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第3話 不明不安/救世女傑メリー・シャイン

 消えかけの電灯のように、鍵玻璃きはりの視界が激しく明滅する。


 ステージと砂漠の光景が交互に重なり、上空にはモノクロームの巨大な卵が見え隠れした。鍵玻璃は首を振り、自分をなんとか説き伏せようとする。


 これはエデンズの対戦であって、悪夢じゃないと。


 ―――本当に?


 前方に、妹が立っている。


 ―――本当に?


 前方に、妹がいる。車椅子に座り、煌びやかなライブステージ型エデンの中心で俯いている。


 ―――本当に?


 そもそも妹ではなく、白と黒が複雑に混じり合ったローブ姿の死神が、無言で佇む。鍵玻璃きはりは激しい頭痛を感じ、うっ、と呻いた。


 バクンバクンと心臓が鳴る。血流が脳を殴りつけ、眼球にまで痛みが走る。


 目が霞み、揺らぎ始める。解恵かなえの声が二重に聞こえた。


「お姉ちゃん? お姉ちゃんのターンだよ?」


 ドウシタノ? 歪んだ言葉が後に続いた。鍵玻璃きはりは失敗した笛のような高音を漏らし、カードゲームに逃げ込んだ。


 目の前に浮いた5枚の手札、その1枚に手をかざし、投げ上げる。


 見慣れたカードの名前、イラスト、能力だけは変わらない。鍵玻璃は解恵を見ないようにしながら叫んだ。


「“クラフトアプレンティス・ポラリス”を召喚!」


 ステージの床からブロックがひとつ浮き上がり、炸裂。閃光弾のような光の中から、大きな木槌をかついだオーバーオール姿の少女が現れた。


 少女は木槌で地面を叩く。するとそこに、立方体の作業机が呼び出され、ドレッサーのように変形・展開して様々な工具をさらした。


 設置された作業机が光を放ち、カードを1枚鍵玻璃へ放つ。


「レギオンスキルで“星見の作業台”を出し、さらに作業台のスキルで“煌めく服飾”を手札に加える。“ミーティアライダー・デネボラ”を召喚!」


 空から落ちてきた一条の流れ星。それにどこからか飛来した、ライダースーツを着た少女がサーフィンをするかのように飛び乗った。


 ゴーグルをつけた勝気そうな少女は、腰に手を当て解恵かなえを見つめる。


 解恵は少し安堵を覚えた。


 ―――デッキ、変わってないみたい。良かった、お姉ちゃんはお姉ちゃんだ。


 昔、何度も見せつけられたカードたち。それは姉が姉である証明でもある。


 しかし、油断は禁物。界雷かいづちマテリア総合学院の入学試験―――プロブリンガーを相手取り、最高評価を叩き出したのも、このデッキのはずだから。


 鍵玻璃きはりは悲鳴に近い声でカードの使用を宣言する。


「誓願成就、“煌めく服飾”! デネボラをパワーアップし、デネボラのスキルで“流星並走”を手札に加える。ターンエンド!」


 はあ、と深く息を吐いて、鍵玻璃きはりはがくんと俯いた。


 解恵かなえは気を引き締める。今披露されたのは、姉のデッキの黄金ムーブ。


 主戦力たるレギオンカード、場に設置するレリックカード、使い切りの誓願カード。それらすべてをフル活用し、凄まじいパワーで攻め立ててくる。


 手をこまねけば、負け一直線。解恵かなえは顎に滴る汗を拳で拭った。


「あたしのターン!」


 解恵かなえは一息置いて手札を見つめる。


 ずっと黒星をつけてやりたくて、姉のデッキを研究し続け、自分のデッキを調整してきた。その全ては今日、勝つために。


 姉とずっと一緒にいるために!


「“羊涙娘ようるいむすめウールウール”を召喚!」


 解恵かなえの前に、ぽんっ、と綿のような煙が湧いた。


 煙が晴れたそこに立つのは、もこもこした衣装に身を包んだ涙目の少女。


 その足元から、続けてバフンと綿毛が飛び出す。


「ウールウールのレギオンスキル、“羊赦ようしゃのメェプルシロップ”を出す!」


 大量の羊毛をかき分けて、ウールウールと似た服装の女性が姿を現した。


 ウールウールは自分よりも背が高く、勝気な印象を与える女性の背後に隠れる。


 肩越しに背後を見、溜息を吐くメェプルシロップを見て、鍵玻璃きはりは小さく身震いをする。


 解恵かなえは、姉が思ったことを手に取るように理解した。


「なに、そのカード……そんなカード、あんたのデッキには……」


「無かったよ。でも、作ったんだ。どうしても、お姉ちゃんに勝ちたかったから」


 メェプルシロップの後ろで震えるウールウールを、解恵かなえは懐かしそうな目で見つめる。


 姉は昔からなんでもできて、解恵よりも強かった。だから解恵は、手を引かれるままについていけば、それでよかった。


 鍵玻璃きはりが胸元に指を立てる。心臓をえぐり出そうとするかのように。果てしない苦悶がそこにあるかのように。


 解恵は自分の胸を締め付けられるような痛みを感じながらも、さらに続けた。


「誓願成就、“永久とわの絆”! 自分のレギオンが2体だけなら、レギオンすべてにパワー+1000! さらにレリック、“誓いの記念碑”!」


 メェプルシロップとウールウールの真後ろに、星空色の石碑が墜落してきた。


 ズドン、という衝撃が、ふたりの少女を浮き上がらせる。メェプルシロップはウールウールを小脇に抱えて難なく着地。2体を白いオーラが包み込む。


 解恵かなえは意気揚々と木槌を担いだ少女を指差す。


「バトル! ウールウールでポラリスを攻撃!」


 姉の背から飛び出した少女が、ポラリスにロケット頭突きを繰り出した。


 “羊涙娘ウールウール”:パワー1500


 “クラフトアプレンティス・ポラリス”:パワー500


 頭突きを喰らったポラリスは吹っ飛び、無数の光となって砕けた。その衝撃が背後の鍵玻璃きはりにまで届く。


 腕で爆風をしのぐ彼女の頭上に、ドット絵のドクロと“×1”の数字が浮かんだ。


 それはハザードカウンター。数字が20になった時、プレイヤーは敗北となる。


「メェプルシロップでデネボラを攻撃!」


「そっちは……通さない! 誓願成就、“流星並走”! デネボラにパワー+500して、新しいデネボラを1体場に出す!」


 ライダースーツに身を包んだ少女が流星の上で身をかがめ、もろともに空へ飛び立った。


 光で軌跡を描きつつ、デネボラは突撃してくるメェプルシロップへと向かう。


 “羊赦ようしゃのメェプルシロップ”:パワー2000


 “ミーティアライダー・デネボラ”:パワー2000→2500


 レギオンバトルは単純に、パワーの高い方が勝つ。これでメェプルシロップは返り討ちとなり今度は解恵がダメージを受ける。


 そのはずだった。


「この瞬間メェプルシロップのレギオンスキル! 相手が誓願成就をしたなら、ターン終了時までパワー+1000! これでパワーは3000だ!」


「な……っ!」


 目を見開く鍵玻璃きはりの前で、メェプルシロップが飛んだ。


 砲弾のような速度の頭突きが、迎撃に来たデネボラの腹を直撃。そのまま空の彼方へ吹き飛ばす。


 メェプルシロップは乗り手を失った流星を引っ掴み、ぐるぐると回転して鍵玻璃へと投げつけた。流星が鍵玻璃に直撃して爆発。ハザードカウンターが2に増える。


 解恵かなえはガッツポーズを決めた。


「どうだ、お姉ちゃん! 昔のダメなカナのままだと思ったら大間違いだよ!」


 得意げに胸を張り、姉からの賞賛を期待する。


 だが、突き出した胸はすぐに引っ込む羽目になった。


 煙が晴れたステージの上で、だらんと両腕を下げる鍵玻璃きはり。顔を上げても、解恵かなえのことなど眼中にない。D・AR・Tダアトのレンズ越しでもそれがわかった。わかってしまった。


 昔の姉なら、笑顔で褒めてくれていた。抱き着いて、自分のことみたいに喜んで。その上で解恵に先の景色を見せつけてきた。


 だが、今はどうだ。彼女は極度に緊張し、まるで命懸けのギャンブルでもさせられているかのよう。


 呼吸は荒くなり、瞳は激しい動揺に揺らいでいる。手札を見つめるその表情から、凄まじい恐怖が感じられた。


 解恵かなえは萎びながら、ぼそぼそと宣言をする。


「……ターンエンド……」


 両者の第1ターンが終わる。


 鍵玻璃きはりは手を震わせた。冷や汗が額を流れる。その表情に、解恵かなえは言いようのない不安を覚えた。


 解恵にとって、これは譲れない自分の夢を賭けた戦い。未来を占う分水嶺。けれど楽しいゲームだという前提は、決して揺らぐことはない。それは姉も同じはず。


 ―――でも、その顔は何? あたしを見てない……違う人と戦ってるみたい。


 ―――戦ってるのはあたしだよ? なのに、なにを怖がってるの?


 ―――なんで、そんな顔するの?


 鍵玻璃は、何かを払いのけるように腕を打ち振る。


「私の、ターン……!」


 減った手札が5枚に戻る。


 同時にポラリスの残していった作業台が、カードを1枚吐き出した。


 鍵玻璃きはりはそれをつかみとり、すぐさま放る。


「“星見の作業台”で手札に加えた、“煌めく服飾”を誓願成就! “流星並走”で出したデネボラにパワーを+1000、スキル発動! “流星並走”を手札に加える!」


「め、メェプルシロップのレギオンスキル! ターン終了時までパワーアップだ!」


 デネボラと衣装が光に包まれる。黒いライダースーツは星雲を思わせるカラーリングに。首元には煙のような、不思議な質感のマフラーが巻き付いた。


 一方で、メェプルシロップのもこもこしたブーツがボリュームを増す。巻き角もひと回り大きくなって、身構える姿は闘牛にも似る。


 鍵玻璃きはりは気にせず、鼻先がツルハシになったバクと、スパンコール付きバックパックを背負った少女を呼び出した。


「“マイニングドリーマー・ルクバー”、“星集めの商人・ベーミン”! レリック、“憧憬の望遠鏡”! レギオンスキルをそれぞれ発動! “星屑の発掘”を手札に加え、レリック、“満杯の宝棚”を1枚場に出す!」


 一瞬現れては消える、白い望遠鏡と巨大な収納棚の幻影。その影で、鍵玻璃はえずくように吐いた咳を振り払う。


 手つきは性急で、勝負を焦っているらしい。早く決着をつけないと、死んでしまうとでも言いたげだ。解恵かなえは首を絞める苦しさを、言葉に変えた。


「そんなにここに入るのが嫌なの? どうして!? ここで一緒に勉強すれば、ふたりで夢が叶えられるって……そう言ったのは、お姉ちゃんだよ!?」


「誓願成就、“星屑の発掘”! デネボラのパワーを+500! デッキから奮戦ふんせんレベル2以上のレギオンを、ランダムに1枚手札に加える!」


 ルクバーが鼻のツルハシを振り上げ、足元のブロックを打ち砕いた。


 カーン、という音と共に吹き出した光が、デネボラと鍵玻璃の頭上に降り注ぐ。


「教えてよ!」


 解恵かなえは声を張り上げられるも、鍵玻璃きはりは応えられなかった。


 手札に新たなカードが加わった瞬間、体が凍る。額には、滝のような脂汗。


「メリー……シャイン……」


 茫然と呟く鍵玻璃きはり。それは彼女の下にやってきた、カードの名だった。


 “救世きゅうせい女傑スターメリー・シャイン”。宇宙を背にしたアイドル少女が、鍵玻璃に微笑みかけてきている。


 頭痛、そして両目を針で貫かれるような痛みに、鍵玻璃は思わず目を閉じる。


 真っ暗な目蓋の裏側に、過去に見た景色が映し出された。


 蒼銀のステージの上で舞い踊る、銀髪のアイドル。星明かりを思わせる髪と衣装をなびかせながら微笑む顔が、急に消え去る。


 砂嵐とノイズが走り、首無しの胴体も消え失せた。ステージは白い砂の砂漠に埋まる。そこに直立するのは、白と黒の死神の影。


 鍵玻璃は短い悲鳴を上げて目を開く。キンと甲高い耳鳴りがする中、ひどく歪んだ声がした。


 目を開いても、また砂漠。死神が、不気味に呼びかけてくる。


「オ姉ちゃン、オ……姉ちゃんってば!」


「!!」


 そこでようやく、呼びかけてきていたのが妹だと気づく。


 白黒のローブは羽織っていない。オレンジ色の髪がちゃんと見えている。


 鍵玻璃きはりは自分を叱りつけるように側頭部を掌底で叩いた。


 景色の揺らぎが大人しくなる。解恵かなえはブレザーのポケットに手を突っ込んで、今にもこちらに駆け出してきそうだった。


「お姉ちゃん、大丈夫!? 平気!? 薬……」


「“憧憬の望遠鏡”の……レリックスキル!」


 我に返った鍵玻璃きはりが宣言すると、純白の望遠鏡が不可思議な光をルクバーに浴びせた。


 それを余所に、鍵玻璃は黒手袋を嵌めた手で喉を押さえる。


 目をつぶっている間に見たもの、目を開いてからの光景。そのすべてから逃れるべく、対戦にひたすら集中しようと試みる。


 手札は4枚。“フェクダの王冠”、“流星並走”、“スカイハイ・タッチ”。そして、“救世きゅうせい女傑スターメリー・シャイン”。


 抑えられない震えが彼女の体を支配する。ふらつき、歪なステップを踏む鍵玻璃の前で、バクの体躯が膨らんだ。


 望遠鏡の能力は、パワーのコピー。デネボラと同じパワー2500となったルクバーが、トロンボーンのような声でいななく。


「バトル……ルクバーでメェプルシロップを攻撃! さらに誓願成就、“流星並走”! ルクバーのパワーを+500、デネボラを出す!」


「ううっ! お願い、メェプルシロップ!」


 ルクバーが勢いをつけ、タイヤのように回転しながら突っ込んでいく。対面からは待ちわびたように駆け出すメェプルシロップ。2体の距離が徐々に縮まる。


 “マイニングドリーマー・ルクバー”:パワー3000


 “羊赦ようしゃのメェプルシロップ”:パワー3000


 凄まじい速度を出した2体は、真正面からぶつかり合って大爆発を引き起こした。


 衝撃波が姉妹を襲う。鍵玻璃きはりの頭上に先ほどのドクロが現れ、カウンターの増加を告げる。


 ルクバーとメェプルシロップのパワーは互角。二者は相打ちとなって、解恵かなえのカウンターも増加する。そのはずだった。


 ラメを散らしたような煙が晴れた先を見て、鍵玻璃は目を見開く。


「倒せて……ない?」


 相打ちになったはずのメェプルシロップが、平然と腰に手を当て佇んでいる。ルクバーはもはや影もないのに。解恵かなえのカウンターも増えていない。


 一瞬当惑しかけた鍵玻璃きはりの視線が、星空色の石碑を捉えた。


 星座のような紋様を浮かべて輝く神秘の石板。それは前のターン、解恵が配置していたレリックカードだ。


「“誓いの記念碑”のレリックスキル! あたしのレギオンが2体だけなら、あたしのレギオンすべては1ターンに1度、バトルでは破壊されなくなる!」


 解恵かなえがそう言うと、石碑の光がやや弱まった。


 これでメェプルシロップは“誓いの記念碑”の加護を失う。しかし鍵玻璃きはりは、メェプルシロップどころかウールウールも倒せない。ベーミンと新しく出たデネボラのパワーは1000、ウールウールは1500。


 そのまま攻撃したって、返り討ちに遭うだけだ。


 ―――手札にもう1枚、強化できる誓願カードがなければ……。


 解恵が緊張の面持ちで出方を伺っていると、鍵玻璃は悔しげに腕を下ろした。


「ターンエンド。“満杯の宝棚”のレリックスキルで、“あたたかな贈り物”を1枚手札に加える」


 鍵玻璃きはり:ハザードカウンター3

 手札:4枚

 場:“ミーティアライダー・デネボラ”×2、“星集めの商人・ベーミン”

 レリック:“星見の作業台”、“憧憬の望遠鏡”、“満杯の宝棚”


 解恵かなえ:ハザードカウンター0

 手札:2枚

 場:“羊涙娘ウールウール”、“羊赦のメェプルシロップ”

 レリック:“誓いの記念碑”


 圧倒的不利。鍵玻璃の胸を、混沌とした感情が滅茶苦茶に搔き乱してくる。


 名前の知らない何かが鍵玻璃に押し寄せ、食い荒らす。


 いくら足掻いても振り払えない。食い千切られて欠けた箇所から、溢れ出すものがある。いるはずのない怪物が生まれ、内側から吠え猛って体を引き裂こうとする。


 苦しい。苦しい、苦しい、苦しい。


 ―――……こわい。


 恐怖が背骨から脳までを貫く。グルルルル、と体の中から異音が聞こえた。


「やめて……やめて、やめてっ! 出て……来ないで!」


「……あたしの、ターン……」


 解恵かなえは手札を補充しながら、どんどんおかしくなる鍵玻璃きはりを見つめる。


 ブレザーのポケットに、薬が入った小さなケース。出かける前、母に念のためと持たされたものだ。鍵玻璃のための処方薬。


 中断し、薬を無理にでも飲ませることを思案する。その場合、この対戦はどうなるだろう。


 引き分けならまだいいが、解恵の負けになってしまえば、ふたりの夢は潰えてしまう。そうしたらきっと、大好きな姉は、自分の知らない場所で狂い果ててしまうのではないか。


 ひとり暗がりの中でのたうち回る鍵玻璃の姿を想起し、解恵は固まる。


 このまま別れるのは嫌だ。姉をひとりにしたくない。


 ―――お姉ちゃんを、助けてあげたい。だからあたしは!


「レリック配置、“想いの水瓶みずがめ”! 誓願成就、“ワン・ツー・フィニッシュ”! ウールウールとメェプルシロップにパワー+500、さらに2回攻撃できるようになる!」


 メェプルシロップがウールウールの頭に手を置く。気弱そうな少女は及び腰になりながら、メェプルシロップと一緒に拳を構えた。


 姉には、この状況が見えていないようだ。何が見えているのだろう。


 ふいごを吹かすように腹式呼吸し、腹の底が熱く滾る想いを放つ。


「メェプルシロップ! デネボラ2体を攻撃だぁ―――っ!」


 ドンとメェプルシロップが強く地を蹴る。2体のデネボラは突っ込んでくる羊娘に対し、星に乗って空へと逃れた。それを追い、メェプルシロップはジャンプする。


 空中を自由自在に駆け巡る3体のレギオンが断続的にぶつかり合い、光の軌跡と火花で虚空を照らした。


 残像が複雑な多面体を描く空の下、鍵玻璃きはりの言葉がほんの少し聞き取れた。すすり泣き混じりの訴えが。壊れそうな声が。


「あんたが……あんたが悪いのよ。忘れたなんて言うから……覚えてるって言ったのに。みんなが忘れても、あんただけは……なのに……。……嘘つき」


 解恵かなえは、胸を矢で射貫かれたような衝撃を受ける。


 不満と困惑が湧いた。それに、ちょっと傷ついた。解恵は一歩踏み出し、姉に向かって呼びかける。自分の声が届くと信じて。


「忘れてない。あたしはちゃんと、お姉ちゃんと約束したこと覚えてる。忘れたことなんて一度もないよ、お姉ちゃん!」


「嘘つきっ!」


 鍵玻璃きはりが叫ぶと同時に、メェプルシロップの蹴りが1体目のデネボラに命中した。蹴り落とし、鍵玻璃の真横に叩きつける。そしてもう1体にヘッドバットを食らわせ、ハンマーパンチで叩き落とした。


 鍵玻璃:ハザードカウンター3→5


 嘘つき。約束。解恵かなえは自分の脳裏にこびりついてしまった口癖を、心の中で唱えてみる。言わないようにしている方と、ついつい言ってしまう方。それらを姉の口から聞くなんて。


 ―――あたしは、嘘なんか吐いてない。約束なら、ずっとずっと覚えてる。


 一緒にアイドルになろうと言ってくれたこと。叶える方法を、本気で探した時のこと。必ず実現するんだと、何度も語り合ったこと。


 何もかも、忘れていない。


「嘘つきは……お姉ちゃんだっ! ウールウールでベーミンを攻撃、さらにダイレクトアタックだぁぁぁっ!」


 体をいっぱいに縮めたウールウールがロケット頭突きを繰り出した。


 ミサイルのように飛翔した少女の頭がベーミンの鳩尾に抉り、もろともに鍵玻璃きはりへと特攻していく。


 鍵玻璃がそれに気づいた時、ベーミンの背負う巨大なバックパックが宝石色の大爆発を引き起こした。


 鍵玻璃:ハザードカウンター5→11


 派手に吹き飛ばされた鍵玻璃は背中から叩きつけられ、空を見上げる形となる。


 解恵かなえは確かな手応えを感じて息を吐く。ベーミンの破壊で1点。ダイレクトアタックで5点。勝利へ一気に近づいた。互角以上に戦えている。勝てる。


 しかし、胸に沸く歓喜の声に、素直に身を任せられない。


 このままでは終わらない。エデンズは、そんな簡単なゲームではないのだ。


 ―――こっちの攻撃はこれで終わりにするしかない。


 ―――次のターン、絶対に来る。


 ―――ここからが勝負だ!


「ターンエンド!」


 ふたつのステージしかない世界に、解恵かなえの声が響き渡った。

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