視線を両親に戻したギッシュは、刀を振り上げた。
「た、た、助けて……」
その言葉を聞きながらギッシュは母親の首を刎ねた。
どさりと、骸が倒れた。
鮮血の滴る刀を手にしたまま、ギッシュは父親を睨みつけた。
「最期の言葉くらいは、聞いてやる」
「もう、生きられないのだな……」
「そうだ。じゃあな」
ギッシュは父親の心臓を刺し貫き、右頬に返り血を浴びた。
気にせず、修司に向き直った。
少し目を離した隙に奥からなにかを持ってきたらしい。右手を背に隠している。
「なにを持ってきた?」
その声を聞いた修司は、すっと右手を出した。その手には包丁が握られていた。
「刺すなら、心臓と右腕、右手以外にしろよ」
ギッシュは、気
「両親の仇!」
修司は震えを押し殺せない状態で、右胸から左脇腹をざっくりと斬りつけた。続いて腹を深く突き刺してきた。
「……気がすんだか?」
「これだけ血が出てるのに……なんでっ!」
左の口端と右頬にかかった返り血が顎を伝い、零れ落ちた。ギッシュは動揺を隠せない修司を一瞥した。
「貴様は最初から、間違えていた。こんなことになる前に気づけなかった、己の未熟さを、呪うがいい」
ギッシュは左手に構えた刀を、修司に向けた。
「このっ! ……人の命を、
それが、修司の最期の言葉だった。
言い終わったタイミングで、心臓に刀を突き刺した。
「俺は人の命を奪う、悪魔と成り果てただけだ。弄ぶほどの悪趣味はない」
冷たく吐き捨てて、ギッシュは回収屋に連絡を入れた。
血みどろとなった家を後にして公園へ向かった。
男から六十万を受け取り、トサのクリニックへ。
「入るぞ」
「また派手にやったね」
「そうだな」
ギッシュは言いながら診察室に入ると、コートとシャツを脱いで、手袋を外した。
「こりゃ酷い」
トサは言いながら手を動かし、てきぱきと治療をすませた。
「全治三週間。怪我したらちゃんと顔を出して。治すから」
「ん」
ギッシュはシャツを着てコートを羽織り、手袋を嵌めて紙袋をぶら下げて、出ていった。
「帰ったぞ」
それだけ言って自室に引っ込む。
グレーの半袖と紺の長ズボンに着替え、金を金庫に放り込むと、リビングへ戻った。
「どうぞ」
「ホットミルクか」
マグカップの中身を確認して、少し笑った。
「はちみつ入りです」
「うん、美味い」
ギッシュは言いながら、再びカップに口をつけた。
「今回はどのような怪我を?」
ヴァネッサが尋ねた。
「ん。今回は先に両親を殺し、怒った男から攻撃を二度受けた。右胸から左脇腹にかけての深い斬り傷と、腹を刺し貫かれた」
「……痛い、ですよね」
淡々と語ったギッシュを見ながら、ヴァネッサが泣きだしそうな顔をした。
「もう、そんなの、分からなくなった。……ひとつ聞きたい」
「なんでしょう?」
「俺のように、自分のことであっても、他人事のように考える。……それは、罪なのか? 悪なのか? どうしても、傍観者を殺してまでも、向き合わなければならないのか?」
戸惑いつつ、ギッシュは問いかけた。
「……難しい質問ですね。私はなにがなんでも向き合ってください、とは言えません。それは悪いことではないのですから。そのままで、いいんですよ」
ヴァネッサはふわりと笑みを浮かべた。
「……そうか。もう寝る。ご馳走様」
ギッシュはホットミルクを飲み干して言うと、自室に戻った。
大人しくギッシュを休ませるため、ベッドの近くの椅子に座っていたヴァネッサは、突然鳴ったチャイムに驚いた。サナンはヴァネッサの部屋でのんびりしていた。
慌てて玄関に向かい、ドアを開けた。
「こんにちは。ギッシュ君の経過を見にきたよ」
「あ、どうぞ。トサさんがきましたよ!」
ヴァネッサは言うと身体を退け、二階に上がりながら声を出した。
「いいところに住んでるね」
その言葉にヴァネッサは笑った。
「ここです。ギッシュさん、お邪魔でしたら、部屋にいってますけれど?」
自室に入りながらヴァネッサが尋ねた。
「構わない。さっさと診てくれ」
「じゃあ、遠慮なく」
トサは言いながら床に鞄をドンっと置き、必要なものを取り出し始めた。
その間にギッシュは掛布団をめくり、半袖を脱いだ。
「どうだ?」
「うん、完治とまではいかないけれど、悪化はしていないみたい。一週間後に顔を出して。それまでお風呂は入っちゃダメ」
「分かった。……終わったぞ」
ギッシュは半袖に袖を通しながら声を出した。
「お疲れ様でした」
ヴァネッサはトサに頭を下げた。
「いいのいいの。僕はこれで」
「じゃあな」
トサはふっと笑うと、家を出ていった。
「あいつの腕は確かだ」
トサがいなくなった部屋で、ギッシュが言った。
「裏稼業を始めたころから、診てもらっているんですか?」
「ああ。なんだかんだで、付き合いは長い」
ギッシュは苦笑した。
「そうですか。いろんな人に、協力してもらっているんですね。ちょっと、いえ、かなり安心しました」
ヴァネッサは安堵の笑みを浮かべた。
「安心?」
ギッシュは首をかしげた。