「手当てしてきたと言っても、痛々しいのは変わりませんしね」
「はは」
ギッシュは苦笑するしかない。
「嫌でも寝てもらうからね!」
「コーヒー飲んだら、寝れないだろうが。とりあえず、ここで大人しくしている」
怒った顔のサナンを見て、ギッシュが苦笑した。
「それで、どこを怪我して、どんな戦いだったのですか?」
ヴァネッサの問いに、ギッシュは簡単にあったことを説明した。
「いつも思うけど、本当に殺すしかなかったの?」
「そうだ。あんな地獄を目にして、普通の人間だったら生きていることすら難しい。終わらせてやるしか、ないんだ」
哀しそうな顔をしてギッシュが言った。
「ギッシュさん……」
そんな顔をしているギッシュを、ヴァネッサとサナンは見ていることしかできなかった。
怪我が完治したギッシュは男と家で話をしていた。
「
「金は?」
「ここに五百万ある。成功報酬も含んでる」
男は言いながら紙袋を置いた。
「確かに」
中身を確認したギッシュは低い声で言った。
「決行日の指定、できるか?」
「可能だが、なぜ?」
「その日にいけば分かる。明後日の夜で頼みたい」
「分かった」
ギッシュが答えると男が出ていった。
その後、金を仕舞い、ギッシュはヴァネッサとサナンにオーダー内容を告げた。
「気をつけていってきてくださいね」
「ああ」
ギッシュはうなずくと自室へ向かった。
「綺麗だな」
ギッシュは窓を開けて煙草を喫いながら、月を見上げて呟いた。
――どんな地獄だろうが、すべて背負って生きるしかないのは、きっと、とても哀しいことなんだろうな。
ふー、と息を吐きながら、ギッシュはそんなことを思っていた。
翌日の夜。決行の時間となったため、ギッシュはグレーの長袖とズボン、黒の靴下にコートを羽織り、刀を帯びて家を出た。
泰介の家へ向かうと、いったん部屋の明かりが消えた。
訝しげな顔をしていると、しばらくして電気が点き、拍手の音が少し聞こえてきた。
家族の誰かが、誕生日を迎えたのかもしれない。パーティをぶち壊せ、ということだったらしい。
ギッシュは溜息を吐くと、ドアを蹴破った。
そのまま土足で踏み入ると、慌てた様子の両親と鉢合わせた。
「貴様らにはここで死んでもらう」
ギッシュは刀を抜き、言い放った。
「急になに言ってんだ! 勝手に入ってきて!」
「混乱するのも分かるが、仕方ない」
ギッシュは満面の笑みを浮かべていた少年の背後を取ると、喉を斬り裂き、心臓を刺し貫いた。置いてあったケーキが鮮血に染め上げられた。
その様子を間近で見ていたまだ五歳くらいの男子は、固まって動けなくなっていた。
「に、逃げて!」
母親の叫びを聞いても、男子の身体は動かない。ただ、涙を流しているだけだ。
「無理だぞ? 大事な兄の死を受けて、なにが起こったのか分からないのだから」
ギッシュは言いながら骸から刀を引き抜く。
どさりと骸が倒れ、周りを鮮血が染め上げていく。
「え、え……?」
ギッシュは固まっている男子の後ろから、心臓を刺し貫いた。
肉を突き破った刀の切っ先を不思議そうに見つめて死んだ。
頬に返り血を浴びながら、ギッシュは骸から刀を引き抜いた。
「あああああ。子ども達が……」
「本当に子どもらを愛していたのだな」
ギッシュが冷めた目をして言った。
「当たり前じゃない! なんでこんなことをするの!」
「女の悲鳴ほど、うるさいものはない」
ギッシュは吐き捨てて距離を瞬時に詰めて、心臓を刺し貫いた。
「家族を殺して、ままま、満足か!」
「あ?」
ギッシュが振り返ると、震えながら包丁を手にしている男がいた。
「いったい、なにをしたって言うんだ!」
「推測だが、貴様らが普通に子を愛し、妻を愛している。それがどうしても、赦せない奴がいるんだよ」
鮮血の滴る刀の切っ先を、男に向けながらギッシュが言った。
「こんなふうに壊されたままで、黙っていられるわけがないだろう! おらああああっ!」
男は叫ぶと、隙だらけの動きで、包丁を左腕に突き刺してきた。勢いが強く、根元まで刺し込まれたが、ギッシュの表情は変わらない。
「おおお、お前はなんだ!?」
「……人間だよ。心は闇に喰わせてやった」
言いながら、右手に構えた刀で男の首を刎ねた。
この家にいた全員を殺し終え、ギッシュは右手で左腕に突き刺さっている包丁を抜き捨てた。
連絡を入れると、なにごともなかったかのような顔をして、立ち去った。
トサのクリニックに寄って、手当てを受けると家に帰った。
「帰ったぞ」
ギッシュはそれだけ言い、自室に引っ込んで着替えを始めた。
半袖と長ズボンを身に着けて、リビングへ。
「お帰りなさい、ギッシュさん」
ヴァネッサが言いながらマグカップを置いた。
「珍しいな、ココアか」
座って苦笑を浮かべた。
「疲れているときには、甘いものがいいですからね」
笑顔のヴァネッサを見つめて、ギッシュは笑みを深めた。
「今回は左腕だけだ。治るまで一週間かかるらしい」
右手でマグカップを持ち上げ、ココアを口に運んだ。
「貫通しているんですか?」
ヴァネッサが尋ねた。
「まあな」
ギッシュは表情を変えずに言った。
――本当に平気そうに見えてしまうから、本当に
ヴァネッサは思いながらも口には出さない。
「サナン?」
足をつつかれて気づいたヴァネッサが、サナンを抱き上げた。
「ちゃんと休んで!」
「分かったよ。飲んだら寝るから、お前達も早く寝ろよ」
それだけ言うとココアを一気に飲み干し、逃げるように自室へ向かった。