立っているのは、ネオンライトのブロックで構築された己の
近未来的な白い建材で作られた、ヨーロッパ風の意匠を取り入れた摩天楼。そこには、獣人や妖精などファンタジックな住民たちがいて、紙吹雪をまきながら空へ歓声を上げている。
民の声を浴びるのは、上品な光を落とす空母のようなシルエットである。
大きい。ひとつの街を戴くそれは、ステージの下に滑り込み、上昇してくる。
ライブステージの底が着陸したのは、これまた広い円形広場。その半分を埋め尽くすステージの対面で仁王立ちした
「ようこそ、わたくしのエデンへ。歓迎いたしますわ、
「……お呼ばれされたところ悪いけど、長居するつもりはないの。始めてくれる?」
都市に圧倒されていた自分を押し隠して挑発すると、流鯉は眉をひくつかせ、羽根ペン型
「まったく可愛げのない! 驚いたなら驚いたと、素直に言えばよろしいのに!」
ふたりに手札が配られ、ゲームが始まった。
先攻は
「レリック、“戴冠の触れ書き”を配置! “老錬の
機械の鎧を纏った老剣士、メイドの少女、旅慣れた様子の紳士が同時に姿を現し、紳士がボフンと煙に変わる。
ハザードカウンターが0から3に増加し、新たに手札が3枚増える。
一瞬で手札を入れ替えた。
「何を驚いているのです?
「そう。……進めて」
「いいでしょう。“
羽根ペン型
すると突如、壮麗な鐘の音が響き渡った。
天使が降臨するかのように天からスポットライトが差し込み、照らされた地面が光の粒を沸き立たせる。
金色の粒子が集まって、作り出すのはドレスを纏う少女の輪郭。それが弾けた後に現れたのは、幼いお姫様だった。
竜の鱗模様のドレスはどこかサイバーチックで、美しさと機能性を両立させる。
まだ幼いながらも凛とした顔立ちは、確かな将来性を感じさせるものだった。
「彼女こそわたくしの分身! 祝福されて生まれ、成長していく王の子ですわ! ドラグリエの成長こそがこのデッキの真骨頂。とくと味わっていきなさい!」
「ターンエンドならそう言って」
「ふん、無粋もここまでくれば清々しく思えますわね。……ターン終了ですわ」
姫の隣に老いた機械騎士が並び立つ。“祝誕の姫ドラグリエ”は、見様見真似で騎士の構えを真似て立ち、その手に光を固めたような刃の剣を握った。
戦意は充分あるものの、どこか硬い立ち姿。ドラグリエの背を見つめ、
さて、どう出てくるか。流鯉は手札と相談しながら、出方を伺った。
入学式の対戦を見るに、
搦め手には弱いようだが、きっとその辺りの対策も持っているだろう。それ以外に色々隠している可能性も捨てきれない。
いずれにせよ、すぐにわかる。メラメラと燃える闘志をどうにかコントロールしていると、すぐにターンが戻って来た。
「ドロー。ターンエンド」
「……!?」
拍子抜けを通り越し、信じられないという気持ちが湧いてくる。まさか、何もしてこないなんて。
―――もしや、手札に出せるカードがないとでも? 確率的にゼロではないはず。
―――でも、それにしては……。
流鯉が真意を測りかねていると、鍵玻璃は機械のように呟いた。
「あんたのターンよ」
「……何を狙っているのかは知りませんが、無防備にターンを渡したことを後悔なさいな! わたくしのターン!」
一度考えるのをやめ、
相手の意図がなんであっても、攻撃あるのみ。でなければ勝てないのだから。
何もしない
「御覧なさい! 未来を
ドラグリエの足元から光の柱が立ちのぼり、螺旋状の波動を纏う。
流鯉の隣にヨーロッパ風の紋章をモチーフにしたカウンターが出現し、中の数字が3から5に変化した。
これにより、ドラグリエに新たなスキルが付与される。
「“レガシーバトラー”を召喚! この時、ドラグリエのスキルがふたつ発動しますわ! パワーを+1500、そして2枚ドロー!」
ドラグリエが覚束ない手つきで剣を掲げる。
その切っ先が煌めき、光の粉を散らしてドラグリエに降り注がせた。パワーが3500にまで跳ね上がる。
既に並のレギオンでは太刀打ちできない力を得た姫を前にして、
その態度が、
対戦を要求したのは向こうの方だ。なのにどういうつもりだろう。
奥歯をギリッ、と鳴らして、流鯉は叫ぶ。
「こっちを見なさい、
「見てるから早くして。攻撃するの、しないの?」
「ぐ……っ! ドラグリエとセリエで攻撃!」
メイドの少女が箒で
腕で箒を防いだ鍵玻璃に、ドラグリエの斬撃が襲い掛かった。
ドット絵のドクロがハザードカウンターの増加を通知。
しかし、当の本人は攻撃を受けた余波に顔をしかめるだけで、何もしなかった。
流鯉はいよいよ相手の真意を察し、砕けそうなほど歯を食いしばる。
こちらにはあと2回の攻撃が残されている。これが通れば鍵玻璃は敗北するというのに、彼女の心は対戦に向いていない。
―――負けてもいいと? 私との対戦なんて、どうでもいいと!?
頭の奥で、張り詰めていた平静の綱が引きちぎられる。
流鯉は対戦中であるのも忘れ、喉が割けんばかりの怒号を放った。
「どこまでわたくしを
鍵玻璃は何も言わず、
どこ吹く風のすまし顔。覇気も無く、動かないと意思表示するように腕を組んだ鍵玻璃は、鼻から溜め息を吐いて肩を竦めた。
「何。あと二発でトドメよ。で、私はあんたのメイドになればいいんだっけ」
「……ッ! あなたはそれでいいのですか!? 無抵抗のまま敗北すれば、わたくしにへりくだる羽目になるのですよ!?」
「だから?」
あまりにも淡々とした回答に、もはや怒りも忘れて絶句してしまう。
入学式の日、生徒会長の話を聞いた時、流鯉の胸には悔しさと高揚があった。
追い越されたのは悔しいが、
わかっていても悔しくて。替え玉に過ぎない自分が屈辱的で。だからこそ、必ず乗り越えてみせると誓った。あわよくば切磋琢磨して、より高みを目指すライバルになり得ると、そう思っていたのに。
鍵玻璃は衆目の前であっさり下され、学校にも来ず、妹をひたすら避けた。流鯉の挑戦状も袖にして。
一時は挫折して、ドロップアウトしたのではとも考えた。だが、こうして彼女は自分に挑んで来た。父との謁見と、流鯉への従属を賭けて。なのに……。
「いい加減にしてくださる!? 負けてもいいなら、これはなんのための決闘ですの!? 勝ちを譲ればわたくしが満足するとでも!? お情けで要求を呑むとでも!? 人を侮辱するのも大概になさい!」
「別に。単に手間が省けたってだけ」
「は……!?」
鍵玻璃の目的は、才原辰薙と死神について話し合い、協力を得ることだ。それが叶うなら、使用人ごっこをするぐらい、どうってことはない。なんなら、自然に近づくチャンスを得たとさえ言える。
ゆっくりと息を吸う。景色は移ろわず、砂漠が重なって見えたりしない。今朝、久しぶりに飲んだ薬の影響もあって、気分は至ってフラットだ。
―――大丈夫、ちゃんと区別はつけられてる。気持ちも落ち着いてる。
胸に手を当て、一定のリズムを刻む心臓の音を感じ取る。特に思い入れもない同級生との、負ければいいだけの対戦の、なんと楽なことか。
「もちろん勝つ方が手っ取り早くはあるけど、あんたのメイドになっても会う機会は作れるだろうし。外堀から埋めていくのも悪くないかなって」
「あ……あ な た は ぁ……ッ!」
条件を間違えた流鯉にも非はあると言えなくもない。が、それなら即座にリタイアすればいいはずだ。どうして攻撃される必要がある? それで流鯉の心が満たされるとでも思っているのか?
「早くトドメを刺してもらえる? それで決着。あんたは晴れて学年トップ。良かったじゃない」
「いい訳……ありませんわ……ッ!」
口の端から血が垂れる。舌の上に濃い血の味が広がったところで、虚空を羽根ペンの先で突く。
呼び出したのはリタイアボタン。押せば、この対戦を終了できる。相手に戦意がない以上、続けたって意味はない。
一方で、別の思考も割り込んで来た。
―――
残った冷静さに問いかけられて、手が止まる。
勝負を投げ出すなんてあり得ない。だが相手に勝つ気が無いのなら、続けたところで何になる。
でも、それでは永遠に
ここで背を向ければ即ち、自分にはその程度の器量しかないと言ってしまうようなもの。どのみち、彼女を下して躾けてやればいいではないか。だが、だが……。
葛藤が、流鯉を圧し潰そうとする。
悔しい、悔しい、悔しい。なんとか鍵玻璃の戦意を燃え立たせたい。奮い立った彼女を打ち負かしたい。そうでなければ意味がない。
「ぐぎぎぎ、ぐ……ぎぎっ!」
幽鬼のように呻きつつ、
何かないか、
しかし、名案は浮かんでこない。手をこまねいている間にタイムアップ。ターンは鍵玻璃に移り、またすぐに返ってくる。
トドメの隙を逃したというのに、攻めてくる気配は一切なかった。
「何してるの? 早くして」
「~~~~~~~~~~~~~っ!」
何かないか、何か。褒賞でも屈従でもなびかないなら、別のもので鞭を入れてやるしかない。例えば、彼女の大切なものを奪うとか。
―――大切なもの……彼女が大事にしているもの。
―――そんなのわたくしが知るわけ……いや。
その時、ピンと閃いた。湧いたアイデアが頭を急速に冷やし、具体的な理屈を素早く捏ね上げていく。肩からすぐに力が抜けた。
さすがの
「条件を確認しますわ。わたくしが勝てば、あなたはわたくしに仕え、公私ともにサポートする。よろしくて?」
「それで構わないって言ったはずだけど。まさか、条件を変えるつもり?」
「いいえ、そんなことはしませんわ。ですが大事なことを失念しておりました。わたくしが勝ったあと、あなたと交わす雇用契約についてですわ」
「雇用契約?」
リタイアも、戦いが始まってからの条件追加も、
だがこれならばどうだ。
流鯉は力強く半歩踏み出し、人差し指を突きつけた。
「あなたがわたくしのメイドになった暁には、あなたのエデンズカードを全て没収いたします! もちろん、“
「……っ!? メリー・シャイン、を……!?」
会心の手応えだ。
やはり図書館で見せつけてきたあのカード。意味深な言葉とともに、条件として提示してきたあれこそ、鍵玻璃にとっての泣き所。
単なる直感に過ぎなかったが、大当たりを引いたらしい。
鍵玻璃は明らかに動揺し始めた。体をきつく強張らせ、紅潮した首筋を手袋越しに掻き毟る。
煙に巻かれたが如く昏く濁った瞳の奥底に、感情の光がスパークしていた。
「……何言ってるの。そんなの、通るわけが……!」
「通ります! この
我ながらひどい詭弁だったが、ともかく
「言っておきますが、リタイアは即ち敗北ですわ。まあ、黙って大事なカードを差し出したいというのであれば、止めませんけれど」
「くっ! さっきは、自分が降参しようとしてたくせに……!」
「ええ。激情のあまり血迷うなど、わたくしもまだ未熟ですわね」
前髪をかき上げ、いけしゃあしゃあと言ってやる。
さっきまでは
そう思った矢先、鍵玻璃はステージから身を乗り出してから叫んだ。
「審判……仲介役の生徒会役員は!? エデンズでの解決には、仲介役が要るのよね! まさか、あんたがそうだなんて言わないわよね……!」
「言いませんが、お忘れですか? わたくしはあなたと戦いに来たのです。話こそ一対一で聞きましたが、こうなることも予期して仲介役も呼んでいますわ。わたくしも生徒会役員ですので、ええ。その辺りのことはしっかりと把握していますとも」
これは
その上で、
生徒会活動用の
言質は既に録音済みだ。これと対戦記録を提出すれば、事後報告でも問題ない。
流鯉は最後の一押しを入れに行く。
「さあ、あなたのターンですわ! 決断なさい。勝負するのか、しないのか! カードを失いたくないのなら、わたくしに勝つ以外ありませんわよ!」
肩をわななかせる彼女を眺め、
その鼻面に黒手袋を嵌めた拳が命中。ファンシーなドクロは、ブブーッと抗議のサウンドを出す。
ドクロの顔面を鷲掴みにした鍵玻璃は、微かに顔を上げて呟いた。
「……内定、やっぱり辞退する。あんたの下で働くなんて、まっぴら御免よ!」
「ならば、かかって来なさいな!」
感情をむき出しにした
恐怖が一瞬、その腕を押しとどめる。また変身する気かと。
眠らせていた狂気を叩き起こして、恐れと懸念を振り払う。ありすを慰めた時に感じたデジャヴが、猛獣じみた衝動を掻き立ててくる。
気勢を上げながら力を込めてドクロを足元に叩きつけた。
ステージの床に叩きつけられたドクロが、閃光弾みたいに炸裂する。
光は
目も開けていられないほどの光の中で、
あの死神の尻尾をつかみ、決着を着ける。死神に消された人たちを、
「奮戦、レベル2!」
本当の闘いが、ここから始まる。