「そうでもしなければ、生きられなかっただけだ」
ギッシュは吐き捨てると、話をしていた男の心臓を刀で刺し貫いた。
鮮血を浴びてもなお、ギッシュは無言で、一人ずつ殺していった。
左腕に新たな痛みが走った。
視線を向けると、まだあどけなさの残る少年が睨んできた。
――哀れだな。こんなに幼い連中ですら、手を汚さなければ生きていけないのか。
ギッシュは内心で思った。
右手で剣の切っ先を握り、強引に曲げると、少年の腹を蹴り飛ばした。
後ろに吹っ飛んだ少年との壁になるためか、男達が五人立ちはだかった。
ギッシュは無言で、五人の首を次々に刎ねた。
骸が倒れる中、先ほどの少年が突っ込んできた。
剣で腹を刺し貫かれても、動じることなく、手早く命を奪った。
骸を捨て、ギッシュが腹に刺さった剣を抜きながら振り返ると、男達がたじろいだ。
二十人ほどを殺して、息を吐き出した。
どれほどの人間を今宵殺したのか、ギッシュは考えないことにしていた。とにかく数は多いだろう、というくらいにしか思っていなかった。
ようやく敵の気配が消えた。
――ここはもういいか。
ギッシュは返り血を浴びたが気にもせず、次のフロアへと向かった。
相変わらず大勢の男達がいた。
一人ずつ殺して進むこと二十分ほどが経ち、全員を殺した。
またも凄惨なフロアへと変えると、階段を上がった。
三階に辿り着くと、人の気配がなかった。
廊下と部屋があるだけだった。
――最奥だといいが。
ギッシュは思いながら、ドアを蹴破った。
「なんなんだよ! お前!」
中には怯える田辺がいた。
「まるで怯える子どもだな」
ギッシュは鼻で嗤った。
「ううう、うるさい!」
「人の死を軽く考えている奴が、赦せないんだよ」
「はあ?」
「ったく。さっさと殺してやる」
ギッシュが吐き捨てながら、刀をちらつかせた。
「あんたを殺して、生きてやる!」
「本当にバカな奴だな。愚かとしか言えん」
ギッシュは呆れたように言った。
「自分さえよければ、それ以外のことはどうでもいいんだよ!」
「死から逃れられないからと言って、ここで吠えるな。うるさい」
ギッシュは田辺が繰り出してきたナイフを右脇腹に受けつつ、心臓を刺し貫いた。
「この、人殺し……」
それが田辺の最期の言葉だった。
返り血をたっぷりと浴びたギッシュは、気配を感じて振り返った。
そこには今回のオーダーをしてきた女がいた。
「こんな、こんな! 惨いやり方をするなんて、聞いてません!」
「あ? 今さら文句を言うんじゃねぇよ」
ギッシュは顔を歪めて、右脇腹に刺さったナイフを右手で抜き、睨みつけた。
「ひっ! こんなに重い罪を背負って……生きるなんてできない!」
女が叫んだ。
「だろうな。ならばこうしてやるよ」
ギッシュは言いながら右手に持ったナイフで、女の心臓を刺し貫いた。
全滅した根城を出ていった。
「俺はいったい、どれほどの罪を背負い続ければいいんだ?」
ギッシュは呟いたが、答えは返ってこない。
無言で歩き続け、トサのクリニックへ。
「幽霊みたいな顔して、こないでくれる?」
「そんな顔していたか?」
「死人みたいだった」
ギッシュはその言葉に苦笑しつつ、診察室に入って、コートとシャツを脱いだ。
「あーあ。まったく酷い」
トサは言いながら、手当てを進めた。
「完治まで三週間くらいかな」
しばらくして、左腕と腹の手当てがすむと、トサが言った。
「分かった。そのころ、また顔を出す」
ギッシュはそれだけ言うと、シャツとコートを羽織って、手袋を嵌めて右手を隠し、出ていった。
「帰ったぞ、着替えてくる」
ギッシュはそれだけ言い、自室に引っ込んだ。
「っ……!」
ギッシュは一人、激しい痛みに顔をしかめた。
なんとか着替えをすませると、震える息を吐き出した。
ギッシュは無表情を装い、リビングに戻った。
「お帰りなさい。コーヒーでいいですか?」
「ああ、頼む」
ギッシュが椅子に座ると、サナンが駆け寄ってきた。
「なんだ?」
「大丈夫そうな、フリをしてるでしょ?」
サナンが小声で言った。
「それのなにが悪い」
ギッシュも小声で返す。
「コーヒーなんて寝ながらでも飲めるでしょ?」
「それはそうだが」
「手当てしてきたと思うけど、痛々しすぎるよ。ヴァネッサには言っておくから、休んで休んで」
サナンが言いながら、脚に頭をぐいぐいと押しつけてきた。
「ったく」
ギッシュは呟きながら頭を掻くと、立ち上がって自室に引っ込んだ。
それを見送ったサナンは、ヴァネッサのところへ向かい、足を突っついた。
「どうしました?」
ヴァネッサは手を止めて、サナンと視線が合うようにしゃがみこんだ。
「自分の部屋にいるって。コーヒー持っていってあげて」
「分かりました」
ヴァネッサはうなずいてサナンの頭をそっと撫でてから、立ち上がって手を動かし始めた。
しばらくして、お盆にコーヒーとココアをのせて、ヴァネッサはギッシュの部屋のドアをノックした。
「入りますよ?」
「ああ」
その声を聞いて中に入ると、サナンもついてきた。
「ここに、置いておきますね」
ヴァネッサはサイドテーブルにコーヒーの入ったマグカップを置いた。
「ん。サナンが休めと言って聞かなくてな」
ギッシュは困ったような顔をした。