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第7話 閉塞心情/開かずの心

 アイドルが好きだった。


 大勢のファンから歓声を浴びて、きらきらしながら歌う人たち。


 綺麗な服を着て、綺麗な声で歌って踊って。色んな話を聞かせてくれる。


 そんな人たちが己の世界エデンで、自分だけのカードで戦う。


 カードやエデンに宿った、その人の想いが垣間見えるたび、一層輝きが増したような気がして。互いの全てでぶつかり合う様子は胸を熱く燃え立たせた。


 あたしもやりたい。ついつい、口を突いて出た。


 お姉ちゃんは、話に割り込まれたのに笑ってくれた。


“じゃあ、一緒に頑張ろ! カナならできるよ!”


 数年後。お姉ちゃんはおかしくなった。


 あたしはそれでも諦めなかった。


 今なら言える。お姉ちゃんと一緒に歌って踊れるようになったんだって。


 お姉ちゃんと戦えるぐらい、あたしは強くなったんだって。


 もうダメな解恵カナじゃないんだって。


 トップアイドル、最強のエデンズブリンガー。お姉ちゃんの憧れに、あたしもなれるんだよ、って。


 だから……!


⁂   ⁂   ⁂


“ふたりの舞台”

レリック:奮戦レベル2

レリックスキル:『自分のターン中、自分の場のレギオンが2体しかいない時』相手のレギオンすべてのパワーは+されない。


 ここが、ふたりの夢の果て。


⁂   ⁂   ⁂


 かくして、双子の闘いは解恵かなえの勝利に終わった。


 魂が抜けたようになった姉を急いで医務室に連れて行き、薬を飲ませ、着替えさせてなんとか入学式に出席。なんとか、望んでいた形で進学できた。


 それからの二週間は、目まぐるしかった。入寮、荷解き、学内の案内。各授業のガイダンス、同級生たちとの出会い。


 姉妹喧嘩のおかげで、みんなが解恵かなえを知っていた。苦も無くクラスに馴染めた上に、先輩や教師からの覚えも良い。


 部活動にも積極的に勧誘されたが、そちらはほとんど辞退した。


 対戦を見ていた先輩たちも、ダメ元で誘っていたらしい。怒られることは一切なく、入ると決めていたアイドル部への仮入部が無事決定。解恵の高校デビューは大成功した。


「―――で、今に至るってわけなんだけど……」


 エデンズ世界大会“ラグナロク”の配信終了から約二時間。気付けばすっかり話し込んでしまっていた。


 思えば、二週間も経ったのか。膝を合わせながら、解恵かなえは時間の速さが恐ろしくなる。


 あの日以来、姉は露骨に解恵を避けていた。


 何かと理由を付けて引きこもり、授業にも顔を出さない。無理矢理部屋から引っ張り出しても、さっきのように戻ってしまう。顔色はひどくなるばかり。


 ぎゅっとクッションを抱きしめていると、分厚いゴーグル型のD・AR・Tダアトをつけた先輩が愛想笑いを浮かべて肩を竦める。


「まーなんつーかそのー……良かったじゃん?」


「良かったよ! でも良くないの!」


「どっちだよ」


「良かったけど良くないのー!」


 解恵かなえは子供のように足をばたつかせる。


 一緒に入学したのはいい。けれど、姉は一向に良くならない。


 昔みたく、笑ってほしいのに。


 ひとしきり騒いだ後、足を止めた解恵にハニーが抱き着き、頭を撫で回してきた。


「かなえんは健気でいい子だね~!」


「わっ!」


 不意を突かれて抱き着かれ、解恵かなえは軽く飛び跳ねる。


 ハニーは腕に力を込めて、神妙な声音で問いかける。


「きはりんのこと、心配?」


「……うん」


「そっか。……わたしも」


 ハニーが声のトーンを落とす。彼女も、鍵玻璃きはりを心配して解恵かなえと色々話をしていた。


 昼夜を問わずうなされてること。薬をあまり飲んでいないこと。


 ……朝、起こしにいったら、首を絞められかけたこと。


 沈痛な面持ちで抱き合うふたりに、ありすがうっそりと呟く。


解恵かなえ、ぼくらに話してくれたこと、あれで本当に全部? 鍵玻璃きはりは他に何も教えてくれないの?」


「うん……あたしが勝ったんだから言うこと聞いてって言ったんだけど……言うこと聞いて入学したから、それでチャラだって」


「対戦は?」


「もうやらないって。はあ……」


 取り付く島もない姉のことを想い、解恵かなえは悶々とする。


 目標は依然として変わらないまま。同じように心配してくれる人もいる。ここに連れて来た時のように誰かと協力すれば、なんとかなるはず。アイデアはあるのだ。


 解恵が作戦を考えてるうちに、電子レンジの音がした。


 キッチンから、チーズの匂いが漂ってくる。


 厨房に立っていた料理上手の先輩が、リビングにお盆を持って来た。


「は~い、出来ましたよ~。アボカドのチーズ乗せとさっぱりフルーツジュレ! 食べる人?」


「マジ!? 食べる! おい、お前らも食べるだろ? いつまでシケたツラしてんだよ! 食べる人、おらPut your hands upプチャヘンザ!」


「ぼくはいい」


 分厚いゴーグルをかけた先輩が手を挙げるが、ありすはつれない様子。そこへハニーが、解恵かなえを慰めつつ手を挙げた。


 解恵は力無くならったところで、六人分の皿が用意されているのに気づく。


 他の三人に手早く配膳した先輩は、ひとつだけ皿の残った盆を解恵に差し出して耳打ちをした。


「これ、お姉さんに持って行ってあげて。きっとお腹空かせてるから」


「先輩……! うん、ありがと!」


 解恵かなえは瞳をきらきらさせると、盆を受け取り、すぐに鍵玻璃きはりの部屋へと向かった。


 閉ざされた部屋の前に立ち、息を整えてノックする。


 この美味しそうな匂いにつられて、顔ぐらいは見せてくれないか。そう期待して呼びかけた。


「お姉ちゃーん! 先輩がご飯作ってくれたんだけどー! お姉ちゃーん?」


「……そこ、置いといて。後で食べるから」


 寝起きのようなうめき声の後、予想通りの回答に、解恵かなえはムッと膨れた。


 個々人の私室に鍵はないので、また押し入ろうと思えばできる。


 横に伸びたレバー型のドアノブに手を引っかけて、力を入れる。


 扉が何かで塞がれている感触が手に響き、鍵玻璃きはりの声が轟いた。


「来ないで!」


 熱いものに触れたかのように、解恵かなえはドアノブを手放した。


 色濃く浮き出る怯えのニュアンス。先ほど押し入ったのが、よほどショックだったのだろうか。


 何にせよ強硬手段も封じられた解恵は、肩を落とした。


「……お姉ちゃん。部活のやつ送ったけど、見た? アイドル部のやつ」


 返事が無い。解恵かなえは途方に暮れてしまった。


 全てを拒否して、姉はなんの秘密を守っているのか。


 何が原因で、そんな風になったのだろう。


「お姉ちゃん、どうして……?」


 お願いだから教えて欲しい。何度もしたお願いを込め、額を扉に押し当てる。


 鍵玻璃きはりの返事は、どんよりと濁ったものだった。


「とっくの昔に教えたわ……何度も、何度もね」


 それっきり、会話は打ち切られてしまう。


 解恵かなえは何か言いたくて、けれど何を言えばいいのかわからないまま唇を動かしていたが、やがて盆を足元に置く。


 先輩が作ってくれた料理と、水入りのコップ。その隣に錠剤のケースを並べた。


「お薬ぐらいはちゃんと飲んでね……?」


 返事はなかった。解恵かなえは悄然としてリビングへ戻っていく。


 離れて行く足音を聞きながら、鍵玻璃きはりは扉の前でぐったりと横たわっていた。


 ―――アイドル、エデンズブリンガー……。


 ―――解恵かなえ、あんたはやっぱり、そっちに行くんだ。


 子供の頃から変わらない。鍵玻璃が手を引いていた頃から、何も。


 震える手でD・AR・Tダアトを下げると、自分にしか聞こえない大音量で音楽をかける。あとはミュージックビデオで視界を塞げばいい。


 やかましいメロディも、歌詞も頭に入ってこない。現状への不安と恐怖が分厚い雲のように渦巻き、鍵玻璃の思考を現状へと閉じ込める。


 ここまでして入学させたのだ、解恵かなえは絶対逃がしてくれまい。きっと親も、退学には強く反対するだろう。


 逃げられない。妹からも、現実からも。そもそも何が現実なのか。自分は今、眠っているのか起きているのか。それとも白昼夢の中にいるのか。


 ―――わからない。何も……。


 床に横たわったまま音楽に身を任せていると、急に音が遠ざかり始めた。


 現実感が溶け崩れ、意識を奈落に引きずり込まれる。


 スラッシュメタルが消えていく。ただ眠りを妨げるために聞き始めた音楽が。


 本当に聞きたい曲は、どこにもない。


 歌い手を、誰も覚えていない。


 自分もきっと、同じように消されてしまう。


 ―――嫌。もう、嫌……。


 拒絶の言葉を繰り返す。目に浮かぶのは、解恵かなえに敗北した直後のこと。


 笑顔で手を差し伸べてきた妹が、白と黒の死神になる。大鎌を振り下ろしてくる。それ以降のことは、覚えていない。気付けば学生寮にいて。それで……。


 やがて、音楽がぷっつりと途切れ、鍵玻璃はあの死神の砂漠に放り出された。

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