それからしばらく経ち、ギッシュの怪我が治ったころ、一人の男が家を訪れていた。
オーダーをしたいという男を見ながら、ギッシュは訝しんでいた。
かなり、のほほんとしていたからだ。隠しきれない憎悪や苦しみを訴えてくる者が多いが、この男、そうではない。
「それで、誰を殺してほしいんだ?」
「そうだね、
のんびりお茶を飲みながら、男が言った。
「金は?」
「ここに。成功報酬も含めた百万円」
男は鞄から金の入った封筒を取り出して、テーブルに置いた。
「確かに。二度と、後悔しないか?」
ギッシュは中身を確認してから、男に尋ねた。
「しない。そうでなきゃ、ここにはいないよ」
「それもそうだな。決行は明日の夜」
「うん。お茶、ご馳走様」
男が出ていくのを見送り、ギッシュは自室の金庫に金を仕舞った。
「もういいぞ」
ギッシュが言いながら、ヴァネッサの部屋のドアを叩いた。
中からヴァネッサとサナンが出てきた。
「今回はのほほんとしている男からのオーダーだ。兄を殺してほしいんだと」
「なぜ、のほほんとしていたのでしょうか?」
ヴァネッサが首をかしげた。
「……分からん。本当に殺してほしいのか、最後まで怪しかったが。後悔しないと言っていたから、引き受けた」
「本心が知りたいですよね」
「ああ。仮面を剥いでやるさ」
ギッシュが冷笑しながら言った。
「ちゃんと、戻ってきてください」
「分かっている。喧嘩、するなよ?」
「しません!」
ギッシュはふっと笑うと、自室に引っ込んだ。
決行当日の夜。グレーのシャツとズボンを身に着け、刀を右腰に帯びてから、黒のフードつきのコートを羽織った。黒の革手袋を嵌め、家を出た。
目的の家に着くなり、ドアを蹴破った。
大きな音で、中にいる人間を表に呼び寄せた。
ギッシュの狙い通りに動いた五人の男女を睨みつけた。
オーダーしてきた男が叫んだ。
「あんたらには、ここで死んでもらう!」
「貴様らに拒否権はない。……命を、奪い取る」
ギッシュは冷ややかな声で告げた。
「……なんでなんだい? 時房」
沈黙を破ったのは、實だった。
「この際だから、はっきり言わせてもらう。あんたが憎い。ずっと、ずっと、知られないように隠してきた」
「それで?」
「それも限界ってこと。あんたはなんでも手に入れて、幸せになっている。そんな姿を間近で見ていて、もう憎くて憎くて」
「自らの手で、やろうとは思わなかったのか?」
實の声はあくまで静かだった。
「思ったよ。でも、殺せない可能性もあるから、オーダーしたんだ。こうすれば、確実に死ぬでしょう?」
時房は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「話は終わりか? 言っておくが、こいつの家族全員殺す」
「そうして? じゃないといろいろ困るから」
ギッシュは刀を抜いた。
「ままま、待ってくれ!」
立ち去ろうとした時房に、實が慌てて声をかけた。
「命乞いでもするわけ?」
振り返った時房は冷たい視線を向けた。
「今までのことは悪かった! どど、どうすれば、私達は生きられる?」
「ちゃんと聞いてた? 生きるなんて赦さないって言ってんの。あんたらは、気づくのが遅すぎた」
「お前の前にはもう姿を見せない! だから、命だけはっ!」
「ふざげるなっ!」
時房は叫んで、立ち去った。
「話を聞いて、最初は疑った。のほほんとしすぎていたからだ。今のが、本当の顔、なんだろうな」
ギッシュは左手に刀を持って、彼らとの距離を詰めた。
「なんで……?」
實が呟いた。
「さあな。ただ言えるのは、貴様らの目は節穴だった。ということだけだ」
ギッシュは言いながら、近くにいた子ども二人の首を刎ねた。
「子ども達まで!?」
「子どもに残酷な死を受け止めろというわけか? まともに生きられやしないと、なぜ分からない?」
「くっ……!」
右腕に返り血を浴びたギッシュが、冷たく睨みつけた。
「足掻かないのか。無慈悲に自分の命が奪われるというのに、恐怖で動けない。なにもできないわけか。恐怖も人が抗えないものの、ひとつだな。本当に、哀れだな」
ギッシュは言い放つと、實と妻の首を刎ねた。両腕に返り血を浴びたギッシュは、刀を鞘に仕舞い、回収屋に連絡を入れた。
しばらく歩いていると、曲がり角で時房が待っていた。
「全員殺した」
「それならよかった! これで、ようやく自由に生きられる! あんなバカな連中、死んで当然なんだ!」
時房は本気で喜んでいた。
「じゃあな」
ギッシュはそんな時房を冷ややかな目で見た後、帰路についた。
「帰ったぞ」
「怪我したんですよね?」
リビングにいたヴァネッサが駆け寄ってきた。
「今回はしなかったぞ。……着替える」
ギッシュはそれだけ告げると、自室に引っ込んだ。
「しなかったですって!?」
ヴァネッサは素っ頓狂な声を上げた。
「よかったね」
その様子を見ていたサナンが言った。
グレーの半袖と紺の長ズボンを着たギッシュが、リビングにやってきた。
「よかったら、どうぞ」
ヴァネッサは温かいコーヒーが入ったマグカップをテーブルに置いた。