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第4話 星滅眩暈/奮戦レベル2

 ―――きれい……。


 仰向けになった鍵玻璃きはりは、きらきらとした微細な光の群れを見ていた。


 ベーミン爆散に伴って散った輝きが、真っ暗な空を満天の星空に変えている。


 吹けば飛ぶほどに小さく、儚い。まさに星屑。そこに手を差し入れながら、ぼんやりと幻視するのは、先ほどまぶたの裏に見えたあの人。


 ―――初めて見た時も、同じように思ったっけ。


 周りが暗くなり、あの人が放つ光以外、何も見えなくなるような。他のすべてが意識に入らなくなって、その人のことしか考えられなくなってしまって。


 文字通りの、無我夢中。


 憧れだった。ただひたすらに、手を伸ばしていた。


 でも、失った。


 星屑は、握りしめると消えてしまう。同時に、解恵かなえの声がした。


「ターンエンド!」


 妹の力強い声に、靄のかかった思考を断ち切られ、鍵玻璃きはりは半ば操られるように身を起こす。


 ターン開始のドロー。手札は合計で6枚。自分の場にはレリックが3つ、レギオンは壊滅。


 いつの間にか、こちらのハザードカウンターは折り返し。なのに解恵かなえはノーダメージだ。一方的に殴られている。前はこんなことなかったのに。


「……強くなったね」


「へっ?」


 偽らざる本音に、解恵かなえが目を丸くする。


 鍵玻璃きはりは額に手を当てながら手札を眺め、首を振った。


 ―――ダメだ、今は使えないカードばっかり。これじゃ、勝てない。


 解恵かなえの場には、決まって2体のレギオンがいる。だが“誓いの記念碑”がある以上、殲滅にはそれ以上の頭数が必要だ。今出せるレギオンは1枚きり。


 ならばやるしかない。鍵玻璃は腕を真横に伸ばし、そこに現れたドット絵のドクロを鷲掴みにする。それの隣に続く数字は11。条件は満たしている。


 ドクロを振り上げようと力を込めたその瞬間、全身が粟立った。先のヴィジョン、憧れの人が死神に殺される風景が蘇る。同じように首を狩られる自分のイメージがその後に続く。


「…………っ!」


 ぎしっ、と骨が嫌な音を立てた。恐怖が体中を縛り付け、動けなくさせる。


 耳元に忍び寄った怯懦が囁きかけて来た。


 いいのか? あの人と同じになるのか?


 アイドルが首を狩られる風景が、しつこくフラッシュバックする。鍵玻璃きはりは絞殺されかけのように苦しげな吐息を漏らした。


 嫌だ、あんな風にはなりたくない。拒絶と同時に、解恵かなえの姿が車椅子に座ったものとなる。深く俯いた彼女は、低く籠もった声で問いかけてくる。


「じゃア、このマま、負けテくれるよネ? 言うこト聞イて、くれるヨね?」


 面を上げる幼い解恵かなえ。その顔は人のものではなく、モノクロームののっぺらぼうになっていた。


 鍵玻璃きはりは目を見開いて、迷いの岐路に立たされる。


 片方は、首無し死体が手招きする道。もう片方は、妹の皮を被った何かがハグを求めてくる道。


 ―――嫌だ。


 鍵玻璃はがちがちと歯の根を鳴らした。どっちも選びたくない、怖い。


 しかし、踵を返せない。全身を巡る抑えがたい何かが、鎖でつながれた狂犬のように荒れ狂っている。待ちわびた岐路が選択を迫る。動け、動けと体が叫ぶ。


 腕に、足に力が籠もる。鍵玻璃はぎこちない動きでドクロを頭上に振り上げた。


 半ば引っ張られるように手を伸ばしたのは、敗北を拒絶する道。


奮戦ふんせん……レベル2ッ!」


 “×11”の数字を引き連れたドクロが床に叩きつけられ、ピコピコと悲鳴を上げる。ステージに広がっていく光の波紋。


 解恵かなえは身構え、相手の出方をエミュレートする。


 奮戦レベル。ゲーム開始時には1で、最大3まで上げられる。逆境を跳ね返すため、エデンが進化を遂げるのだ。エデンズブリンガー本人も含めて。


 波紋の速度が上がっていき、怒り顔になったドクロが閃光を放った。


 ひと回り膨れ上がって、超新星の如き光と轟音を解き放つ。


 地球誕生のイメージ映像にも似た光景が、眩い光の中で始まる。


 次々と空中に現れてはステージに組み込まれていく無数のブロック。より華やかに、より煌びやかに、より大きく舞台が改築される。


 解恵かなえは一層激しくなった光に目を閉じた。


「う―――っ!」


 轟音が去った後、そこには一回り大きく、豪華になったライブステージが浮遊していた。その中央に立つ鍵玻璃の服も、ゴシックパンクな私服から変化していた。


 星明かりのような銀の髪。星型のカットアウトを散らしたキャミソール。プリーツスカートは黒から青に。手足に巻いた長いリボンはアーチを描き、羽衣のよう。


 一等星、そうとしか表現できない理想のアイドル。それが鍵玻璃きはりの、エデンズブリンガーとしての真の姿だ。


 顔を庇った腕を下ろして、解恵かなえは思わず息を呑む。


 ―――綺麗。これがお姉ちゃんの変身かぁ……初めて見た。


 ―――あれ、初めて……?


 降って湧いた疑念を己自身に問うより早く、鍵玻璃の溜め息が聞こえて来た。


 D・AR・Tダアトが一時的に消え、露わになった銀の瞳が、白いグローブを見下ろしている。


 姉は自分の姿を、悲哀とも怯懦ともつかない顔で眺めると、喉を鳴らした。


 ―――来る!


 疑問を蹴飛ばし、気を引き締めると、鍵玻璃の前に横一列のカードリストが展開される。鍵玻璃はそこから2枚を選び、手札に加えた。


 レベルアップボーナス。奮戦レベルが2に上がったので、同レベルのカードを2枚持ってくることができる。


 そして盤面は一気に動いた。


「誓願成就、“スカイハイ・タッチ”を2枚! 奮戦レベル1のレギオンを場に出し、パワー+2000! 呼ぶのは“幼天狼アカマル”、“導かれし未来・デネブ”!」


「ならこっちも、メェプルシロップと“想いの水瓶”のスキル! パワーアップ!」


 鍵玻璃きはりの場に、黄金剣を携えたギリシャ彫刻のような少女と小さな狼が姿を現す。


 解恵かなえは一気に増えた姉の手札を冷や汗とともに見つめた。


 ―――やっぱり、奮戦レベル2のカードをいっぱい持ってるんだ!


 カードには、それぞれレベルがつけられている。奮戦レベルよりも高いレベルのカードは使用不可できない。


 しかし、姉のくびきは今、解き放たれた。


「“ベビーゲイザー・カノープス”、“インゴットデュプリケーター・メレク”を召喚! アカマルとカノープスのスキルでそれぞれカードを手札に加え、レリック配置、“フェクダの王冠”!」


 怒涛の展開を見せながら、鍵玻璃きはりは首や頬を掻き毟る。


 解恵かなえは危険を感じ、薬のケースを握りしめる。一見冷静に見えて、血走った目、荒い呼吸、そして乱暴な手つきは前兆だ。壮絶な自傷・他害行動の。


 ―――だからお薬飲んでって言ってるのに!


 心の中で叫んでいると、白い望遠鏡が姿を現した。


「“憧憬の望遠鏡”のレリックスキル。デネブのパワーをカノープスにコピーする。バトル、デネブとカノープスでメェプルシロップを攻撃!」


 黄金剣を手にした少女が斬りかかり、プラネタリウムの欠片を被った子竜が口から光の弾丸を吐き出した。身構えるメェプルシロップに、神秘の石碑が力を授ける。


 “羊赦のメェプルシロップ”:パワー3500


 “導かれし未来・デネブ”:パワー4000


 “ベビーゲイザー・カノープス”:パワー4000


 両腕を交叉したメェプルシロップの前にバリアが開く。星座のような障壁はカノープスが吐いた光を受け止め、拮抗したのちに砕かれた。衝撃を殺しきれず、仰け反ったメェプルシロップをデネブが斬り捨てた。


 ぼふん、と羊毛のような煙をまき散らして爆散するメェプルシロップ。ウールウールが甲高い悲鳴を上げる中、解恵かなえは石碑が沈黙するのを横目で見つめた。


 レギオンが減ったため、“誓いの記念碑”と“永久の絆”が力を失う。


「くぅ……っ!」


「メレクでウールウールを攻撃!」


 黒髪のフィールドワーカーが、わんわんと鳴く羊娘に向けて指を鳴らした。


 ウールウールを真っ黒な影が覆い隠す。一瞬涙を止めた羊娘は、悲鳴を上げて手足をばたつかせた。影の正体は、落下してくる大きなブロックだ。


 “インゴットデュプリケーター・メレク”:パワー1500


 “羊涙娘ウールウール”:パワー1000


 ズズン、と鉱石ブロックがウールウールを圧し潰す。これで解恵かなえの場はがら空きになった。喉を鳴らした子狼が目にも止まらぬ速度で駆け出す。


「アカマルでダイレクトアタック!」


「うぇっ!? だっ!」


 気づいた時には、解恵かなえは吹っ飛ばされていた。


 凄まじい速度で体当たりしたアカマルがステージの上に着地する。子犬ほどの大きさのそれは、バウと一声吼えると身を翻して鍵玻璃きはりの下へ走り去る。


 解恵:ハザードカウンター0→7


「ううっ、いてて……。よっと!」


 勢いをつけ、ぴょんと起き上がる解恵かなえ


 手痛い一撃をもらってしまった。形勢は逆転し、奮戦レベルを上げられない程度のダメージを喰らう。だが、まだ負けはない。


 己を鼓舞する解恵は、口元を押さえ、体を折り曲げる鍵玻璃きはりを目にする。


 笑っているのかと希望を抱いたが、大きく背を逸らせて喉を鳴らす様を見て、違うのだと気づかされた。鍵玻璃は咳をしながら告げる。


「んくっ、はぁ……っ。ターン、エンド……! “満杯の宝棚”のレリックスキル」


 鍵玻璃きはりは乾いた咳を繰り返し、喉からくぐもったうめき声を発しながら首を振り、できる限り解恵かなえを見ないようにする。


 キコキコと車椅子の音がする。あの妹の皮を被った何かが近づいてきた。


 お姉ちゃん、と呼びかけてくるそれを、直視できない。だが、逃れることも出来なかった。


 時間が逆流する。ステージの上に倒れる解恵が首だけなんとか動かして、痛い、痛いと泣いている。四肢をあらぬ方向に折り曲げて。


 鍵玻璃は腕を真横に凪いで、妹の皮を被った何かを振り払おうとした。


「黙れっ! 邪魔しないで……話しかけてこないで!」


 上擦ったヒステリックな絶叫を耳にして、慌てたのはふぁんぐの方だ。


 撮影用のディスプレイを操り、できる限り鍵玻璃きはりが映らないようにする。


 対戦に関係ない音声は、配信には乗らない設定。ふぁんぐは冷や汗を掻きつつも、笑顔で実況を続けていく。


「さてさて奮戦レベル2になってから一転攻勢やねえ! 鍵玻璃きはりちゃん、解恵かなえちゃんにやられっぱなしな状況をひっくり返したで! 上手いなぁ~!」


 喋りながら、流す映像を取捨選択。


 鍵玻璃きはりの顔はなるべく場面を考えていれ、口論している間はふたりの盤面と情報を映して解説。手慣れたものだが、一歩間違えれば放送事故だ。


 ―――まあ、生で見てる勢には隠せへんけど……。


 ふぁんぐは舌と両目を同時に回す。


 現在地は戦場エデンの外周。他のギャラリーともども、邪魔にならない暗闇の中に浮遊しながらふたりの戦いぶりを観戦している。


 新入生、およびその保護者たちはざわついていた。遠目から見ても、鍵玻璃の様子は明らかにおかしく映るのだ。


 ふぁんぐは、事情も大して聞かずに対戦を仕切ったことを、後悔し始めていた。だが、配信を止めるわけにも行かず、トークとリアルタイム編集でどうにか誤魔化す。


「レギオンの展開力では鍵玻璃きはりちゃん有利。けど解恵かなえちゃんの方は条件付きでかなりのハイパワーを出してきよる。ふたりとも切り札はまだ隠しとるやろし、こっからどーなるか……おおっと?」


 不意に、ふぁんぐの視界端に音声通話のコールマークが現れた。


 通話相手の名は“天門あまとレイ”。


「ちょおっとごめんな、レイちゃんから電話や。もしも~し!」


「もしも~し、じゃないんですよ!」


 別のウィンドウが開き、ビデオ通話が始まった。


 相手は琥珀色の髪に緑のメッシュを入れた、真面目そうな顔つきの少女。ふぁんぐの友人にして、界雷かいづちマテリア総合学院高等部の生徒会長、天門レイ。


 彼女は画面にくっつくほどに顔を近づけ、怒鳴り声を浴びせてくる。


「一体何やってるんですかぁ! 式の受付が滞ってるんですよ! 外にいる子たちがそっちの対戦に夢中になってるし入口は塞がってるし!」


「あはは~。ま、いい感じの対戦やしね。ウチもなんやかんや見惚れとるし~」


「笑いごとじゃありませんっ!」


 怒っている以上に、焦っている。


 レイの心境を察したふぁんぐは、ばつが悪くなって目を泳がせた。


 口笛でも吹いて誤魔化すつもりだったが、レイはそれを許さず噛みついてくる。


「式の開始まであと三十分切ってるんですよ!? なのにあと何人着席させないといけないと思ってるんですか! 挙句、誘導役の人たちも配信チラチラ見てますし! 信じられません!」


「ま、ま~ま~、こういう配信なんて、いつものことやないかぁ~」


「今日は禁止だって言ったじゃないですか! っていうか今対戦してる子! 新入生代表になるはずだった子でしょう!? なんでそこにいるんですか!?」


「あ、バレてもーた。あはは~」


 ふぁんぐは愛想笑いを浮かべつつも、顔を背ける。


 鍵玻璃きはりの情報を照会した時、既に気付いていたことだ。


 全科目で成績トップ。試験科目の対戦においては、プロを相手に圧勝したという中学生。文句なしの首席入学者、なのに新入生代表の座は頑なに辞退し続ける。


 そんな少女が入学早々対戦するなど、絶対に盛り上がるシチュエーションだ。インフルエンサー魂に火が点いたふぁんぐは、配信禁止令を迷わず破ったのである。今や、裏目に出かかってるが。


「けどま、やっても~たし、しゃーないわ。“一度始まった舞台は何があっても完遂すべしショー・マスト・ゴー・オン”や!」


「もう! 言っておきますけど、新入生代表って言葉は使わないでくださいね? 代わりになった子の立場もあります」


「おけおけ。ほな、そろそろ配信に戻るから後でな~!」


「あっ、ちょ!」


 レイの通話は適当に切断し、ふぁんぐは何食わぬ顔で配信に戻る。


 マイクのミュート機能を解除。余った袖を振って誤魔化し笑いを浮かべた。


「ごめんな~、ちょっと業務連絡来てしもうてん。ほな、実況実況。熱ぅなってきたねぇ~!」


 途中で切ったこと、後でレイに怒られるんかな……などと考えつつも、ふぁんぐは対戦に向き直る。


 エデンでは、解恵かなえのターンが始まっていた。


⁂   ⁂   ⁂


“星見の作業台”

レリック:奮戦レベル1

スキル:このカードが場に出た時、または自分のターン開始時のドロー後、“煌めく服飾”1枚を手札に加える。


 師匠の作業場。師匠はここで夜空を見ながら作業をするのが好きなんだって。

 僕もいつか、ここで師匠と並んで素敵なものを作りたいんだ!

         ―――クラフトアプレンティス・ポラリスのメモ


“煌めく服飾”

誓願:奮戦レベル1

スキルタイミング:いつでも

誓願成就:自分のレギオンを1体選び、パワーを+1000する(永続)。


 匠の手により作り出された衣装一式。

 昼間に着ると眩しすぎるが、夜空の下では着用者を誰より美しく彩ってくれる。

 これを着るのが、世の少女たちの憧れである。


⁂   ⁂   ⁂


 ジョークやふたりへの賞賛を挟みながら、戦局を語るふぁんぐ。


 流れるコメント。緊張感を煽るBGM。


 奔放なチームメイトの配信を睨んだレイは入学式の会場内にある生徒会控室で肩を落とした。


「ああんもう、ふぁんぐったら……!」


「まあ、仕方ないんじゃない?」


 赤く染めた髪を逆立てた、ボーイッシュな雰囲気の少女がレイの肩を叩く。


「一応想定の範囲内なんだし、マニュアル通りに行けば平気だって。むしろ、さっきのレイの声が聞こえてないかが心配で……ん?」


 レイをなだめていた赤髪の少女は、ふと背後を振り返った。


 扉の開く音が聞こえた気がしたのだが、扉は閉じられたままだ。


 首を傾げつつ外れた視線をレイに戻すと、生徒会長はやけになったように拳を突き上げた。


「あ~~~~~~もうっ! ぐずぐずしてられません、行きますよ! 新入生も係も動かさないといけないんですから!」


「なんだかんだ、うちらもちょっと見入ってたしね。急ごうか」


 ふたりは関係者各所に連絡を入れながら生徒会控室から廊下へと出る。


 足早に駆けていく彼女たちは、背後の曲がり角に隠れた者に、気づけなかった。


「新入生代表……?」


 走り去るふたりを陰から見送り、銀髪の少女が小さく呟く。


 その視線は、すぐに手元の配信ディスプレイに向いた。アイドル衣装を纏った鍵玻璃と、その妹の横顔に。


「わたくしは……彼女の代わり……?」


 暗がりで、黄金色の瞳に火がくすぶった。


 彼女は制服の胸元から羽根ペン型のD・AR・Tダアトを引き抜き、虚空をタッチ。メモ書き用のディスプレイを追加で呼び出す。


 配信画面に表示されたふたりのデュエリストの名をしたためて、対戦模様を注視する。


 ギリ、と奥歯のこすれ合う音が影の中に染み渡り、指から力を注がれたペン先が震える。


 少女は食い入るように画面を見つめて、冷酷さの漂う無表情で戦局を見守った。


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