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ブティックと鍛冶屋そして技師《2》

「俺だ」

 慌てて追い駆けたヴァネッサは、奥からあらわれた四十代くらいの恰幅かっぷくのいい女と視線がぶつかった。

「ギッシュちゃんじゃないの! なに、隣の子は恋人?」

「違う。ただの同居人だ。どれも使い物にはならんが、全部持ってきた。確認してくれ」

 ギッシュは背負っていた布袋を渡した。

「はいはい。本当に使えるところがないわね。使えそうでも、返り血浴びてて」

 確認をしているこの店の主、セーナが呟いた。

「悪い」

「あなたが謝ることないわよ。あたしは服を作ることでしか手伝えないのよね」

「それがかなり助かっている」

「嬉しいこと、言ってくれるじゃないの! あ、彼女、名前は?」

「ヴァネッサです」

「いい名前ね。どうして同居することになったの?」

「主食がバランス栄養食って聞いたので、健康に悪いと思ったんです。それにギッシュさんのこと、知りたいと思ったんです」

 ヴァネッサはぽつぽつと話し始めた。

「いい子ね」

「分かった分かった。三十着ほど頼めるか?」

 セーナの視線から逃れるように、顔を背けたギッシュが言った。

「二週間くらい時間もらうわよ? でき次第、家の方に郵送するから」

「分かった」

 ギッシュは言うとさっさと店を出ていってしまった。

「買い物したくなったら、いらっしゃい」

 こっそりとセーナが耳打ちをしてきた。

「はい」

 ヴァネッサが返事をすると、店の入口で待っているギッシュの背を追い駆けた。



「次はここだ」

 ギッシュはそれだけ言うと、刃物専門店の史郎しろうの中に入っていく。

 並ぶ刃物類を見ていると、奥から人が出てきた。

「お前さんか。刀の状態を見せてくれ」

 この店の主、史郎は七十代にして現役の鍛冶職人だ。

 ギッシュは無言で刀を鞘ごと抜いて、差し出した。

「ふうむ。刃こぼれひとつしていないし、劣化もしてねぇな。普通の刀じゃねぇ。めいからして、妖刀の域だよ」

 状態を確認した史郎が言いながら、鞘に仕舞って差し出してきた。

「そうか。これの銘はうしおぎり髑髏どくろと呼ばれている」

 ポカンとしているヴァネッサを見ながら、ギッシュは苦笑しつつ言った。

「また見せにこい。で、隣にいる嬢ちゃんは?」

「ヴァネッサです。ただの同居人です」

「恋人じゃねぇのか。けっ、こんなに可愛いのに」

 その言葉を受けたヴァネッサは顔を赤くした。

「またくる」

 ギッシュはまた苦笑して、二人は専門店を後にした。



「最後はここだ」

「ただの廃墟にしか見えませんよ?」

 不思議そうな顔をするヴァネッサを促して、中に入る。

 店というよりは飾られているものからして、アトリエのような印象を受けた。

「俺だ」

 店の奥から一人の男が出てきた。

「あんたか。そこにいるのは誰だ?」

「同居人のヴァネッサです」

 鋭い視線に怯えながら言った。

「そんなに怖がらなくていい」

 ギッシュがすかさず耳打ちをしてきた。

 と言っても、怖いものは怖い。

 困惑しているヴァネッサを見た技師のキリウは笑みを見せた。

「見た目ばっかりはどうにもならないんでな。悪かったな、嬢ちゃん」

「い、いえ」

「なんで同居人と一緒なのかは後で聞く。右腕、見せてくれ」

 キリウは言いながら、テーブルに道具箱を置いた。

 ギッシュはコートとグレーのシャツを脱いだ。

「また派手に怪我したみたいじゃねぇか」

 上半身に巻かれた包帯を見て、キリウが苦笑した。

「まあな」

「で、使い心地はどうだ?」

「とくに問題はない」

「ザサリル輝石で作っただけはあるな。本当に丈夫だし、傷もないのか」

 キリウは感嘆しつつ言うと、道具箱を仕舞った。

 ギッシュは着替えをすませて、黒の革手袋を嵌めた。

「それで、なにを聞きたいんだ?」

「あー、あんたらの出会いから、なんで同居してるのかとか?」

「全部じゃねぇか」

 ギッシュは思わず溜息を吐いた。

「別にいいだろー。話し相手もいないんだぞ、こっちは」

「しょうがねぇな」

 ギッシュは簡単に、ヴァネッサとの出会いを語って聞かせた。

「……ふうん。いい子じゃねぇの。なかなかいないぞ?」

「確かに。俺のことが知りたいと言っていたから、過去も話してある」

「……へえ。あの堅物がねえ」

「堅物は余計だ」

 ギロリとギッシュが睨んだ。

「じゃ、またしばらくしたらこいよ。次も嬢ちゃん連れてな!」

「だから、そう言うんじゃねぇ。……ったく、引っ込みやがった」

 ギッシュは溜息を吐くと、ヴァネッサを連れてその場を出た。



 帰宅すると、なにかのシルエットを見た気がして、ヴァネッサがきょとんとした。

「あれ? 今、なにかが通ったような気がしたんです」

「なにかってなんだよ」

 ギッシュが玄関に入ると、確かにそこに銀色の狐がいた。

「多分、この子です」

「ふうん。さっさと出てってくれねぇかな。って、おい!」

 狐はたたたっと、階段を駆け上がってしまった。

 ギッシュは溜息を吐いて、右手で頭をガリガリと掻くと、リビングへ向かった。

「この子、なんでついてきたんでしょう?」

 ヴァネッサはリビングに入るや、謎の狐と戯れながら首をかしげた。

「知らん。どこかのペットではなさそうだが」

 ギッシュは溜息を吐きながら、椅子に座って頬杖をついた。

「ギッシュ・キルロールとヴァネッサ」

 居住まいを正した狐が突然喋った。

「っ!?」

 二人の視線は狐に釘付けだ。

「名はサナン。とある方のつかいで、この人間界にやってきた」

「人間界か。まるで、人間界以外にも世界があるような口ぶりだな」

「天界のことはよく知らない。けれど、地獄は存在する。サナンは、そこをべる神の眷属けんぞくにして、案内役」

「案内役?」

 ギッシュが眉根を寄せた。

「そう。ギッシュが生まれてからずっと、その様子を見守ってきた。姿を見せたのは、誰よりも死の色が濃いギッシュを、近くで見守るため。それから、食べ物は要らない。それから、戦闘能力はない」

「神の眷属なのに、戦えないのか、お前。地獄か。本当にあるのなら、見てみたい気もするが。ここにい続ける気か?」

 その言葉を受けたサナンがうなずいた。

「可愛いですし、話し相手になってくれるかもしれません。ですよね、サナン?」

 ヴァネッサが言いながら手を差し出すと、頬を擦りつけた。

「まあ、いいか。というか、懐くの、早くないか?」

「え? そうですかね? でもお話しできて、害がないって分かったんですから、いいじゃないですか」

 ヴァネッサは嬉しそうに笑った。

「ただし、依頼人やほかの人間が顔を出したら、ヴァネッサの部屋にいけ。分かったな?」

 サナンはうなずいた。


「サナンがきたことで話が逸れたが、今日会った人達全員、裏稼業のことを知っている。その上で協力してもらっている」

「いつも、服とかどうしているのか気になっていたので、謎が解けました。ありがとうございます」

 ヴァネッサは言いながら頭を下げた。

「トサには、会ったんだよな?」

「はい!」

「今日は慣れないところばかりいったから、疲れたろ? 風呂すませて寝ろ」

「じゃあ、お先に入らせていただきます」

 ヴァネッサは自室から着替えを持ってきて言うと、風呂場へ向かった。

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