目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
ブティックと鍛冶屋そして技師《1》

「どうしたんですか! ギッシュさん!?」

 倒れた音で気づいたヴァネッサが、慌てて駆け寄った。

 端正な顔には、疲れの色が濃く残っている。

 困ったヴァネッサの耳に、ドアのチャイムが聞こえてきた。

「どなたですか?」

 ヴァネッサは細くドアを開け、そうっと顔を覗かせた。

「僕だよ。あ、初めましてだね、ギッシュ君の傷を診ているトサって言うんだけど」

「どうしたんですか?」

 ヴァネッサは驚いた。

「ギッシュ君の様子を見にきたんだけれど、いるよね?」

「それが……」

 ヴァネッサが言いながら、ドアを開け放った。

「あー。意識失ってるね。見にきて正解だったよ」

 トサは溜息混じりに言い、靴を脱いでからギッシュを背負った。

「彼の部屋まで案内してくれる?」

「はい!」

 ヴァネッサは言いながら、刀を両手で持ち、階段を上がった。

 トサはゆっくり確実に、階段を上がっていく。

 ヴァネッサはその間に、ギッシュの部屋のドアを開けた。

 トサは部屋に入って、ヴァネッサが掛布団を退かした。

「よいしょ。……これでよし」

 コートを脱がせ、そのまま横たえた。

 掛布団をかけると、ふうっと息を吐き出した。

「ありがとうございました!」

 ヴァネッサは、刀を床に置いて礼を言った。

「全治二月。目が覚めたら、顔を出すように言っておいてね。とにかく今は、寝させてあげて。僕はこれで」

「はい!」

 ヴァネッサがうなずいた。



 トサが去った後、リビングに戻ったヴァネッサは、溜息を吐いた。

「まさか、意識を失うなんて……。いつもより帰りが遅かったですし。目が覚めたら、問い詰めないとですね」

 ヴァネッサは呟くと、また溜息を吐いた。



 ヴァネッサは一日に一度、ギッシュの部屋にいき、様子を見た。

 それを繰り返すこと一週間が過ぎ、夜に顔を出した。

 枕元までいくと、ギッシュが目を開けた。

「俺は……」

「ギッシュさん!」

「どのくらい……寝ていた?」

「一週間くらいです。それと、オーダーした方から、お金預かってます。持ってきますね」

 ヴァネッサは言うと、すぐさま自室に戻り、封筒を持ってきた。

「そんなに寝ていたのか……」

「あ! 無理に起きないでくださいね! お金持ってきたので、ここに置いておきます」

 ヴァネッサが言うとテーブルにそれを置いた。

「玄関で意識を失ったはずだが……?」

「トサさんがここまで運んでくれたんです」

「そうか」

 ギッシュは傷が痛むのか、顔を歪めた。

「全治二月って言ってましたから、ゆっくり寝ててください。起きれるようになったら、なにか作りますし」

 起き上がろうとするギッシュを止めて、ヴァネッサが言った。

「ん。悪いな」

「話すのが辛くなかったら、どうしてこんなに怪我をしたのか、聞かせてください」

 声こそ静かだったものの、ヴァネッサは怒りを込めて言った。

「……分かったよ。オーダーの帰りに、警察の裏組織〝番人〟の五人衆と近くの公園で戦闘になった。幾ら存在を否定されても、もうなんとも思わない。奴らから聞いた話がどこまで正確かは分からないが、俺が潰した部隊のシステムを少し弄って使っているようでな。強者は幾らでも出てくるとのことだ。五人くらいでこのざまじゃあ、いけないんだよ」

 ギッシュは溜息を吐きながら言った。

「この様じゃいけないですって? なにを言っているんですか! こんなに怪我して、意識まで失ったんですよ! どれだけ無茶をしたのか分かってます?」

 ヴァネッサはキッと睨んだ。

「そこまで怒らなくてもいいだろ。まさか途中で意識を失うとは思っていなかった。血を流しすぎたんだろうな。しばらく動けないわけか……」

 困ったと言いたげに、ギッシュは眉根を寄せた。

「怒りますよ! どれだけ心配したと思ってるんです!?」

「分かった分かった」

 ギッシュは溜息を吐きながら言った。

「とにかく、安静にしててください」

 ヴァネッサは頬を膨らませて言うと、部屋を出ていった。



 それからさらに一週間が経ったある日の夜。

 ベッドから起き上がれるようになったギッシュは、酒を呑んでいた。

 その様子をかなり呆れたと言わんばかりに、ヴァネッサが眺めている。

「起きれるようになるなり、お酒って……。そんなに勢いよく呑まなくてもいいじゃないですか」

「喉が渇いていた。仕方がないだろう。それに」

「それに?」

「寝ているだけなど暇で仕方ない」

「気持ちは分かりますけれど、すぐに動けないんだから仕方ないでしょう? まだ痛みもあるでしょうし」

 ヴァネッサが溜息混じりに言った。

「歩くくらいなら大丈夫なはず。明日の夜、一緒に出かけるぞ」

「分かりましたよ」

 ヴァネッサは言うと空の缶を手に、部屋を出ていった。

 翌日の夜、着替えをすませて刀を帯び、布袋を背負ったギッシュが、ゆっくりとリビングまで歩いてきた。

「大丈夫そうですね」

「いくぞ」

 ヴァネッサはうなずくと、彼に続いた。


 家を出て歩くこと十五分ほどで、とある店の看板が見えてきた。

「ブティック サノール……ですか?」

 店の名を見たヴァネッサが首をかしげ、きょとんとしている。

 それを見ながらも無視したギッシュは、店の中に入っていく。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?