。次に動くのは研究者然としたエルフの女性。


「マルテラーダでドゥベを攻撃!」


「“流星並走”! ドゥベを強化し、デネボラを出す!」


 エルフは両手を突き出し、翡翠色の魔法陣を開いてビームを放った。


 一方のドゥベは胴上げをするように爆弾ブロックを二度投げ上げる。宙に浮くたび巨大化した爆弾を、両手でつかみ腰を捻って投げつけた。


 “エルフの碩学マルテラーダ”:パワー2000


 “ダイナマイトエクスカベーター・ドゥベ”:パワー2000


 爆弾ブロックと光線は紙一重ですれ違い、互いの持ち主に直撃した。


「ですが、わたくしは前にも申し上げた通り、そのカードのことを知りません。それが何か関係している。そしてエデンズのことは、運営を掌握するお父様に聞くのが手っ取り早いと思った! そうでしょう!」


「黙って……、……っ!」


 鍵玻璃きはりの声を破砕音が遮った。


 広場の石畳を割って噴き出した無数の花蔓はなつるが、再三現れたデネボラを締め上げたのだ。


 畳みかけてくる。会話も対戦も、完全に主導権を奪われている。


 薄目で微笑む流鯉りゅうりは、まるで支配的な継母だった。鍵玻璃に灰を被せて、逆らう余地を与えない。心臓をつかむような威圧感に、鍵玻璃は抗う。


「カスピフローラで新しく出たデネボラを攻撃しますわ。何かありまして?」


「誓願成就、“輝石の契り”! デネボラのパワーを+1000して、破壊を1回免れる! デネボラのスキルで“流星並走”を手札に!」


 大量の花に飲み込まれかけたデネボラが光を放ち、絡みつく蔓を弾き飛ばした。


 はらはらと散る花弁の中、片膝を突いて着地するライダースーツの少女。


 それも読んでいたと見えて、流鯉の顔に動揺はない。杖を掲げ、追加でカードをプレイする。


「誓願成就! “即王即決そくおうそっけつ”、“真心一輪まごころいちりん”! それぞれドラグリエにスキルを付与します! “即王即決”で与えるスキルは2回攻撃!」


「……バリエーション豊富ね、うんざりするわ!」


「ええ。知らねばならないことはいくらでもあり、果たすべき責任もまた同様。故に、上に立つ者は多芸なのです。ドラグリエでデネブを攻撃!」


 光の剣と黄金の剣を構えた少女ふたりが、広場の中央で激しい剣戟を開始した。


 現状、ドラグリエの方がほんのわずかにパワーが高い。


 残り手札は4枚。うち3枚は“流星並走”2枚と“スカイハイ・タッチ”。


 鍵玻璃きはりは相手のキーカードを潰すべく、もう1枚のカードを切った。


「誓願成就、“なぞり紡ぐ星絵ゾディアック”! デネブのパワーを+1000、奮戦レベル1のカードをランダムに1枚、手札に加える!」


 ギャリィィィン、と剣同士の擦れ合う音が響き渡る。


 デネブのパワーは5500、ドラグリエを上回った。


 鍵玻璃きはりの背骨に、ピアノ線がピンと張り詰めるような感覚が走る。


 最も懸念すべきは流鯉りゅうりの奮戦レベルが3になったとき。確実に出してくるであろう、ドラグリエの最終進化形態だ。


 ―――今のドラグリエは、6つもスキルを持っている。


 ―――最後のドラグリエに全部引き継がれでもしたら、手に負えない!


「そのお姫様はここで潰す!」


 激突の衝撃で離れた2体のうち、デネブがトドメを刺すべく剣を振り回しながら突進していく。


 黄金の軌跡はドラグリエの首をねる未来へ向かって進む。


 それが実現する直前、流鯉りゅうりはふっと頬を緩めた。


「惜しかった、というべきでしょうか。けれどそれでは足りませんわね!」


「なんですって……?」


「“真心一輪まごころいちりん”で得たレギオンスキル! 自分の奮戦レベル2のレギオンをデッキに戻し、ドラグリエのパワーを+2000しますわ!」


 ドラグリエの周囲に、ふわっと花風が舞い踊る。


 暖かな色の花弁を吸収した剣はひと回り拡大。ドラグリエが大きく踏み込んだ。


 “巡礼竜姫ドラグリエ”:パワー5000→7000


「!!」


 鍵玻璃きはりが大きく目を見開く。


 姿を消したカスピフローラが、最後に残した花風を背に受け、ドラグリエは掬い上げるような斬撃を繰り出した。


 デネブの刃がからめとられて、真上に弾き飛ばされる。


 無手となったデネブに、ドラグリエが強烈な一閃を決めた。


 一瞬の静寂の後、デネブが膝から崩れ落ち、無数の光の粒となって消滅。


 息を呑む鍵玻璃を見つめ、流鯉りゅうりは満足そうに前髪を払う。


「では仕上げです。ハジャニックに与えられたスキルで、デネボラを破壊! そのパワーと同じだけ、ドラグリエをパワーダウン!」


 剣の腹に手をかざし、ドラグリエは灰色になった刃から斬撃を飛ばした。


 三日月型の光が、せっかく破壊を免れたデネボラを爆散させる。


 これにより、鍵玻璃きはりの軍勢は1ターンのうちに全滅となった。


 鍵玻璃きはり:ハザードカウンター15

 手札3枚、レギオン0体、レリック2枚


 流鯉りゅうり:ハザードカウンター16

 手札2枚、レギオン1体、レリック1枚


 状況だけ見れば五分と五分。しかし、実際は違う。


 決着は目の前だ。鍵玻璃の敗北という形で。


 鍵玻璃の胸に焦りが募る。強くなっていくドラグリエ、爆速で上がる奮戦レベル。それらを駆使した流鯉の戦術は、想像以上に強力だった。


 ―――負ける……? このまま押し切られて、メリー・シャインを、失う……?


 鍵玻璃が背筋を冷や汗に撫でられる一方、流鯉は悠然と宣言する。


「チェックメイト、ですわね。―――奮戦、レベル3!」


 流鯉りゅうりの真横に現れた紋章が、黄金色に輝き始めた。


 暗い天に穴が空き、神々しい光が降り注いでくる。頭上で響く雷鳴とともに、巨大な光の柱が降ってきて、ふたりの戦う広場に叩きつけられた。


 耳をつんざく轟音に加え、目を開けていられないほどの閃光がふたりを飲み込む。


 広場を中心に膨れ上がったそれは、空中要塞を飲み込み、流鯉のエデン全体へと広がっていった。


 鍵玻璃きはりがチカチカする目を開くと、今度は大きく雰囲気を変えた世界が飛び込んでくる。


 艶やかな黒と、その上を縦横無尽に走る金のラインで彩られたビルの群れ。空中要塞に背負われた広場は巨大なストリートの終点に変化していた。


 道の左右には、ファンタジックな見た目の住民たちが大きく歓声を上げている。龍の描かれたフラッグや横断幕を掲げる姿は、まるで何かのパレードのよう。


 そして鍵玻璃の対面にそびえ立つ、ランドマークタワー。


 入口はストリートに比べてずっと高い場所にある。その前に立った流鯉の姿も、黒いドレスにマントを羽織り、威風堂々としたものになっていた。


 流鯉は切っ先の無い大剣のような杖を足元に打ち付け、鍵玻璃を見下ろす。作り物のステージに立つ銀のアイドルは、なんともこの場にそぐわない。


 並び立つドラグリエの手を取り、流鯉は超然と言い放った。


「これがわたくしの真なる姿! あなたを全力でねじ伏せます!」


 ―――来る!


 そう直感するとともに、流鯉りゅうりが動いた。1枚のカードに手をかざした瞬間、彼女の周囲に黄金色のつむじ風が渦巻き、唸る。


「仰ぎ見よ、民を導く新たな王。少女は王女へ、王命抱いて竜となる!」


 流鯉りゅうりはドラグリエと目配せをし、カードを放る。


 高く跳躍した竜姫がそのカードをつかむと同時、彼女を金の炎が飲み込んだ。


 太陽が如き黄金こがねの火球。それが凝縮して作り出すのは、美しい鎧を纏った女性の輪郭。


 鍵玻璃でさえ一瞬目を奪われる凛々しい美貌を備えた彼女は、手にした鎗を高く掲げる。穂先に巻かれた旗が広がり、優美な軌跡を描き出した。


 それは、多くの期待と愛を受けて育まれ、旅を終えて帰還した姫。


 王冠と戦旗を戴き、国を率いる竜の女王。


「拝しなさい、これが真なる王者の姿! “竜導姫りゅうどうきドラグリエ”!」


 奮戦レベル3のレギオン。才原流鯉の切り札が、今戦場に降り立った。

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