目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
人として見做されない世界《3》

「国のために戦った。なのに、ボロボロになるまで使い古され、使えなくなったら捨てるわけか。本当に、道具としてしか見做していないのだな」

「あなたは一人の人間です! 誰かの道具じゃありません!」

 吐き捨てるような言葉を聞いた、看護師が叫んだ。

「だがな、俺は物心ついたときから、誰かの道具として生きてきた。今までどれだけの命を奪ったのか、分からないくらいには、殺し尽くしている。すべては、命令を遂行するためだった。情もなければ、迷いなんてなかった」

「あなたは、自分の人生を生きて、いいんです! あなたを縛るものはありません!」

 看護師が断言した。

「確かに。俺を縛るものはない。だがな、突然自由に生きろと言われても。困るんだよ」

 ギッシュは看護師を睨みつけた。

「ゆっくり考えていきましょう。ね?」

 ギッシュは溜息を吐いた。


 それからさらに二月ふたつきが過ぎ、ギッシュは身体を起こしていられるようになった。

 この日はある人がくるというので、身体を半身起こして待っていた。

「初めましてだな。技師のキリウだ。あんたの上腕義手を作ることになった。金の心配なら要らん。あんたの上官から、たっぷりとふんだくった」

「俺は……」

 ギッシュは言葉を詰まらせた。

「おれはな、腹が立ってんだよ」

「なぜ?」

 ギッシュが首をかしげた。

「物心ついたときから、ずっと人を殺すためだけに育てて。人以下の扱いを受けてきたんだろ。戦争が終わった途端、怪我したからって捨てやがって。一人の人間なのによ。あいつらは、人として最低の連中だ。あんたが上官を殺しにいくといっても、おれは止めねぇよ。それにあんたには生きてほしい」

 キリウのまっすぐな視線を受けて、ギッシュは驚いた。

 ――生きてほしい、なんて。初めて言われた。

「どうしてだ……?」

「誰かのために、すべてを犠牲にしたって、いいことなんてなにもねぇんだよ。分かってるだろ? ただ空っぽになった自分がいるだけだって」

「……っ」

 ギッシュは唇を噛んだ。

 なにも言えなかった。そのとおりなのかもしれないと思ってしまったから。

「あんたは一生をこんなところで、過ごして終わる人間じゃあねぇ。おれは、確信した。あんたのために、上腕義手を作りたいんだよ。それで、少しでも前に進めるってんなら、本望だ。こんなところで、くすぶってちゃいけねぇよ」

 ――なんでもいいから、前に進まなければ。

「分かった。……俺は戦いをやめることはきっとできないだろう。だから、丈夫な右腕がほしい。あと、メンテナンスをできるだけなくせるような感じのものを」

 ギッシュは低い声でオーダーを出した。

「ちょっと待ってくれ。それなら、ザサリル輝石製のものにしよう。イメージはこんな感じだが、どうだ?」

 キリウは手にしたスケッチブックに、上腕義手のイメージをサラッと描き出した。

「これは……!」

 ギッシュはすぐさまざっとした全体像を見せられて、驚いた。

「ついでに、腕の長さを測らせてくれ。歳は?」

「構わない。十八だ」

 キリウは立ち上がり、左腕にメジャーをあてる。

「十八か。ホント、その歳らしからぬ、身体をしているな」

 キリウは包帯の巻かれた左腕を見て言った。

「仕方ないんだよ」

 ギッシュは疲れ切った声で言った。

「大きさはあらかた分かった。重くなるかもしれんが、大丈夫か?」

「構わない」

 ギッシュは苦笑した。

「二週間でなんとかする。それまでここで待っていてくれ。頼むから、生きてくれよ。……ギッシュ」

 キリウの声に、ギッシュはうなずいた。

 そこまで言ったキリウは、病室を出ていった。



 それから二週間が経ち、右肩の傷はすっかりよくなった。

 キリウが重そうな箱を持って病室を訪れた。

「よいこらせっと。できたぞ」

 キリウはベッドの空いているところに箱を置いて、蓋を開けた。

 中にはザサリル輝石製の上腕義手が収まっていた。赤銅色をしていて、とても美しかった。

「これが……俺の右腕か」

「そうだ。傷は……治っているな。さっそく着けるぞ」

「頼む」

 ギッシュの声を聞いたキリウが、右肩に上腕義手を着けた。

 着ける瞬間、少し痛みがあった。

「ぴったりだな。外れることはないし、水や砂埃、雪や風にも強い。慣れるまでに時間がかかるだろうが、片腕だけの生活よりは遥かにマシなはずだ。動かしてみろ。なに、普通に左手を動かすのと同じだよ」

 困った顔をしたギッシュに、キリウが言った。

 ギッシュは義手を眺めながら、人差し指を曲げてみる。

 すると義手がその通りに動いた。ぎこちなくはあったが。

「左手と同じように使えるようになるまでは、かなりかかる。あんたの努力次第ってところだ。せめて、普段使いができるようになったら……上官を殺しにいけばいい」

 キリウが最後の言葉を耳打ちした。

「止められそうだがな」

 ギッシュが苦笑した。

「こんな奴らの制止、振り切れるだろ」

「そうかもしれないな。それから、感謝している。いいものを作ってくれて」

 ギッシュは頭を下げた。

「いいってことよ。たまには、顔を見せにこい。んで、話でもしようや」

 キリウが言いながら名刺を渡してきた。

「そうだな」

 ギッシュは右手で受け取った。

「使い始めたばかりでそれだけ動かせれば、普段使いもすぐに達成しそうじゃないか。じゃあな、あんたがどんな道を選んでも、構わねぇ。生き抜くことだけは、忘れるな」

「ああ。肝に銘じておく」

 キリウは空になった箱を持って、病室を出ていった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?