ギッシュは言いながら、男の心臓を刺し貫いた。
「死んでも、あんたを恨み続ける……」
それが最期の言葉だった。
「死者になった者はもう、なにもできやしないんだよ」
ギッシュは溜息混じりに吐き捨てた。
トサの許にいくのが嫌なギッシュは、家に戻った。
「応急処置を頼めるか?」
「……はい?」
ヴァネッサは傷を見て、唖然とした。
応急処置と言ったのが空耳ではないか、と思った。どう見ても重傷だ。
「医者へはいかん」
「……初めてなので慣れませんが、指示をお願いしますね」
ヴァネッサは、救急箱を手にして言った。
しばらくして、少し慣れない手つきで、止血を行った。
「ここまでできれば、十分だ」
ギッシュはボロボロになった服を手にして、自室に引っ込み、半袖を着てリビングに戻った。
「なんでそんなに怪我したんですか?」
「俺のことを恨んでいる、男から受けたものだ。俺を憎むだけならまだしも、家の前までこられたらさすがに困る。憎まれても仕方がない」
ギッシュが溜息混じりに言った。
「だからって、こんなに傷つけなくてもいいじゃないですか」
ヴァネッサが頬を膨らませた。
「そうかもしれないな」
ギッシュは苦笑した。
それから数日の間、ヴァネッサに医者にいくようにと何度も言われ続けた。
仕方なく、ギッシュはトサのクリニックに顔を出した。
半ば自棄でもあったのだが。
トサは止血も十分にできていないのを見て、血相を変えて奥の処置室に。
手当てを受けながらの、トサからお説教タイムの開始。
ギッシュはそれをほぼ聞き流して、次からはすぐくるようにすると言って、話を遮る。
次は七日後ね、と凄みのある笑顔で言われてしまい、ギッシュは苦笑することしかできなかった。
七日後、ギッシュは嫌そうな顔をしつつ、クリニックに顔を出した。
誰も好きでクリニックにくる人などいないだろう。
「よくきたね」
「仕方ないだろう」
ギッシュは言いながら奥の処置室に入り、上着などを脱ぐ。
手当てをしている間、トサが口を開く。
「手当てはちゃんとしておかないと。困るのは君自身なんだからさ」
「ちゃんと顔を出せばいいのだろう? 分かった分かった」
ギッシュは嫌そうな顔をしつつ、適当にうなずいておく。
手当てがすむと、片手を上げてクリニックを出た。
怪我が完治してから少し経ったある日、オーダーが舞い込んだ。
厄介な人を殺してほしいというものだった。
オーダーしてきた彼と話をして、前金をたっぷりと受け取った。
なんでも、隣人の騒音に困り果てているらしい。引っ越せよと思ったが、口にはしなかった。
夜になってから家を出て、問題のマンションの505号室のドアホンを鳴らした。
出てきたのは、二十代くらいの男。手にはギターを持っていた。
「なんの用?」
「それが、騒音の原因か?」
「楽しく弾いてるだけなんだけど?」
「音を小さくするとか、他にやりようがあるだろうに」
ギッシュは溜息混じりに愚痴り出した。
「あんた、なに言ってんの?」
「まったく、自分のことしか考えない奴ほど、どうしようもない」
ギッシュは溜息を吐きながら言うと、ギターを刀で両断した。
「はあああっ!? 弾くために
大事なギターを壊され、男は怒りをあらわにした。
「ああ、面倒なことこの上ない」
怒っている男を蹴り飛ばして、強引に土足のまま室内に入った。
「なにしにきたんだ!」
「貴様を殺しに」
「は?」
重大なことをサラッと言ってのけたギッシュを見つめ、男はポカンとした。
「弁償なんかしないし、貴様を殺したらさっさと出ていく」
「なんでか知らないけど、それを受け容れられるはずがないからな! 最期くらい、暴れさせてもらうっ!」
男はキッチンから出刃包丁を持ってくると構えた。
「勝手にしろ。少しくらいなら付き合ってやる」
「おらあああっ!」
男が包丁を握って突進してきた。
しばらくギッシュが躱し、男が攻撃を繰り出すやり取りが続いた。
「素人が。そんなんで当たるわけがないんだよ」
「躱すことしか、できねぇのかっ!」
「あ?」
その一言で頭にきたギッシュは、右腕で男の包丁を受け止めた。
「なっ! なんで、刺さらない!?」
「よく見てみろよ」
ギッシュは溜息混じりに言い、手袋を外してポケットに捻じ込んだ。
「義手!?」
男は素っ頓狂な声を出した。
「そういうわけだ。狙うなら、右腕以外にするといい」
刀の柄を握ると切っ先で男の身体を撫でた。
「っ!」
斬り傷が刻まれると同時に、鮮血が溢れ出した。
男はその場で転び、傷を見て茫然とした。
「傷は浅い」
「どこが!? 十分深手!」
「はあ、どいつもこいつも。血に、というか痛みに、耐性がないのか」
「あるわけないでしょ!」
男がパニックになりながら、言い返してきた。
「まったく。いかに自分が特殊かを思い知るよ」
ギッシュは溜息を吐いて、鮮血の滴る刀を構えた。
「ひっ! お前、いったい何者なんだよ!」
泣きながら男が叫んだ。
「〝冷酷な鬼神〟だが?」
「なっ……! 実在したのかっ! あんなの、ただの噂でしかないと思っていたのに!」