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人として見做されない世界《1》

「話がある」

 ギッシュが口を開いた。己の右腕を眺めながら。

「聞きますよ。あ、なら、飲み物用意しますね。なにがいいです?」

「缶ビール」

 ヴァネッサがうなずいて、冷蔵庫に向かった。

「じゃ、私はノンアルコールで」

「いつの間に」

 ギッシュは少し驚いた顔をして言った。

「買い物いったついでに、買っておいたんですよ。ほかのことにお金は使いませんし。それで、話ってなんです?」

 ヴァネッサが冷えた缶二本をテーブルに置いて、首をかしげた。


 * * *


 ギッシュは両親の顔を知らない。物心ついたときから、国お抱えの前線部隊にいた。そこで出会った同い年の少年達は、ギッシュと同じように、成長すれば、誰かの道具としての日々を送ることが、決まっていた。夜になると、人を殺すことが嫌なのか、泣く者も多くいた。そんな少年らは、翌日にはいなくなっていた。

 それからというもの、感情を素直に表に出す者はいなかった。ギッシュを含めたみなが、無表情になっていた。

 それから一年が経ち、人を殺す知識と、技術を身に着け、五歳となったギッシュと少年らは、上官を決められ、その下で動くようになった。

 異変があったのは、上官の下で動くようになって一週間が経った、ある日の夜だった。

 少年が叫んだ。あんな上官の指示を聞けない! と。他の少年達も同意して、日に日に抗議の声を上げようとしていた。ギッシュだけはそれを傍観しつつ、部屋を見張っている看守に、武器をくれ、彼らを殺すためにと言った。

 こっそりと、翌日看守から剣を受け取ったギッシュは、機会を窺っていた。

 その絶好の機会が訪れたのは、その日の夜だった。

 少年らが抗議を伝えるべく、廊下に出た瞬間、ギッシュが声を出した。

「待ってくれ」

「なんだ?」

「お前らがしようとしていることは、命令違反だ。上官に逆らうなど、もってのほかだ」

「お前は耐えられるのかよ!? 人間以下の扱いをされているのに! もうおれらは耐えられないんだ!」

「俺のことなんか、どうでもいい。だがな、命令違反を黙って見ているわけにはいかない」

 ギッシュは背中に隠していた剣をずるりと引き出すと、構えた。

「に、逃げろ! 上官一人だけでいい! この状況を伝えるんだ!」

 いっせいに、少年五人が逃げ出した。

「お前らさ、一緒に訓練してきたんだから、力の差ぐらい、分かっているだろ。俺より強い奴、いなかっただろうが」

 ギッシュは剣を繰り出した。

 リーダー格の少年の心臓を刺し貫いた。このとき、ギッシュは初めてその手で人の命を奪ったが、なんとも思わなかった。どさりと骸が倒れた。

 骸を踏み越えて、反乱分子の彼らをただ殺していった。

 それが終わった直後、ギッシュの上官が騒ぎを聞きつけたのか、顔を見にきた。

「なにがあった?」

「上官に逆らおうとしていた少年達、全員を殺しただけです」

「よくやった」

「指示に従わない道具などいらない。あなたの言葉を思い出しただけです」

 満足そうな笑みを浮かべた上官を冷ややかに見ながら、剣をその場に捨て、部屋に戻った。

 人以下の扱い。俺は道具なのだから、そうであったところでなんだというのだ。今さら、一人の人として見てくれ、などと望みはしない。

 翌日には、新顔の少年達が姿を見せた。彼らはギッシュのしたことを知っていたからか、とても怯えていた。

 仲間だろうと、命令に逆らった者を殺す。そんな噂が流れていた。事実なのだから、ギッシュはなんとも思わなかったが、それ以降、反旗をひるがえす者は誰もいなかった。

 だが、上官の命令をこなすことができず、ある日の晩、二人の少年が、その場で自殺した。ギッシュはなんとも思わなかったが、他の少年達はかなり動揺していた。

 いろんなところから代わりを集めてくるらしく、個々の能力に差がかなりあった。ある少年は訓練中に、上官の怒りを買ってその場で殺された。

 ギッシュ以外の少年達が毎日怯えながら過ごしていたが、それも限界を迎えたのだろう。一人、また一人と、自殺していった。上もただの子どもを連れてきてもすぐに壊れると理解したのか、代わりの道具を用意することはなくなっていた。その代わり、ギッシュに下される命令がかなり増えた。使い物になった道具が、ギッシュしかいなかったからだ。

 誰かを殺せ、という命令を聞き実行し続けたギッシュは、人の命の尊さを、すでに忘れていた。なんでもこなさなければ、誰からも必要とされない。そう理解していたからだ。

 上官はただ命令をするだけ。文字どおり、ギッシュは上官の手足として過ごしていた。

 それでも、たまに思い出してしまう。感情をあらわにして、本心を叫びながら、自分で殺した少年達と、自殺していった少年達の最期を。そんな彼らが口を揃えて言うのだ。人として生きたかっただけなのに、と。

 違和感を押し殺すように、ギッシュは考えることをやめた。命令を遂行する、それだけを頭に置いた。そしてその中で、ギッシュはいつの間にか、無意識のうちに、自分の感情を……殺していた。なにが起こっても、冷静でい続けたのだ。

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