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第6話 運命到達/決闘者の黄昏

「ファイナル……ターン……?」


 鍵玻璃きはりは、トーンの下がった声で呟く。


 ギャラリーのどよめきをすり抜ける一言に、目を丸くしていたふぁんぐもようやく解恵かなえの言葉を理解した。


「えっ、マジ? マジで言っとるん? 嘘やん、まだ中盤やで!? 相手は奮戦レベル2、レギオン4体! 全部倒して2回ダイレクト入れんと勝てんよ!? 出来るんか!? レギオン2体しか出せへん縛りついとんのに!?」


 ふぁんぐの声は、解恵かなえには聞こえない。彼女はただ空に向けていた指を、鍵玻璃きはりへと向ける。


 銀のカラーコンタクトを入れた瞳に、どろりと黒い渦が生まれる。鍵玻璃は骨を握りつぶさんばかりに両腕を抱く。


 綺麗な衣装も、黒く染め上げてしまいそうな気配。解恵はたじろぎかけながらも己を律し、短く告げた。


「行くよっ!」


「…………!!」


 その瞬間、鍵玻璃きはりは全身から黒い煙が噴き出すような心地を味わう。


 周囲を閉ざす闇。背後で無数の何かが赤い瞳を開き、恐怖が体を縛り付ける。


 暗黒の中に引き落とされそうになった鍵玻璃に、“救世きゅうせい女傑スターメリー・シャイン”は、変わらず花咲くような笑顔を向けていた。


 処刑宣告のように反響するファイナルターンの宣言に震えながらも、強張った腕を動かして手札にかざす。


 ―――できるわけがない、ブラフに決まってる! だから動いて……っ!


 揺らぐ指先が手札に迫る。


 そして闇が、真っ二つに切り拓かれた。


「“サイケデリック・ネオンクラブ”!」


 ひとり残された片割れが、ポラリスへと挑みかかった。


 この時点で、鍵玻璃きはりは相手の意図を読み取った。


 自爆特攻。敢えて勝てない相手に挑み、自分のカウンターを増やす戦術。


 パワーで上回るポラリスはハンマーを振りかぶり、一撃目で虹色に輝くハサミを粉砕。二撃目“サイケデリック・ネオンクラブ”を殴り飛ばして爆散させた。


 解恵かなえ:ハザードカウンター8→9。


「ここで誓願成就、“別れじの手のひら”! “サイケデリック・ネオンクラブ”を復活させる!」


 解恵かなえが煌々と白熱する手を差し伸べると、そこからあふれ出した光が人型に膨らみ、解恵の手を握り返した。


 爆ぜた光芒の中から、“サイケデリック・ネオンクラブ”が蘇る。


 輝かしい復活劇を目の当たりにしたふぁんぐが口元を引きつらせる。


「復活からの連続自爆特攻か! これで奮戦レベルを上げられる!」


 全く同じ思考に行きついた鍵玻璃きはりは、だったらなんだと叫びたかった。


 できることは限られている。鍵玻璃のレギオンを一掃し、トドメを刺すのは難しい。2体しかレギオンを出せないのだからなおさらだ。


 けれど解恵かなえは一切臆さず“サイケデリック・ネオンクラブ”と手をつないだまま回転し始め、レギオンをハンマー投げのように放つ。


「ごめん、“サイケデリック・ネオンクラブ”! もう1回お願い―――!」


 宙を舞った“サイケデリック・ネオンクラブ”が、ポラリスに飛び蹴りを繰り出した。迎撃のために跳んだポラリスは、蹴り足を紙一重で回避。殴打で“サイケデリック・ネオンクラブ”を叩き落とす。


 解恵に、傍に落下してきたレギオンの爆風が浴びせかけられた。


 ハザードカウンターはこれで10。解恵かなえはカウントを刻んだハートマークをつかみ、高々と掲げる。


「奮戦―――レベル2っ!」


 橙色のハートが震え、殻を破るようにして一回り大きくなった。解恵かなえの立つ華やかなステージが輝きを増す。


 ステージが地鳴りと共に震えだし、背後から差し込む夜明けのような閃光に塗り潰される。


 解恵は大きく腕を広げて光に身を委ねると、制服が光の中へ融け散った。


 代わりに光が集まって、新たな衣装を作り出す。


 トップスはノースリーブのブラウスに。腰回りには橙色のプリーツスカート。


 オレンジのふわふわした髪に赤みが差し、長く伸びてうなじのあたりでひとつにまとまる。


 髪と背中に、大きなリボンが羽のように広がった。両手首、小指にはブレスレットとリングが出現。


 太ももから下は茜色のニーソックスに包まれ、足先には夕暮れの海を思わせる色合いのパンプスが装着される。


 ゴーグル型のD・AR・Tダアトが消滅。露わになった目元で、可愛らしくウィンクをしてみせた。


「変身……完・了っ!」


 ポーズを決めると同時に、パンッ、と光が弾け、暖色の目立つライブステージがお披露目される。


 一回り大きくなった舞台は、マジックアワーの空を戴く。暁、夕暮れ、夜のあわい、切なく綺麗な空模様。


 今度は、鍵玻璃きはりの目にもはっきりと妹の姿が見て取れた。


 しかし目潰しを喰らったようにきつく瞼を閉じて、顔を背けてしまう。


 解恵かなえはそんな姉の姿を心苦しく思いつつ、目の前にずらっと並ぶカードの中から、2枚を選んで手札に加えた。


「レベルアップボーナス獲得! レリック配置、“ふたりの舞台”! そして“ウォーミリウム・アレルシャカーピオ”を召・喚っ!」


 ステージの後方から、イルカが跳ねるようにしてオレンジ色の人魚が飛び出す。


 解恵かなえの近くに降り立った、フリルの多い金魚服を着たマーメイド。そのすぐ隣に青い水の渦が現れる。


「アレルシャカーピオのレギオンスキル! “ブルートロピカル・テトラフェルグ”1体を場に出す!」


 渦潮を割り、青の金魚服を纏ったクールそうな人魚がポーズを決めた。


 どちらも奮戦レベル2のレギオン。解恵かなえが勝つためのキーカード。


「バトルだ! アレルシャカーピオで、アカマルを攻撃!」


 オレンジの人魚が、空中にドルフィンキックして特攻。黄金剣を構えた少女へ、遊泳ヘッドバットを繰り出す。“好感度旺盛ライト”が力を与え、“誓いの記念碑”がバリアを付与した。


 “ウォーミリウム・アレルシャカーピオ”:パワー2000→3000


 “幼天狼アカマル”:パワー3500


 鍵玻璃きはりはこめかみを掻き毟る。


 どっちだ? また“ワン・ツー・フィニッシュ”でパワーを上げて相打ちと2回攻撃を同時に狙っているのか、それともブラフか。


 もし3枚目があるなら、ポラリスまでやられかねない。手札の強化カードは2枚きり。無駄遣いはできない。


 頭皮を髪ごと毟り取らんばかりの勢いで拳を握り、決断を下した。


「誓願成就、“あたたかな贈り物”! アカマルにパワー+1500!」


 狼の頭上に宝石箱が現れる。箱が開くよりも早くアカマルは駆け、加速しながらアレルシャカーピオに突っ込んだ。


 これでアカマルはこのバトルでは破壊されない。鍵玻璃きはりの予想は裏切られた。


「“ふたりの舞台”のレリックスキル! あたしのレギオンが2体だけなら、あたしのターン中、相手レギオンはパワーアップできない!」


「―――っ!?」


 宝石箱が弾け飛び、無数の光の粒と化す。一方で狼は人魚の頭突きが真っ向からぶつかり合い、衝撃が互いを突き飛ばされた。


 額を押さえて目を回すアレルシャカーピオの背を、テトラフェルグが抱き留める。


 きゃうん、と鳴いたアカマルは、バウンドしてステージの外へと消えていく。


 決まった! 解恵かなえは心の中で手を打った。


 パワーアップの誓願カードを貯めておき、相手レギオンを返り討ちにする。それが鍵玻璃きはりの防御手段。


 エデンズは、レギオン同士の殴り合いが勝負を決める。ゆえにそれは非常に強固な守り。ならば、それを封じればいい。


 絶句する鍵玻璃を余所に、解恵は勢い込んで攻撃していく。


「テトラフェルグでポラリスを攻撃! “好感度旺盛ライト”でパワー+1000!」


 “ブルートロピカル・テトラフェルグ”:パワー2500→3500


 “クラフトアプレンティス・ポラリス”:パワー3500


 ごぼぼぼぼ、とテトラフェルグの周囲に水泡が浮かび上がる。青い人魚はそれらを一息で吸い込むと、鉄砲水を伴う音波攻撃を繰り出した。


 真正面から水流を受け、押し流されたポラリスは、鍵玻璃きはりの真横で爆ぜ飛んだ。


 テトラフェルグは、“誓いの記念碑”に守られ破壊されない。


 鍵玻璃:ハザードカウンター13→15


「く……っ、ポラリス!」


 鍵玻璃きはりは苦しげに顔を歪めた。


 しかし、これで2体の攻撃は終了。あとは“ワン・ツー・フィニッシュ”が無ければ、ファイナルターンは破れることとなる。


 解恵かなえは息を吸って吐く。彼女の手札は3枚あるが、そこに“ワン・ツー・フィニッシュ”はない。


 しかし、まだ終わっていない。解恵は両目を見開いた。


「テトラフェルグのレギオンスキル! アレルシャカーピオとデネブ=アルゲティを手札に戻す!」


「手札に……戻す!?」


 耳を疑う鍵玻璃きはりの目の前で、デネブ=アルゲティの姿が消える。


 同時にテトラフェルグにかかえられ、額をさすってもらっていたアレルシャカーピオも消え去った。


 もう1体、テトラフェルグをどかせば新しいレギオンを呼び出せる。


「誓願成就、“バトンタッチ”! 自分のレギオンをデッキに戻して、同じ奮戦レベルのレギオンを手札に加える!」


 解恵かなえの放ったカードが渦潮のゲートを作り、テトラフェルグがそこへ飛び込む。


 凝縮した渦巻きは1枚のカードとなって、手札に加わる。勝負を決める切り札が。


 解恵かなえはそのレギオンを呼び出した。


「“カップルコール・アンコーラ”を召喚! レギオンスキルで“カップルコール・カシディア”を出す!」


 再度、2体のレギオンが並び立つ。山羊角を持つふたりの少女。


 健康的な褐色の肌と、湾曲した大きな角が特徴的な双子の片割れが、カノープスに挑みかかった。


「“好奇心旺盛ライト”のレリックスキル! アンコーラのパワーを+1000!」


 “カップルコール・アンコーラ”:パワー2500→3500


 “アイディールウィング・カノープス”:パワー1000


 虹色の色彩を浴びたアンコーラは、地を舐めるほどに頭を下げて、角を突き上げる。鍵玻璃に残された最後のレギオンは、胸を打たれて吹き飛ばされた。


 仰向けに倒れ、無数の燐光となって散る。これでレギオンは全滅。


 鍵玻璃きはりの腹がぎゅっと収縮する。声なき悲鳴を絞り出しているかのようだ。


 もう片方の攻撃が来る。ハザードカウンター15。これが通れば解恵かなえの勝ちだ。


「カシディアでお姉ちゃんにダイレクトアタック!」


 ロケットのように飛んできたカシディアの頭突きが迫る。


 鍵玻璃きはりは息を詰まらせた。負ける? このまま? どうして。


 負けたら、どうなる?


「来ないで……」


 ドットのドクロを呼び出し、つかむ。


 目には走馬灯のように様々な記憶が駆け巡っていた。


 対戦中はおろか、今までもしつこくへばりついてきた光景。幼い頃の風景。約束。憧れの人。苦痛に溺れて死にそうな日々。侵蝕してくる恐怖と狂気。脳が茹だって煮崩れる。自分が砕け、磨り潰されていく。


 苦しみ続けるのは嫌だ。縛られ続けるのは嫌だ。何もかも忘れてしまいたい。


 もう、限界。


「やめてよ……お願いだから、もう解放してよ!」


 カシディアの角が叩きつけられるより早く、鍵玻璃きはりはドクロを振り下ろした。


 再度の爆発。天を衝く光の柱が、ネオンカラーのステージを蒼銀色に染め上げる。


 直線のみで構成されていた輪郭は、柔らかな曲線を描くようになり、スピーカーは惑星のような球の形に。


 ひと際大きく輝くエデンの中、レベルアップボーナスを1枚つかみ取る。


 奮戦レベル3のボーナスで得た、防御の切り札。そして誓願成就、“見下ろす宇宙”。目の前の空間が、ふたつの色彩を伴いぐにゃりと歪んだ。


 これで2体のレギオンを場に出せる。カシディアの攻撃を防ぐだけなら1体でいい。そんな打算はとうに頭から吹き飛んで、敗北しないことばかり考えていた。


 悪夢にずっと囚われ続ける、最悪の事態を避けることしか頭に無かった。


 しかし解恵かなえは大きく足を踏み鳴らし、身を乗り出して叫んだ。


「カシディア、アンコーラ―――っ!」


 鍵玻璃きはりの前に開かれたふたつの色彩。銀河色とオーロラ色が突き破られた。


 倒された。2体の切り札級レギオンが、両方とも。


 あ、と掠れた声を上げる鍵玻璃の真上に、2体の少女が躍り出る。そのうち片方、“カップルコール・カシディア”が拳を振りかぶって肉迫してきた。


 ―――なんで……? 攻撃は、防げるはずじゃ……。


「“カップルコール・カシディア”のレギオンスキル! カシディアとアンコーラは2回攻撃ができる!」


 解恵かなえが声の限り叫ぶと、ようやく姉がこっちを向いた。


 よかった。やっと見てくれた。にへっ、と力の抜けた笑顔が浮かぶ。


 数えきれないぐらい何度も負けた。エデンズも、それ以外でも敵わなかった。


 足掻いて足掻いて、そのうち鍵玻璃きはりはおかしくなって。理由もわからず、ふたりの夢は断たれかけ。


 だけどそれも、これで終わりだ。鍵玻璃に向けて、解恵は拳を突き出した。


 一緒に行こう。姉に勝てるぐらい強くなった自分なら、絶対力になれるから。


 ―――あたしがお姉ちゃんを、助けてあげる。だからまた、一緒に……!


 解恵は大きく息を吸い、鬨の声を上げた。


「トドメだぁぁぁっ! ブライトフューチャー・ノック・ホ―――ン!」


 カシディアの振り上げた角が、虹色に輝き始める。


 眩い光に照らされた鍵玻璃きはりは、背後の影が膨れ上がるのを感じ取った。その中に、混沌とした感情がある。


 鍵玻璃自身を今も苦しめ、かつては妹の夢を奪った原因。“狂気”としか呼べない何か。それが鍵玻璃を衝き動かした。首を掻き毟り、断末魔のような咆哮を放つ。


解恵かなえ……っ! かなえええええええええええっ!」


 カシディアが思い切り角を振り下ろす。


 閃光が爆発し、蒼銀ステージと周囲の暗い空が消し飛ばされた。


 周囲に伸びる光の帯が空間中を駆け巡る。肩で息をしながら壮大な光景を見上げる解恵かなえの視界にドット絵のドクロが現れた。


 鍵玻璃のハザードカウンターは、“×20”の数字を浮かべて爆散。金色のドットで形作られた、輝かしい“WIN”の文字に姿を変える。


 簡素ながらも心の踊るファンファーレ。


 シンと静まり返ったギャラリーたちの中、一部始終を見ていたふぁんぐが、バッと片腕を上げた。


「決着ぅ~~~~~~~~! 勝者、解恵かなえちゃ~~~~~~~ん!」


 大歓声のサウンドエフェクトがエデンを満たした。


 他の場所で配信を見ている者たちも、同じように盛り上がっていることだろう。


 だが、生で観戦していたギャラリーの反応は、どこか戸惑いがちなものだった。


 無理もない。鍵玻璃きはりの異様な反応は、とてもゲームをやっているとは思えないものだったから。


 解恵かなえは汗で濡れぼそり、額に張り付いた髪をかき上げ、渾身のスマイルを見せる。


 誇らしげにピースサインを掲げると、まばらな拍手が巻き起こった。


 決着がついたことにより、生み出された戦場エデンは開闢の光とともにほどけていった。

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