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死を軽んじる者《3》

「手当てしてきたと言っても、痛々しいのは変わりませんしね」

「はは」

 ギッシュは苦笑するしかない。

「嫌でも寝てもらうからね!」

「コーヒー飲んだら、寝れないだろうが。とりあえず、ここで大人しくしている」

 怒った顔のサナンを見て、ギッシュが苦笑した。

「それで、どこを怪我して、どんな戦いだったのですか?」

 ヴァネッサの問いに、ギッシュは簡単にあったことを説明した。

「いつも思うけど、本当に殺すしかなかったの?」

「そうだ。あんな地獄を目にして、普通の人間だったら生きていることすら難しい。終わらせてやるしか、ないんだ」

 哀しそうな顔をしてギッシュが言った。

「ギッシュさん……」

 そんな顔をしているギッシュを、ヴァネッサとサナンは見ていることしかできなかった。



 怪我が完治したギッシュは男と家で話をしていた。

泰介たいすけの家族全員を殺してほしい」

「金は?」

「ここに五百万ある。成功報酬も含んでる」

 男は言いながら紙袋を置いた。

「確かに」

 中身を確認したギッシュは低い声で言った。

「決行日の指定、できるか?」

「可能だが、なぜ?」

「その日にいけば分かる。明後日の夜で頼みたい」

「分かった」

 ギッシュが答えると男が出ていった。



 その後、金を仕舞い、ギッシュはヴァネッサとサナンにオーダー内容を告げた。

「気をつけていってきてくださいね」

「ああ」

 ギッシュはうなずくと自室へ向かった。


「綺麗だな」

 ギッシュは窓を開けて煙草を喫いながら、月を見上げて呟いた。

 ――どんな地獄だろうが、すべて背負って生きるしかないのは、きっと、とても哀しいことなんだろうな。

 ふー、と息を吐きながら、ギッシュはそんなことを思っていた。


 翌日の夜。決行の時間となったため、ギッシュはグレーの長袖とズボン、黒の靴下にコートを羽織り、刀を帯びて家を出た。

 泰介の家へ向かうと、いったん部屋の明かりが消えた。

 訝しげな顔をしていると、しばらくして電気が点き、拍手の音が少し聞こえてきた。

 家族の誰かが、誕生日を迎えたのかもしれない。パーティをぶち壊せ、ということだったらしい。

 ギッシュは溜息を吐くと、ドアを蹴破った。

 そのまま土足で踏み入ると、慌てた様子の両親と鉢合わせた。

「貴様らにはここで死んでもらう」

 ギッシュは刀を抜き、言い放った。

「急になに言ってんだ! 勝手に入ってきて!」

「混乱するのも分かるが、仕方ない」

 ギッシュは満面の笑みを浮かべていた少年の背後を取ると、喉を斬り裂き、心臓を刺し貫いた。置いてあったケーキが鮮血に染め上げられた。

 その様子を間近で見ていたまだ五歳くらいの男子は、固まって動けなくなっていた。

「に、逃げて!」

 母親の叫びを聞いても、男子の身体は動かない。ただ、涙を流しているだけだ。

「無理だぞ? 大事な兄の死を受けて、なにが起こったのか分からないのだから」

 ギッシュは言いながら骸から刀を引き抜く。

 どさりと骸が倒れ、周りを鮮血が染め上げていく。

「え、え……?」

 ギッシュは固まっている男子の後ろから、心臓を刺し貫いた。

 肉を突き破った刀の切っ先を不思議そうに見つめて死んだ。

 頬に返り血を浴びながら、ギッシュは骸から刀を引き抜いた。

「あああああ。子ども達が……」

「本当に子どもらを愛していたのだな」

 ギッシュが冷めた目をして言った。

「当たり前じゃない! なんでこんなことをするの!」

「女の悲鳴ほど、うるさいものはない」

 ギッシュは吐き捨てて距離を瞬時に詰めて、心臓を刺し貫いた。

「家族を殺して、ままま、満足か!」

「あ?」

 ギッシュが振り返ると、震えながら包丁を手にしている男がいた。

「いったい、なにをしたって言うんだ!」

「推測だが、貴様らが普通に子を愛し、妻を愛している。それがどうしても、赦せない奴がいるんだよ」

 鮮血の滴る刀の切っ先を、男に向けながらギッシュが言った。

「こんなふうに壊されたままで、黙っていられるわけがないだろう! おらああああっ!」

 男は叫ぶと、隙だらけの動きで、包丁を左腕に突き刺してきた。勢いが強く、根元まで刺し込まれたが、ギッシュの表情は変わらない。

「おおお、お前はなんだ!?」

「……人間だよ。心は闇に喰わせてやった」

 言いながら、右手に構えた刀で男の首を刎ねた。

 この家にいた全員を殺し終え、ギッシュは右手で左腕に突き刺さっている包丁を抜き捨てた。

 連絡を入れると、なにごともなかったかのような顔をして、立ち去った。


 トサのクリニックに寄って、手当てを受けると家に帰った。

「帰ったぞ」

 ギッシュはそれだけ言い、自室に引っ込んで着替えを始めた。

 半袖と長ズボンを身に着けて、リビングへ。

「お帰りなさい、ギッシュさん」

 ヴァネッサが言いながらマグカップを置いた。

「珍しいな、ココアか」

 座って苦笑を浮かべた。

「疲れているときには、甘いものがいいですからね」

 笑顔のヴァネッサを見つめて、ギッシュは笑みを深めた。

「今回は左腕だけだ。治るまで一週間かかるらしい」

 右手でマグカップを持ち上げ、ココアを口に運んだ。

「貫通しているんですか?」

 ヴァネッサが尋ねた。

「まあな」

 ギッシュは表情を変えずに言った。

 ――本当に平気そうに見えてしまうから、本当にたちが悪い。

 ヴァネッサは思いながらも口には出さない。

「サナン?」

 足をつつかれて気づいたヴァネッサが、サナンを抱き上げた。

「ちゃんと休んで!」

「分かったよ。飲んだら寝るから、お前達も早く寝ろよ」

 それだけ言うとココアを一気に飲み干し、逃げるように自室へ向かった。

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