「どうしたんですか! ギッシュさん!?」
倒れた音で気づいたヴァネッサが、慌てて駆け寄った。
端正な顔には、疲れの色が濃く残っている。
困ったヴァネッサの耳に、ドアのチャイムが聞こえてきた。
「どなたですか?」
ヴァネッサは細くドアを開け、そうっと顔を覗かせた。
「僕だよ。あ、初めましてだね、ギッシュ君の傷を診ているトサって言うんだけど」
「どうしたんですか?」
ヴァネッサは驚いた。
「ギッシュ君の様子を見にきたんだけれど、いるよね?」
「それが……」
ヴァネッサが言いながら、ドアを開け放った。
「あー。意識失ってるね。見にきて正解だったよ」
トサは溜息混じりに言い、靴を脱いでからギッシュを背負った。
「彼の部屋まで案内してくれる?」
「はい!」
ヴァネッサは言いながら、刀を両手で持ち、階段を上がった。
トサはゆっくり確実に、階段を上がっていく。
ヴァネッサはその間に、ギッシュの部屋のドアを開けた。
トサは部屋に入って、ヴァネッサが掛布団を退かした。
「よいしょ。……これでよし」
コートを脱がせ、そのまま横たえた。
掛布団をかけると、ふうっと息を吐き出した。
「ありがとうございました!」
ヴァネッサは、刀を床に置いて礼を言った。
「全治二月。目が覚めたら、顔を出すように言っておいてね。とにかく今は、寝させてあげて。僕はこれで」
「はい!」
ヴァネッサがうなずいた。
トサが去った後、リビングに戻ったヴァネッサは、溜息を吐いた。
「まさか、意識を失うなんて……。いつもより帰りが遅かったですし。目が覚めたら、問い詰めないとですね」
ヴァネッサは呟くと、また溜息を吐いた。
ヴァネッサは一日に一度、ギッシュの部屋にいき、様子を見た。
それを繰り返すこと一週間が過ぎ、夜に顔を出した。
枕元までいくと、ギッシュが目を開けた。
「俺は……」
「ギッシュさん!」
「どのくらい……寝ていた?」
「一週間くらいです。それと、オーダーした方から、お金預かってます。持ってきますね」
ヴァネッサは言うと、すぐさま自室に戻り、封筒を持ってきた。
「そんなに寝ていたのか……」
「あ! 無理に起きないでくださいね! お金持ってきたので、ここに置いておきます」
ヴァネッサが言うとテーブルにそれを置いた。
「玄関で意識を失ったはずだが……?」
「トサさんがここまで運んでくれたんです」
「そうか」
ギッシュは傷が痛むのか、顔を歪めた。
「全治二月って言ってましたから、ゆっくり寝ててください。起きれるようになったら、なにか作りますし」
起き上がろうとするギッシュを止めて、ヴァネッサが言った。
「ん。悪いな」
「話すのが辛くなかったら、どうしてこんなに怪我をしたのか、聞かせてください」
声こそ静かだったものの、ヴァネッサは怒りを込めて言った。
「……分かったよ。オーダーの帰りに、警察の裏組織〝番人〟の五人衆と近くの公園で戦闘になった。幾ら存在を否定されても、もうなんとも思わない。奴らから聞いた話がどこまで正確かは分からないが、俺が潰した部隊のシステムを少し弄って使っているようでな。強者は幾らでも出てくるとのことだ。五人くらいでこの
ギッシュは溜息を吐きながら言った。
「この様じゃいけないですって? なにを言っているんですか! こんなに怪我して、意識まで失ったんですよ! どれだけ無茶をしたのか分かってます?」
ヴァネッサはキッと睨んだ。
「そこまで怒らなくてもいいだろ。まさか途中で意識を失うとは思っていなかった。血を流しすぎたんだろうな。しばらく動けないわけか……」
困ったと言いたげに、ギッシュは眉根を寄せた。
「怒りますよ! どれだけ心配したと思ってるんです!?」
「分かった分かった」
ギッシュは溜息を吐きながら言った。
「とにかく、安静にしててください」
ヴァネッサは頬を膨らませて言うと、部屋を出ていった。
それからさらに一週間が経ったある日の夜。
ベッドから起き上がれるようになったギッシュは、酒を呑んでいた。
その様子をかなり呆れたと言わんばかりに、ヴァネッサが眺めている。
「起きれるようになるなり、お酒って……。そんなに勢いよく呑まなくてもいいじゃないですか」
「喉が渇いていた。仕方がないだろう。それに」
「それに?」
「寝ているだけなど暇で仕方ない」
「気持ちは分かりますけれど、すぐに動けないんだから仕方ないでしょう? まだ痛みもあるでしょうし」
ヴァネッサが溜息混じりに言った。
「歩くくらいなら大丈夫なはず。明日の夜、一緒に出かけるぞ」
「分かりましたよ」
ヴァネッサは言うと空の缶を手に、部屋を出ていった。
翌日の夜、着替えをすませて刀を帯び、布袋を背負ったギッシュが、ゆっくりとリビングまで歩いてきた。
「大丈夫そうですね」
「いくぞ」
ヴァネッサはうなずくと、彼に続いた。
家を出て歩くこと十五分ほどで、とある店の看板が見えてきた。
「ブティック サノール……ですか?」
店の名を見たヴァネッサが首をかしげ、きょとんとしている。
それを見ながらも無視したギッシュは、店の中に入っていく。