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恨み《2》

 ギッシュは言いながら、男の心臓を刺し貫いた。

「死んでも、あんたを恨み続ける……」

 それが最期の言葉だった。

「死者になった者はもう、なにもできやしないんだよ」

 ギッシュは溜息混じりに吐き捨てた。



 トサの許にいくのが嫌なギッシュは、家に戻った。

「応急処置を頼めるか?」

「……はい?」

 ヴァネッサは傷を見て、唖然とした。

 応急処置と言ったのが空耳ではないか、と思った。どう見ても重傷だ。

「医者へはいかん」

「……初めてなので慣れませんが、指示をお願いしますね」

 ヴァネッサは、救急箱を手にして言った。

 しばらくして、少し慣れない手つきで、止血を行った。

「ここまでできれば、十分だ」

 ギッシュはボロボロになった服を手にして、自室に引っ込み、半袖を着てリビングに戻った。


「なんでそんなに怪我したんですか?」

「俺のことを恨んでいる、男から受けたものだ。俺を憎むだけならまだしも、家の前までこられたらさすがに困る。憎まれても仕方がない」

 ギッシュが溜息混じりに言った。

「だからって、こんなに傷つけなくてもいいじゃないですか」

 ヴァネッサが頬を膨らませた。

「そうかもしれないな」

 ギッシュは苦笑した。



 それから数日の間、ヴァネッサに医者にいくようにと何度も言われ続けた。

 仕方なく、ギッシュはトサのクリニックに顔を出した。

 半ば自棄でもあったのだが。

 トサは止血も十分にできていないのを見て、血相を変えて奥の処置室に。

 手当てを受けながらの、トサからお説教タイムの開始。

 ギッシュはそれをほぼ聞き流して、次からはすぐくるようにすると言って、話を遮る。

 次は七日後ね、と凄みのある笑顔で言われてしまい、ギッシュは苦笑することしかできなかった。



 七日後、ギッシュは嫌そうな顔をしつつ、クリニックに顔を出した。

 誰も好きでクリニックにくる人などいないだろう。

「よくきたね」

「仕方ないだろう」

 ギッシュは言いながら奥の処置室に入り、上着などを脱ぐ。

 手当てをしている間、トサが口を開く。

「手当てはちゃんとしておかないと。困るのは君自身なんだからさ」

「ちゃんと顔を出せばいいのだろう? 分かった分かった」

 ギッシュは嫌そうな顔をしつつ、適当にうなずいておく。

 手当てがすむと、片手を上げてクリニックを出た。



 怪我が完治してから少し経ったある日、オーダーが舞い込んだ。

 厄介な人を殺してほしいというものだった。

 オーダーしてきた彼と話をして、前金をたっぷりと受け取った。

 なんでも、隣人の騒音に困り果てているらしい。引っ越せよと思ったが、口にはしなかった。


 夜になってから家を出て、問題のマンションの505号室のドアホンを鳴らした。

 出てきたのは、二十代くらいの男。手にはギターを持っていた。

「なんの用?」

「それが、騒音の原因か?」

「楽しく弾いてるだけなんだけど?」

「音を小さくするとか、他にやりようがあるだろうに」

 ギッシュは溜息混じりに愚痴り出した。

「あんた、なに言ってんの?」

「まったく、自分のことしか考えない奴ほど、どうしようもない」

 ギッシュは溜息を吐きながら言うと、ギターを刀で両断した。

「はあああっ!? 弾くためにいくらつぎ込んだと思ってんだよ! 弁償しろよ!」

 大事なギターを壊され、男は怒りをあらわにした。

「ああ、面倒なことこの上ない」

 怒っている男を蹴り飛ばして、強引に土足のまま室内に入った。

「なにしにきたんだ!」

「貴様を殺しに」

「は?」

 重大なことをサラッと言ってのけたギッシュを見つめ、男はポカンとした。

「弁償なんかしないし、貴様を殺したらさっさと出ていく」

「なんでか知らないけど、それを受け容れられるはずがないからな! 最期くらい、暴れさせてもらうっ!」

 男はキッチンから出刃包丁を持ってくると構えた。

「勝手にしろ。少しくらいなら付き合ってやる」

「おらあああっ!」

 男が包丁を握って突進してきた。

 しばらくギッシュが躱し、男が攻撃を繰り出すやり取りが続いた。

「素人が。そんなんで当たるわけがないんだよ」

「躱すことしか、できねぇのかっ!」

「あ?」

 その一言で頭にきたギッシュは、右腕で男の包丁を受け止めた。

「なっ! なんで、刺さらない!?」

「よく見てみろよ」

 ギッシュは溜息混じりに言い、手袋を外してポケットに捻じ込んだ。

「義手!?」

 男は素っ頓狂な声を出した。

「そういうわけだ。狙うなら、右腕以外にするといい」

 刀の柄を握ると切っ先で男の身体を撫でた。

「っ!」

 斬り傷が刻まれると同時に、鮮血が溢れ出した。

 男はその場で転び、傷を見て茫然とした。

「傷は浅い」

「どこが!? 十分深手!」

「はあ、どいつもこいつも。血に、というか痛みに、耐性がないのか」

「あるわけないでしょ!」

 男がパニックになりながら、言い返してきた。

「まったく。いかに自分が特殊かを思い知るよ」

 ギッシュは溜息を吐いて、鮮血の滴る刀を構えた。

「ひっ! お前、いったい何者なんだよ!」

 泣きながら男が叫んだ。

「〝冷酷な鬼神〟だが?」

「なっ……! 実在したのかっ! あんなの、ただの噂でしかないと思っていたのに!」

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