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恨み《1》

 それからしばらく経ったある日、すっかり怪我もよくなったギッシュは、家を見上げる男を見つけた。

「なんの用だ」

 冷たい声で尋ねると、男がこちらに視線を向けてきた。

「あんたが〝冷酷な鬼神〟?」

「そうだが」

「やっと、やっと、見つけた! あんたを殺しにきた」

 男が言いながら、折り畳み式のナイフを構えた。

「恨みでも買ったか? 俺と貴様は初対面だが」

「戦争で弟を、お前に殺された!」

「よほど大事な弟だったんだな。そして、バカな男だ。そんなナイフで、人を殺せるわけがないだろう。殺すなら……こういうものでも持ってきてから言え」

 ギッシュは言いながら、右腰に帯びていた刀を抜いた。

「なな、なんだよ! その刀!」

 男が怯え出した。

「一瞬でも見惚れてしまって、動揺しているようだな。せいぜい傷つけるくらいしかできん」

「うう、うるさいっ!」

 男は震える手でナイフを握って、突き出してきた。

 その様子を見たギッシュは溜息を吐きながら、刀を持ち替える。左腕にナイフを受けて、鮮血が溢れ出した。

「咎人になった気分はどうだ。人を傷つけた気分はどうだ」

 恐ろしいほど冷たく嗤い、ギッシュが言った。

「……お前を殺せる一歩に繋がるなら。何度だってやってやる!」

 ――憎しみでどれだけ哀しいことなのか、気づいていない……か。ま、ここで殺すがな。

 ギッシュはそんなことを思いながら、男の腹を蹴り飛ばした。

 男はそのまま近くの電柱に激突した。

 咳き込む男を見ながら、ギッシュは意識があること、そしてこちらに視線が向いていることを理解し、右手でナイフの柄を握った。

 突き刺さっているナイフを一息で抜き、投げ捨てた。

「貴様はここで死ぬ。あの世で弟と再会すればいい」

 鮮血が流れている左腕を見ながら、ギッシュが言った。

「なんで、なんでっ! 痛みがあるはずなのに、そんな顔をしているんだよ!」

「貴様に教えることではない。さっさとしろ、俺は暇じゃあない」

 男は捨てられたナイフをつかんで突き出してきた。

 腹に突き刺さり、男は強引にナイフに力を込めて、ざっくりと斬り裂いた。

 ギッシュは口端から鮮血を滴らせながらも、冷笑れいしょうを浮かべた。

「なら、これならっ!」

 男が叫んで、右腕に狙いを定め、ナイフを繰り出してきた。

 ――がきんっ!

「無駄だ」

「え?」

 予想していなかった硬い音を聞いて、男はきょとんとした。

「狙わなければよかったものを」

 ギッシュは溜息を吐いて、ナイフで切られた袖を、刀で切り捨て、手袋をポケットに押し込んだ。

「なっ……!」

 男はそれしか言えなかった。

 憎い相手が隻腕だと、夢にも思っていなかったようだ。

「義手なんて、そうそう見るもんじゃないんだな」

 ギッシュは呟くと、刀を握り直した。

「なんとしても殺す! おらあああっ!」

 男は心臓を狙ってナイフを繰り出してきた。

「さすがにその攻撃を受けるわけにはいかない」

 ギッシュは言いながら、右掌でナイフを受け止めた。

 男の顔が歪んだ。

「なら、そこ以外を狙うだけだ!」

 男は叫んでナイフを引き、右胸に突き刺した。

 ギッシュの口端から、新たな鮮血が零れ落ちた。それでも、不敵な笑みが消えない。

 男はその様子に怯えたのだろう。ナイフをさらに深く突き立てて、一息に抜いた。

 右胸の傷から鮮血が溢れ出した。

「どこを刺しても、変わらんぞ? やられっぱなしというのも、気分が悪い」

 ギッシュはぞっとするほどの冷笑を浮かべ、刀を振り下ろした。

 斬撃を喰らった男はよろよろと後ずさった。

「これくらいの痛み!」

「急所は外したが、かなりの傷だ。……強がりはよせ」

 ギッシュはぐいっと左手で、口端から滴る鮮血を拭った。

「こんなの、認めない! あだは目の前にいるんだからっ!」

 男は痛みを力に変えたのか、ナイフを手に突っ込んできた。

「警告はしたぞ」

 ギッシュは呟くと、男の右腕を斬り落とした。

「なっ! ぐあああああっ!」

 二度と動かない右腕を見つめて、男が叫んだ。

「うるさい。……俺の声など届いていないだろうが。貴様には、苦痛を味わってもらう。声を失うのは最後にしてやる」

 激しい痛みにのたうち回っている男に告げると、ギッシュは痛みから意識を引き剥がすため、顔すれすれに刀を突き立てた。

「ひっ!」

 脂汗をかいている男が、顔を青くした。

「俺を殺す……か。バカなことを。できないと分かっただろう? その身体ではもう、満足に動けまい。それに、憎むだけにしておけばよかったものを。そうすれば、己の死期を早めることもなかったはずだ」

 溜息混じりに言っているギッシュだが、目が据わっている。

「なんで、なんで。なにもできないんだよぉっ!」

 男が泣きながら叫んだ。

「なにもかもが、俺より劣っていた。それだけの話だ」

 ギッシュは言い捨てると、左腕を斬り落とした。

「ぎゃああああああっ!」

 男が叫んだ。

 ギッシュはうるさそうに顔をしかめた。

「さっさとしなければ」

 ギッシュは言い放つと、素早く両脚を斬り落とした。

 男がまた叫ぶ。

「痛いだろうな。喜べ、一撃で地獄に送ってやる」

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