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第5話 終局宣言/夕暮れへと手を伸ばす

 入学式会場、理事長及び来賓控室。


 そこに集まっているのは全員、界雷かいづちマテリア総合学院の運営会社、ヴェルテックス・インダストリーズ傘下企業の重鎮たちだ。


 姉妹の対決を眺めながら、ビジネストークが交わされる。そんな中、理事長を務める男性は、複数のウィンドウに目を走らせていた。


 手元には広がっているのは姉妹のデータだ。入試の成績、総合評価、家族構成、希望学科等。入試で使ったデッキのリスト。その中にある、“救世きゅうせい女傑スターメリー・シャイン”。


 髪をアップでまとめた秘書官が、彫像のように動かない理事長に声をかける。


「理事長、如何なされましたか」


「……いや、なんでもない」


 理事長は短く整えた顎髭を撫でつつ、無表情を装った。


 姉妹喧嘩を大々的に映したディスプレイを見上げた彼の下に、重鎮のひとりが近づいてくる。首から下げた名札には、ヴェルテックス・プロダクション代表の文字。


才原さいはら社長、今よろしいですか。彼女たちについてなのですが」


「意見が割れているのか。ブレインストーミングを見せてくれ」


「このように」


 差し出されたのは、様々な筆跡の走り書きで埋め尽くされたディスプレイ。この場に集った企業人が捻り出したアイデアの集積場である。


 肌理咲きめざき姉妹をふたりそろってアイドルとして売り出すか。その場合、モチーフやコンセプトはどうするのが良いか。そもそも、ふたりを組ませるべきか。


 大勢が多角的に悩んだ痕が見て取れる。特に、鍵玻璃きはりについて顕著であった。


 輝きに満ちたステージと衣装に反して、余裕の無い振る舞いがアイドルとしてのイメージを損なっている、というのが多数の意見だ。配信担当のふぁんぐは巧みに隠しているものの、海千山千の企業人は誤魔化せない。


 理事長は考え込む。鍵玻璃の姿を見つめるうちに、思考がだんだんと脇道に逸れ始めた。


 ―――……よく似ているな。


 黙祷するかのように目を閉じた社長に、意見を求めた重鎮は胸板を固くする。


 背後で組んだ手に力を込めていると、チャコールグレーの瞳が露わとなった。


「……彼女たちを本気でプロデュースするつもりなら、まずは様子見だ。まだ入学式すら済んでいないのだからな」


「尚早でした、社長」


「構わんさ。それと、今は理事長と呼んでくれたまえ」


 深く頭を下げる部下に微笑みかけて、理事長は観戦に戻る。


 鍵玻璃きはりの姿はなかなか映らず、注目はもっぱら解恵かなえに向けられているようだ。彼女は彼女で、余裕がない。


 理事長の男が秘書を呼び、スケジュール調整を指示する一方、解恵は険しい表情で自分のターンを始めていた。


⁂   ⁂   ⁂


“チアフル・ファンクラブ”

レギオン:奮戦レベル1

パワー:1000

レギオンスキル:『このレギオンの攻撃時』自分の場に“サイケデリック・ネオンクラブ”がいないなら1体場に出す。


 特徴的なポンポンは、どこにいてもよく目立つ。

 エールの歌は、どんな時でも力をくれる。


“サイケデリック・ネオンクラブ”

レギオン:奮戦レベル1

パワー:1500

レギオンスキル:『“チアフル・ファンクラブ”がいる時、いつでも』パワーが+されている相手レギオンを1体選び、そのパワーをターン終了時まで0にする。


 観客席の暗闇は、誰もが輝くためにある。

 そしていつかは、一番星まで駆け上がる。


⁂   ⁂   ⁂



「“チアフル・ファンクラブ”を召喚! レリック配置、“好感度旺盛ライト”!」


 解恵かなえはカニの意匠を随所に取り入れた少女のレギオンを場に出しながら、ハザードカウンターを確かめる。


 カウンターは現在7つ。まだ奮戦レベルは上げられないが、手をこまねいている暇もない。


 早く決着けりをつけないと。薄氷に立つように不安定な姉が、また壊れてしまいそうで恐ろしかった。


「“チアフル・ファンクラブ”でアカマルを攻撃! レギオンスキル!」


 “チアフル・ファンクラブ”がカニのハサミを模したポンポンを振り上げ、メレクめがけて駆け出した。


 すると虹色の光の塊が生まれ、“チアフル・ファンクラブ”よりやや大人びた少女が姿を現す。対となるレギオン、“サイケデリック・ネオンクラブ”だ。


 これで解恵のレリックが条件を満たす。


「“好感度旺盛ライト”のレリックスキル! レギオン2体のにパワー+1000! 輝け、サイリウム!」


 解恵かなえが手を振り上げると、暗闇だけだった周囲に柔らかな寒色の光がいくつも灯った。ワアアアア、と歓声がさざ波のように押し寄せてくる。


 純粋な歓喜の声が、鍵玻璃きはりには別のものに聞こえていた。


 糾弾、疑問、誰かに対する評価と賞賛。それらがだんだんと歪んでいく。意識を乱し、悪夢の中へ引きずり込もうとしてくる。


 鍵玻璃はうなじを掻き毟り、拒絶するように腕を振った。


「誓願成就、“あたたかな贈り物”、“明星咆哮”! アカマルにパワー+3000!」


「ならこっちは“想いの水瓶”! レギオンすべてに合計パワー+1000!」


 声援、そして水瓶が吐き出す極彩色の水しぶきを受けながら駆ける“チアフル・ファンクラブ”を前に、小さな狼が牙を剥き出して唸りを上げる。


 幼いながら憤怒の表情を示した獣は跳躍し、“チアフル・ファンクラブ”の喉笛に食って掛かった。


 “チアフル・ファンクラブ”:パワー3000


 “幼天狼アカマル”:パワー3500


 星空色の石碑が輝き、バリアで“チアフル・ファンクラブ”を保護。


 2体は互いに光の盾に弾き飛ばされ、被害はゼロで収まった。だがまだだ。


「“サイケデリック・ネオンクラブ”のレギオンスキル! パワーアップしているレギオンを1体選んで、そのパワーを0にする! 選ぶのはデネブ! 攻撃っ!」


「パワーを!? ぐ……っ」


 ハイジャンプした“サイケデリック・ネオンクラブ”が、両手を包む大きなハサミをカスタネットのように打ち鳴らした。


 その片方が虹色のビームを発射し、デネブの剣を弾き飛ばす。


 この時点で鍵玻璃きはりは既に気づいていた。誓願成就するたびに行われるパワーアップ、こちらのレギオンの弱体化。鍵玻璃に対する一点読みの対策ピンポイントメタで固めたデッキ。


 しかも、双子をモチーフとしたレギオンばかりを使ってきている。


「カナは……そんなカード使わなかった。まさか、当てつけのつもり? それともそれが私への罰だって言うの……? あんたは、あんたは……」


 鍵玻璃きはりの目に映る景色が、妹の姿が、また目まぐるしく切り替わる。


 目をつぶり、デネブの背中に手をかざす。


 今まさに、得物を失ったデネブを、“サイケデリック・ネオンクラブ”がハサミで斬り裂こうとしていた。


「デネブのスキル! 私の奮戦がレベル2以上なら進化する! 進化変身、未来に導け! “輝きの道・デネブ=アルゲティ”!」


 突発的な閃光が対峙する姉妹の目を焼く。


 直後に、ギンッ、と金属質な衝突音。斬り裂かれた光の奥で、成長し、戦士の身なったデネブがハサミを跳ね返していた。


 素朴な白い布地の服に、金属鎧。短かかった髪は肩まで伸びて、スタイルも成長して女性的なものに。手には美しい細身の剣。


 2体のレギオンが、至近距離で視線を交わす。


“輝きの道・デネブ=アルゲティ”:パワー3000


“サイケデリック・ネオンクラブ”:パワー3500


 解恵かなえはデネブの進化に驚かない。その能力は、昔何度か見たことがある。


 そしてパワーは、こちらのレギオンの方が高い。


「そのまま攻撃だぁ――――――っ!」


「させない! 誓願成就、“煌めく服飾”!」


「“想いの水瓶”! こっちもパワーアップだ!」


「……!」


 ハサミと剣がぶつかり合う。互角となったパワーの激突。その衝撃に鍵玻璃きはりはたじろぐ。


 “想いの水瓶”があるせいで、パワー勝負に持ち込みづらい。しかも“サイケデリック・ネオンクラブ”は“誓いの記念碑”に守られ、相打ちにもならないときた。


 デネブを捨てるべきか。しかしデネブは元のパワーが非常に高く、攻防ともに重要だ。特に、誓願カードを使い辛い、この局面では。


「誓願成就、“あたたかな贈り物”っ! デネブにパワー+1500、さらにこのターンの間バトルでは破壊されなくなるっ!」


 “輝きの道・デネブ=アルゲティ”:パワー5500


 “サイケデリック・ネオンクラブ”:パワー4500


 ついに力で上回ったデネブが、虹色のハサミを打ち返した。返す刃で敵を切り捨てようとするものの、光のバリアに防がれる。


 バリアが砕けた衝撃で飛び下がった“サイケデリック・ネオンクラブ”を見て、鍵玻璃きはりはこのターンを無傷で凌ぎきったと確信する。


 その思考を、虹色の光が掻き消した。


「誓願成就、“ワン・ツー・フィニッシュ”! “チアフル・ファンクラブ”、“サイケデリック・ネオンクラブ”、追加1回攻撃っ!」


「2枚目!? しま……っ!」


 “チアフル・ファンクラブ”と“サイケデリック・ネオンクラブ”がステージを蹴り、体を虹のビームに変えた。


 目にも止まらぬ速さで疾駆したカニモチーフのアイドル少女は、残像を引いてメレクとアカマルの隣を突き抜け、鍵玻璃きはりの目の前で制止する。


 鍵玻璃は一歩後ずさる。同時に、メレクとアカマルの全身を無数の斬撃が刻み、炸裂させた。


 鍵玻璃:ハザードカウンター11→13


 ドクロが告げるハザードカウンターの増加も、耳には届かない。


 あるのは、なけなしの理性を燃やす闘志のみ。そうしてなんとか、正気を保つ。


「私の……ターン! “フェクダの王冠”のレリックスキル、デネブのパワーをターン終了時まで+2000する! “星見の作業台”と“明星咆哮”の追加効果……!」


 色とりどりの結晶を生やした王冠が空中に浮かぶ。環の中央から零れる宝石の雨を受け、デネブがパワーアップした。


 鍵玻璃きはりは息を整えながら、自分の状況を整理する。


 ハザードカウンター13。手札は7枚、レギオン3体。相手のレギオンは2体だけだが、“誓いの記念碑”の加護がある。


 ―――こっちは2体やられれば、奮戦レベルが3になる。


 ―――メリー・シャインはまだ使えないけど……他に手はある。


 深呼吸して、デッキに眠るカードを思い返す。奮戦レベル3のレギオン、鍵玻璃が持つ4種の切り札。レベルアップで、そのどれかが手に入れば逆転の目はある。


 ―――今は最低限、相手の攻め手を崩す!


「誓願成就、“星に願いを”! カノープスを進化させ、デッキから新たなカードを手札に加える!」


 鍵玻璃きはりの肩から子竜が飛び立ち、愛くるしい遠吠えを放った。


 羽毛に包まれた体が光り輝き、2メートルほどまで一気に拡大。一段と雄々しく美しい姿のドラゴンに進化した。


 その名は、“アイディールウィング・カノープス”。


「はあ……っ! 誓願成就、“スカイハイ・タッチ”!」


 ステージを構成するブロックがひとつせり上がり、炸裂。


 2体目の“クラフトアプレンティス・ポラリス”。そのがま口バッグから、ふたつめの“星見の作業台”が吐き出される。それをつかんで、2枚のカードを一緒に投げた。


「誓願成就、“煌めく服飾”2枚! パワーアップ!」


 デネブとポラリスの体を包んだ光が、美しい甲冑に変化する。


 滑らかな曲線を描く鎧は、宝飾品のようでありながら力強さも帯びている。


 アイドルとなった鍵玻璃きはりと並べば、まさに壮観。


 しかし逡巡の迷路に迷い込んだ解恵かなえの心に、その美しさは届かない。


 姉はなんとか、恐慌から脱したらしい。そして今度は、噛みつくように攻勢を仕掛けてきたのだ。


 手負いの獣さながらの、激しい打ち筋。たかがゲームのはずなのに。


 耳の奥に、狂った姉の声が蘇る。いやだ、いやだと泣き叫びながら、遮二無二腕を振り回して家族や自分を傷つけていた時のことが。


 解恵はぎゅうっと拳を握った。


 ―――そんなに……嫌なの? なんで? どうして……?


 心で呟いている間に、“憧憬の望遠鏡”が竜をライトアップする。雄々しい咆哮は、攻撃の準備が整った合図だ。


「バトル……カノープスとポラリスで、“チアフル・ファンクラブ”を攻撃!」


「く……っ、“誓いの記念碑”!」


 バリアが、ポラリスの投げた銀の鉄槌を防御した。


 攻撃を防がれ、安堵する“チアフル・ファンクラブ”に大きな影が覆いかぶさる。


 見上げた先には、大翼を広げるドラゴン。


 カノープスは“チアフル・ファンクラブ”を睨み下ろすと、天の川を思わせる光線を吐き出した。


 無数の煌めきをはらんだドラゴンブレスが、“チアフル・ファンクラブ”を飲み込み爆発を引き起こす。


 輝かしい衝撃の余波は、両腕で顔を庇う解恵かなえに容赦なく襲い掛かった。


「うううううっ!」


 隣に浮かんだ橙色のハートマークが裏返り、中のカウンターが7から8へ。


 レベルアップ間近な今、むしろ攻撃は望むところだ。解恵かなえは、防御のポーズを取って、デネブの攻撃を待ち構えた。


 ―――お姉ちゃんのカウンターは13。もうすぐ勝てる! 作戦もある!


 ―――来るなら来いっ! それでちょっとでも苦しいのを吐き出せたら……!


 覚悟を決める解恵だったが、しかし追撃命令は出なかった。


 鍵玻璃きはりは胸を押さえ、自分を封じるように大きく呼吸を繰り返していた。


「カノープスのスキルで“見下ろす宇宙”を、“満杯の宝棚”のスキルで“あたたかな贈り物”を手札に加える……ターン、エンド」


「お姉ちゃん? 攻撃、しないの?」


「…………」


 腕の隙間から見つめる解恵かなえから、鍵玻璃きはりは無言で顔を背ける。


 覚悟を無為にされた気がして、解恵は悄然とターンを始める。


「あたしのターン……」


 姉の場には、強化されたレギオンが4体。手札にはさらなる強化カードがある。


 一方解恵かなえには、“サイケデリック・ネオンクラブ”だけ。これでは各種サポートカードが意味を為さない。それを狙って、追撃しなかったのだろうか。


 ―――やっぱり、お姉ちゃんは強い。それにこんな状況だけど、ちょっと楽しい。


 ―――本当に、ほんのちょっとだけ。昔だったら、こうはならなかったのに。


 ―――あたしはお姉ちゃんと、思いっきり楽しみたいのに……。


 こんな苦しい戦いになるなんて、予想だにしていなかった。


 鍵玻璃がこんなになるなんて、想像もできていなかった。


 戦って、勝って、そしたら姉は強くなったと認めてくれて、しょうがないなと笑って入学してくれる。そんな結末を望んでいるのに。


 降参の二文字が手招きをする。何があったか知らないが、姉を無理に引っ張り込むのは間違いじゃないか。勝ちを譲ってあげた方がいいんじゃないかと。


 解恵は夢を諦めて、ふたり別々の進路を進む。それが姉妹にとって最良なのでは。


 蜘蛛のように下りて来た迷いを、首を振って振り払った。


 ―――ううん、違う! それじゃあ、あたしはダメなカナのままになっちゃう!


 解恵は自分の頬をぴしゃりと叩いた。


 不安も疑念も蹴り飛ばし、暗黒の空を指差すと、その先に一等星が煌めいた。


 惹かれるように星を見上げる姉に、宣言するは終局である。


「行くよお姉ちゃん。ファイナルターンだ!」


 鍵玻璃きはりだけでなく、対戦を見守る全員に驚愕が駆け巡った。


 解恵かなえは目を閉じ、自分の手札から続く戦略チャートを組み立てる。


 姉の手札、場、デッキに眠るカードと切り札。そのすべてを突破して勝利するルートは既に完成していた。

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