「国のために戦った。なのに、ボロボロになるまで使い古され、使えなくなったら捨てるわけか。本当に、道具としてしか見做していないのだな」
「あなたは一人の人間です! 誰かの道具じゃありません!」
吐き捨てるような言葉を聞いた、看護師が叫んだ。
「だがな、俺は物心ついたときから、誰かの道具として生きてきた。今までどれだけの命を奪ったのか、分からないくらいには、殺し尽くしている。すべては、命令を遂行するためだった。情もなければ、迷いなんてなかった」
「あなたは、自分の人生を生きて、いいんです! あなたを縛るものはありません!」
看護師が断言した。
「確かに。俺を縛るものはない。だがな、突然自由に生きろと言われても。困るんだよ」
ギッシュは看護師を睨みつけた。
「ゆっくり考えていきましょう。ね?」
ギッシュは溜息を吐いた。
それからさらに
この日はある人がくるというので、身体を半身起こして待っていた。
「初めましてだな。技師のキリウだ。あんたの上腕義手を作ることになった。金の心配なら要らん。あんたの上官から、たっぷりとふんだくった」
「俺は……」
ギッシュは言葉を詰まらせた。
「おれはな、腹が立ってんだよ」
「なぜ?」
ギッシュが首をかしげた。
「物心ついたときから、ずっと人を殺すためだけに育てて。人以下の扱いを受けてきたんだろ。戦争が終わった途端、怪我したからって捨てやがって。一人の人間なのによ。あいつらは、人として最低の連中だ。あんたが上官を殺しにいくといっても、おれは止めねぇよ。それにあんたには生きてほしい」
キリウのまっすぐな視線を受けて、ギッシュは驚いた。
――生きてほしい、なんて。初めて言われた。
「どうしてだ……?」
「誰かのために、すべてを犠牲にしたって、いいことなんてなにもねぇんだよ。分かってるだろ? ただ空っぽになった自分がいるだけだって」
「……っ」
ギッシュは唇を噛んだ。
なにも言えなかった。そのとおりなのかもしれないと思ってしまったから。
「あんたは一生をこんなところで、過ごして終わる人間じゃあねぇ。おれは、確信した。あんたのために、上腕義手を作りたいんだよ。それで、少しでも前に進めるってんなら、本望だ。こんなところで、
――なんでもいいから、前に進まなければ。
「分かった。……俺は戦いをやめることはきっとできないだろう。だから、丈夫な右腕がほしい。あと、メンテナンスをできるだけなくせるような感じのものを」
ギッシュは低い声でオーダーを出した。
「ちょっと待ってくれ。それなら、ザサリル輝石製のものにしよう。イメージはこんな感じだが、どうだ?」
キリウは手にしたスケッチブックに、上腕義手のイメージをサラッと描き出した。
「これは……!」
ギッシュはすぐさまざっとした全体像を見せられて、驚いた。
「ついでに、腕の長さを測らせてくれ。歳は?」
「構わない。十八だ」
キリウは立ち上がり、左腕にメジャーをあてる。
「十八か。ホント、その歳らしからぬ、身体をしているな」
キリウは包帯の巻かれた左腕を見て言った。
「仕方ないんだよ」
ギッシュは疲れ切った声で言った。
「大きさはあらかた分かった。重くなるかもしれんが、大丈夫か?」
「構わない」
ギッシュは苦笑した。
「二週間でなんとかする。それまでここで待っていてくれ。頼むから、生きてくれよ。……ギッシュ」
キリウの声に、ギッシュはうなずいた。
そこまで言ったキリウは、病室を出ていった。
それから二週間が経ち、右肩の傷はすっかりよくなった。
キリウが重そうな箱を持って病室を訪れた。
「よいこらせっと。できたぞ」
キリウはベッドの空いているところに箱を置いて、蓋を開けた。
中にはザサリル輝石製の上腕義手が収まっていた。赤銅色をしていて、とても美しかった。
「これが……俺の右腕か」
「そうだ。傷は……治っているな。さっそく着けるぞ」
「頼む」
ギッシュの声を聞いたキリウが、右肩に上腕義手を着けた。
着ける瞬間、少し痛みがあった。
「ぴったりだな。外れることはないし、水や砂埃、雪や風にも強い。慣れるまでに時間がかかるだろうが、片腕だけの生活よりは遥かにマシなはずだ。動かしてみろ。なに、普通に左手を動かすのと同じだよ」
困った顔をしたギッシュに、キリウが言った。
ギッシュは義手を眺めながら、人差し指を曲げてみる。
すると義手がその通りに動いた。ぎこちなくはあったが。
「左手と同じように使えるようになるまでは、かなりかかる。あんたの努力次第ってところだ。せめて、普段使いができるようになったら……上官を殺しにいけばいい」
キリウが最後の言葉を耳打ちした。
「止められそうだがな」
ギッシュが苦笑した。
「こんな奴らの制止、振り切れるだろ」
「そうかもしれないな。それから、感謝している。いいものを作ってくれて」
ギッシュは頭を下げた。
「いいってことよ。たまには、顔を見せにこい。んで、話でもしようや」
キリウが言いながら名刺を渡してきた。
「そうだな」
ギッシュは右手で受け取った。
「使い始めたばかりでそれだけ動かせれば、普段使いもすぐに達成しそうじゃないか。じゃあな、あんたがどんな道を選んでも、構わねぇ。生き抜くことだけは、忘れるな」
「ああ。肝に銘じておく」
キリウは空になった箱を持って、病室を出ていった。