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人として見做されない世界《2》

 そんな生活を送り続けて、三年の月日が流れていた。

 八歳になったギッシュは、いつものように上官の部屋に呼び出された。

「大阪で戦争が起こった。これの鎮圧に向けて、今から向かう」

「分かりました」

 ギッシュは硬い声で言い、上官とともに大阪へ向かった。


 近くの司令部に足を運んだ二人。

 上官はただ、ギッシュに敵を殺すようにと命令を下した。

 使い慣れたリヴォルバーと剣を手にして、ギッシュは一人、戦争のただ中に突っ込んでいった。それがギッシュの初陣であったのだが、誰よりも人の死に、命を奪うことに慣れていたためか、なんの抵抗も、躊躇ためらいもなかった。

 ギッシュは骸がゴロゴロと転がる戦場を駆けていた。左から武器を持った男が突っ込んできた。左手に構えていたリヴォルバーで男の槍を受け止めると、右手の剣で、男の心臓を刺し貫いた。続いて、右側から男が発砲してきた。それを躱し、リヴォルバーを構えて、男の頭を撃ち抜いた。

 ――心臓より、頭の方が楽か。

 ギッシュはそんなことを思いながら、歩き続けた。

 次々にあらわれる敵を一撃で仕留め、軍服が返り血に染まっていった。

 人を殺すことでしか、周囲に認められないと思っていた。誰よりも多く殺さなければ。そうでなければ、この戦争、こちら側が勝つことなどできない。

 ギッシュはそう思いながら、たった独りで誰よりも多くの人間を殺し続けた。一度司令部に戻り、状況の報告と、少しの水をもらい、再び戦場へ。

 そんなことを繰り返し続けて、いつの間にか十年もの歳月が流れていた。

 成長したギッシュは、水を飲んで、戦場に向かった。昼夜問わず、天気も気にせず、戦い続けていた。このころ、それなりにいた味方の兵士達は、全滅していた。殺されたか、過酷な環境に耐えられなかったのかもしれない。だが、そんなことギッシュはどうでもよかった。ギッシュは〝孤高の鬼神〟として、敵から恐れられていた。並外れた戦闘能力を持ち、軍の中で誰よりも人を殺し続けていたからだ。

 もう、十年近く人を殺し続けていたが、最期の顔と、断末魔が忘れられない。脳裏に焼きついて離れなかった。それを無視して、戦いに集中した。

 物陰で身体を休めていると、右側から突然男が剣を振り下ろしてきた。

 咄嗟に躱そうとしたが間に合わず、右腕を斬り落とされてしまった。

 動かない右腕がぼとりと地面に落ちた。

 ギッシュは痛みに顔をしかめるだけで、リヴォルバーを捨てた。

 動かない右腕を踏んで、剣を拾って構えた。

「ななな、なんで、冷静な顔をしているんだよ! 自分の腕を斬られたんだぞ!?」

「……だから、なんだ? 片腕が無くなった。それだけのことだろう」

 ギッシュは低い声で言った。

「こいつ! お前なんか、人間じゃない!」

 言いながら男が突っ込んできた。

「俺はただの道具。上官のために動くだけの、殺しに特化した人形のようなモノだ」

 その剣を受け止めて、ギッシュが言った。

「そんな奴、まともに生きられるわけがない!」

「黙れ」

 ギッシュは腹に蹴りを見舞うと、廃墟の壁に男が激突した。

 男が咳き込みながら、立ち上がった。

「片腕失っても、ほとんど問題なしか。忌々いまいましい」

「はっ。これくらいどうということはない」

 ギッシュは鼻で嗤った。

「じゃあ、これならどうだ? おいっ!」

 その声で十数人の男達が姿を見せた。

 ボロボロのくせに全員殺意の宿った目をしていた。

 そんな視線を浴びてもギッシュは動じず、剣を手に突っ込んだ。

 剣で攻撃を捌き、一人ずつ心臓を刺し貫いた。

 バタバタと骸が倒れていった。

 少しふらつきながらも、ギッシュは剣を握ったままだった。

 激しい痛みに顔をしかめながら、襲いかかってくる男達を一撃で殺していく。

 最後の一人を殺した瞬間、放送がかかった。

「鎮圧完了。国側の勝利」

「これで、終わりか」

 ギッシュはその放送を聞き、剣をつかんだまま、その場に倒れた。


 ギッシュが目覚めたのは、戦争が終わって一か月が経ったころだった。

 激しい痛みで目を覚ますと、ベッドの上にいた。

「意識が戻りました!」

 ぼんやりとした視界の中、誰かが言った。

「大丈夫かい?」

 徐々に視界がクリアになっていき、医師の顔が見えた。

「ここは、病院か……?」

 ギッシュは掠れた声で言った。

「そうだよ。君は大阪であった地上戦で右腕を失って、ここに運ばれてきたんだ。国側の兵士として生き残ったのは、君だけだ」

「……上、官、は?」

「君が目覚めたことは、連絡しておいたよ。大丈夫、彼は無事だ」

「よか……ぐうっ!」

 ギッシュは激しい痛みに顔を歪めた。

「処置はしたけれど、傷が塞がるまで時間がかかる。寝ていてね」

 ギッシュは顔を歪めながら、うなずいた。


 意識が回復してから三週間が経っても、ギッシュはベッドから起きれずにいた。もどかしかった。怪我をするとこんな気持ちになるのかと、思い知った。

 そんな中、看護師がギッシュ宛の手紙を渡してきた。

 書いてあったのはたった一言。〝お前はもう、必要ない〟

 その内容を理解して、悟った。

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