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死を軽んじる者《2》

「そうでもしなければ、生きられなかっただけだ」

 ギッシュは吐き捨てると、話をしていた男の心臓を刀で刺し貫いた。

 鮮血を浴びてもなお、ギッシュは無言で、一人ずつ殺していった。

 左腕に新たな痛みが走った。

 視線を向けると、まだあどけなさの残る少年が睨んできた。

 ――哀れだな。こんなに幼い連中ですら、手を汚さなければ生きていけないのか。

 ギッシュは内心で思った。

 右手で剣の切っ先を握り、強引に曲げると、少年の腹を蹴り飛ばした。

 後ろに吹っ飛んだ少年との壁になるためか、男達が五人立ちはだかった。

 ギッシュは無言で、五人の首を次々に刎ねた。

 骸が倒れる中、先ほどの少年が突っ込んできた。

 剣で腹を刺し貫かれても、動じることなく、手早く命を奪った。

 骸を捨て、ギッシュが腹に刺さった剣を抜きながら振り返ると、男達がたじろいだ。

 二十人ほどを殺して、息を吐き出した。

 どれほどの人間を今宵殺したのか、ギッシュは考えないことにしていた。とにかく数は多いだろう、というくらいにしか思っていなかった。

 ようやく敵の気配が消えた。

 ――ここはもういいか。

 ギッシュは返り血を浴びたが気にもせず、次のフロアへと向かった。

 相変わらず大勢の男達がいた。

 一人ずつ殺して進むこと二十分ほどが経ち、全員を殺した。

 またも凄惨なフロアへと変えると、階段を上がった。

 三階に辿り着くと、人の気配がなかった。

 廊下と部屋があるだけだった。

 ――最奥だといいが。

 ギッシュは思いながら、ドアを蹴破った。

「なんなんだよ! お前!」

 中には怯える田辺がいた。

「まるで怯える子どもだな」

 ギッシュは鼻で嗤った。

「ううう、うるさい!」

「人の死を軽く考えている奴が、赦せないんだよ」

「はあ?」

「ったく。さっさと殺してやる」

 ギッシュが吐き捨てながら、刀をちらつかせた。

「あんたを殺して、生きてやる!」

「本当にバカな奴だな。愚かとしか言えん」

 ギッシュは呆れたように言った。

「自分さえよければ、それ以外のことはどうでもいいんだよ!」

「死から逃れられないからと言って、ここで吠えるな。うるさい」

 ギッシュは田辺が繰り出してきたナイフを右脇腹に受けつつ、心臓を刺し貫いた。

「この、人殺し……」

 それが田辺の最期の言葉だった。

 返り血をたっぷりと浴びたギッシュは、気配を感じて振り返った。

 そこには今回のオーダーをしてきた女がいた。

「こんな、こんな! 惨いやり方をするなんて、聞いてません!」

「あ? 今さら文句を言うんじゃねぇよ」

 ギッシュは顔を歪めて、右脇腹に刺さったナイフを右手で抜き、睨みつけた。

「ひっ! こんなに重い罪を背負って……生きるなんてできない!」

 女が叫んだ。

「だろうな。ならばこうしてやるよ」

 ギッシュは言いながら右手に持ったナイフで、女の心臓を刺し貫いた。

 全滅した根城を出ていった。

「俺はいったい、どれほどの罪を背負い続ければいいんだ?」

 ギッシュは呟いたが、答えは返ってこない。


 無言で歩き続け、トサのクリニックへ。

「幽霊みたいな顔して、こないでくれる?」

「そんな顔していたか?」

「死人みたいだった」

 ギッシュはその言葉に苦笑しつつ、診察室に入って、コートとシャツを脱いだ。

「あーあ。まったく酷い」

 トサは言いながら、手当てを進めた。

「完治まで三週間くらいかな」

 しばらくして、左腕と腹の手当てがすむと、トサが言った。

「分かった。そのころ、また顔を出す」

 ギッシュはそれだけ言うと、シャツとコートを羽織って、手袋を嵌めて右手を隠し、出ていった。



「帰ったぞ、着替えてくる」

 ギッシュはそれだけ言い、自室に引っ込んだ。


「っ……!」

 ギッシュは一人、激しい痛みに顔をしかめた。

 なんとか着替えをすませると、震える息を吐き出した。

 ギッシュは無表情を装い、リビングに戻った。


「お帰りなさい。コーヒーでいいですか?」

「ああ、頼む」

 ギッシュが椅子に座ると、サナンが駆け寄ってきた。

「なんだ?」

「大丈夫そうな、フリをしてるでしょ?」

 サナンが小声で言った。

「それのなにが悪い」

 ギッシュも小声で返す。

「コーヒーなんて寝ながらでも飲めるでしょ?」

「それはそうだが」

「手当てしてきたと思うけど、痛々しすぎるよ。ヴァネッサには言っておくから、休んで休んで」

 サナンが言いながら、脚に頭をぐいぐいと押しつけてきた。

「ったく」

 ギッシュは呟きながら頭を掻くと、立ち上がって自室に引っ込んだ。

 それを見送ったサナンは、ヴァネッサのところへ向かい、足を突っついた。

「どうしました?」

 ヴァネッサは手を止めて、サナンと視線が合うようにしゃがみこんだ。

「自分の部屋にいるって。コーヒー持っていってあげて」

「分かりました」

 ヴァネッサはうなずいてサナンの頭をそっと撫でてから、立ち上がって手を動かし始めた。

 しばらくして、お盆にコーヒーとココアをのせて、ヴァネッサはギッシュの部屋のドアをノックした。

「入りますよ?」

「ああ」

 その声を聞いて中に入ると、サナンもついてきた。

「ここに、置いておきますね」

 ヴァネッサはサイドテーブルにコーヒーの入ったマグカップを置いた。

「ん。サナンが休めと言って聞かなくてな」

 ギッシュは困ったような顔をした。

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