「なかなか重いな。だが」
ギッシュは不敵に嗤うと、右腕を横に振り抜いた。続いてがら空きの腹に刀を突き立てた。
「ぐっ!」
ギッシュは刀をさらに深く刺し込んだ。
漣の顔がきつく歪む。
背中まで刺し貫いたのが分かると、ギッシュは刀を引き抜いた。
「まだ俺に向かってくる……か。この程度では、闘志が消えんわけか」
ギッシュは溜息を吐き、困ったような顔をした。
「当然じゃ!」
「強がりにしか見えん」
ギッシュはふらついている漣を、冷ややかな目で睨みつけた。
「傷ひとつつけられずに、死ぬわけにはいかぬ!」
漣は叫ぶと、狙い澄ました突きを繰り出してきた。
刀は右脇腹を刺し貫いた。
口端から鮮血が滴り落ちる中、ギッシュが冷笑を浮かべた。
「どれだけ人を殺してきたと、痛みを受けてきたと思っている? こんなの、枷にはならない。これから先、どれだけの強者が出てこようと、敵ならば殺すだけだ。情けなどかける気もない。そんな情、とっくの昔に斬り捨てた」
ギッシュが言いながら、柄に手をかけて、反発してきた力を押し返し、刀を引き抜いた。
「お主はいったい、何者じゃ!」
顔を歪めながら漣が叫んだ。
「何者か? そんなこと、どうでもいい」
ギッシュは吐き捨てた。
「こんなところで、なにもできずに殺されるわけにはいかぬ! お主さえ殺せればいいのだ!」
漣は叫び、斬りつけてきた。
胸から腹にかけ、斜めに斬りつけられた。
「俺がすべての元凶、と言いたげだな」
傷が増えても動じず、低い声で言った。
「お主が生きている。それが許せんだけだ!」
「それで俺の心を殺したつもりなら……甘いな」
ギッシュは冷たい声で言い、斬撃を放った。それは躱されてしまった。
狙いを定め、刀を振り抜こうとしたが、漣の刀に防がれた。
鍔迫り合いの状態になりながらも、一歩も引かず、ほんの少し力を抜いた。
疲れたのかと思った漣はチャンスだと思い、押し切ろうとしてきた。
ギッシュは右腕で刀を受け止め、空いた左手の刀をくるりと持ち替え、右肩を刺し貫いた。
「ぐああああっ! 死ぬ気は……なしか」
無造作に刀を引き抜くと、よろよろと後ずさった。漣は刺された右肩を押さえ、睨みつけてきた。
「ああ。貴様らの死を背負ってでも、生きなきゃいけないんでな」
ギッシュは言い放つと、鮮血の滴る刀を振り上げた。
「無念……!」
それが漣の最期の言葉だった。
心臓を刺し貫き、刀を引き抜く。
鮮血を殺ぎ落とし、鞘に仕舞った。
静まり返った公園を一瞥し、ギッシュは顔を歪めた。
「こりゃあ、酷いな」
無造作に転がる骸の数々を見ながら、溜息を吐いた。
公園の名前をメールすると、歩き出そうとしてその場に片膝をついた。
しばらく動きを止めてから、ゆっくりと立ち上がった。外れていたフードを被り直す。
ふらつきながら公園を出ていった。
トサのクリニックに着いたのは、午前十時ごろだった。
「手当てを……頼む」
言いながら、ギッシュがドアを開けた。
「っ……!」
トサはギッシュを見て言葉を失った。
着ているグレーのシャツが、鮮血で真っ赤に染まっていたからだ。
「大分、手間取った」
「それ以上喋っちゃダメ! ほら、早く奥へ!」
ギッシュはゆっくりと確実に、奥の部屋に向かって歩き出した。
なんとか辿り着いたのを見送ったトサは、必要なものをかき集めた。
ドアを蹴破る勢いで中に入ると、丸椅子にコートを脱いで座っているギッシュがいた。意識を保っているのがやっとだというのは、見れば分かった。血を流しすぎたのかもしれない。
「服は切っちゃうからね? じゃないと治療できないし」
ギッシュは焦点の合わない目をしていた。
――早く血を止めないと、意識を失うかもしれない。
そんなことを思いつつ、トサは服を切り、血だらけの上半身を見て、言葉を失った。
トサはせっせと、手を動かしながら、固まった血を落としていく。こびりついているものだけでも落としてから、胸と腹と脇腹、背中にガーゼをあてる。左腕の斬り傷と、深い刺し傷にもガーゼをあて、上半身を覆うように包帯を巻きつけた。端をきゅっと縛った。
左腕にも包帯を巻きつけると、端をきゅっと縛った。
「ん……」
ギッシュは呟くと、刀を杖代わりにしてゆらりと立ち上がった。
「歩ける?」
「意地でも歩く」
「全治二月だからね。治るまで、オーダーを受けないように!」
ギッシュがうなずくのを見て、トサは見送った。
フラフラしながら、なんとか家の前に辿り着くと、玄関で靴を脱ぎ、ばたりと倒れてしまった。