アイドルが好きだった。
大勢のファンから歓声を浴びて、きらきらしながら歌う人たち。
綺麗な服を着て、綺麗な声で歌って踊って。色んな話を聞かせてくれる。
そんな人たちが己の
カードやエデンに宿った、その人の想いが垣間見えるたび、一層輝きが増したような気がして。互いの全てでぶつかり合う様子は胸を熱く燃え立たせた。
あたしもやりたい。ついつい、口を突いて出た。
お姉ちゃんは、話に割り込まれたのに笑ってくれた。
“じゃあ、一緒に頑張ろ! カナならできるよ!”
数年後。お姉ちゃんはおかしくなった。
あたしはそれでも諦めなかった。
今なら言える。お姉ちゃんと一緒に歌って踊れるようになったんだって。
お姉ちゃんと戦えるぐらい、あたしは強くなったんだって。
もうダメな
トップアイドル、最強のエデンズブリンガー。お姉ちゃんの憧れに、あたしもなれるんだよ、って。
だから……!
⁂ ⁂ ⁂
“ふたりの舞台”
レリック:奮戦レベル2
レリックスキル:『自分のターン中、自分の場のレギオンが2体しかいない時』相手のレギオンすべてのパワーは+されない。
ここが、ふたりの夢の果て。
⁂ ⁂ ⁂
かくして、双子の闘いは
魂が抜けたようになった姉を急いで医務室に連れて行き、薬を飲ませ、着替えさせてなんとか入学式に出席。なんとか、望んでいた形で進学できた。
それからの二週間は、目まぐるしかった。入寮、荷解き、学内の案内。各授業のガイダンス、同級生たちとの出会い。
姉妹喧嘩のおかげで、みんなが
部活動にも積極的に勧誘されたが、そちらはほとんど辞退した。
対戦を見ていた先輩たちも、ダメ元で誘っていたらしい。怒られることは一切なく、入ると決めていたアイドル部への仮入部が無事決定。解恵の高校デビューは大成功した。
「―――で、今に至るってわけなんだけど……」
エデンズ世界大会“ラグナロク”の配信終了から約二時間。気付けばすっかり話し込んでしまっていた。
思えば、二週間も経ったのか。膝を合わせながら、
あの日以来、姉は露骨に解恵を避けていた。
何かと理由を付けて引きこもり、授業にも顔を出さない。無理矢理部屋から引っ張り出しても、さっきのように戻ってしまう。顔色はひどくなるばかり。
ぎゅっとクッションを抱きしめていると、分厚いゴーグル型の
「まーなんつーかそのー……良かったじゃん?」
「良かったよ! でも良くないの!」
「どっちだよ」
「良かったけど良くないのー!」
一緒に入学したのはいい。けれど、姉は一向に良くならない。
昔みたく、笑ってほしいのに。
ひとしきり騒いだ後、足を止めた解恵にハニーが抱き着き、頭を撫で回してきた。
「かなえんは健気でいい子だね~!」
「わっ!」
不意を突かれて抱き着かれ、
ハニーは腕に力を込めて、神妙な声音で問いかける。
「きはりんのこと、心配?」
「……うん」
「そっか。……わたしも」
ハニーが声のトーンを落とす。彼女も、
昼夜を問わずうなされてること。薬をあまり飲んでいないこと。
……朝、起こしにいったら、首を絞められかけたこと。
沈痛な面持ちで抱き合うふたりに、ありすがうっそりと呟く。
「
「うん……あたしが勝ったんだから言うこと聞いてって言ったんだけど……言うこと聞いて入学したから、それでチャラだって」
「対戦は?」
「もうやらないって。はあ……」
取り付く島もない姉のことを想い、
目標は依然として変わらないまま。同じように心配してくれる人もいる。ここに連れて来た時のように誰かと協力すれば、なんとかなるはず。アイデアはあるのだ。
解恵が作戦を考えてるうちに、電子レンジの音がした。
キッチンから、チーズの匂いが漂ってくる。
厨房に立っていた料理上手の先輩が、リビングにお盆を持って来た。
「は~い、出来ましたよ~。アボカドのチーズ乗せとさっぱりフルーツジュレ! 食べる人?」
「マジ!? 食べる! おい、お前らも食べるだろ? いつまでシケたツラしてんだよ! 食べる人、おら
「ぼくはいい」
分厚いゴーグルをかけた先輩が手を挙げるが、ありすはつれない様子。そこへハニーが、
解恵は力無くならったところで、六人分の皿が用意されているのに気づく。
他の三人に手早く配膳した先輩は、ひとつだけ皿の残った盆を解恵に差し出して耳打ちをした。
「これ、お姉さんに持って行ってあげて。きっとお腹空かせてるから」
「先輩……! うん、ありがと!」
閉ざされた部屋の前に立ち、息を整えてノックする。
この美味しそうな匂いにつられて、顔ぐらいは見せてくれないか。そう期待して呼びかけた。
「お姉ちゃーん! 先輩がご飯作ってくれたんだけどー! お姉ちゃーん?」
「……そこ、置いといて。後で食べるから」
寝起きのようなうめき声の後、予想通りの回答に、
個々人の私室に鍵はないので、また押し入ろうと思えばできる。
横に伸びたレバー型のドアノブに手を引っかけて、力を入れる。
扉が何かで塞がれている感触が手に響き、
「来ないで!」
熱いものに触れたかのように、
色濃く浮き出る怯えのニュアンス。先ほど押し入ったのが、よほどショックだったのだろうか。
何にせよ強硬手段も封じられた解恵は、肩を落とした。
「……お姉ちゃん。部活のやつ送ったけど、見た? アイドル部のやつ」
返事が無い。
全てを拒否して、姉はなんの秘密を守っているのか。
何が原因で、そんな風になったのだろう。
「お姉ちゃん、どうして……?」
お願いだから教えて欲しい。何度もしたお願いを込め、額を扉に押し当てる。
「とっくの昔に教えたわ……何度も、何度もね」
それっきり、会話は打ち切られてしまう。
先輩が作ってくれた料理と、水入りのコップ。その隣に錠剤のケースを並べた。
「お薬ぐらいはちゃんと飲んでね……?」
返事はなかった。
離れて行く足音を聞きながら、
―――アイドル、エデンズブリンガー……。
―――
子供の頃から変わらない。鍵玻璃が手を引いていた頃から、何も。
震える手で
やかましいメロディも、歌詞も頭に入ってこない。現状への不安と恐怖が分厚い雲のように渦巻き、鍵玻璃の思考を現状へと閉じ込める。
ここまでして入学させたのだ、
逃げられない。妹からも、現実からも。そもそも何が現実なのか。自分は今、眠っているのか起きているのか。それとも白昼夢の中にいるのか。
―――わからない。何も……。
床に横たわったまま音楽に身を任せていると、急に音が遠ざかり始めた。
現実感が溶け崩れ、意識を奈落に引きずり込まれる。
スラッシュメタルが消えていく。ただ眠りを妨げるために聞き始めた音楽が。
本当に聞きたい曲は、どこにもない。
歌い手を、誰も覚えていない。
自分もきっと、同じように消されてしまう。
―――嫌。もう、嫌……。
拒絶の言葉を繰り返す。目に浮かぶのは、
笑顔で手を差し伸べてきた妹が、白と黒の死神になる。大鎌を振り下ろしてくる。それ以降のことは、覚えていない。気付けば学生寮にいて。それで……。
やがて、音楽がぷっつりと途切れ、鍵玻璃はあの死神の砂漠に放り出された。