ヴァネッサがいなくなると同時に、チャイムが鳴った。
疲弊しきった男が中に入ってきた。
「
玄関で話を聞くギッシュ。
「冷酷な鬼神からの条件はふたつ。ひとつは、対象者を殺しても構わない。後悔しないという強い意志。そして多額の金。これらが揃えられないのであれば、帰ってくれとしか言えない」
「殺してくれなきゃ、先に進めない! か、金ならあるっ!」
男は靴棚の上の台に、五十万をドンっと置いた。
「前金として五十万。成功報酬は?」
「同じ額を払う!」
「では、決行は一週間後の夜。その時間帯は家にいないように」
「わ、分かった!」
男は言うと、家を出ていった。
「終わったぞ」
ヴァネッサの部屋のドアを叩きながら、ギッシュが言った。
「それで、どんな内容だったんですか?」
「その前に、風呂入ってこい」
ヴァネッサが着替えを抱えていたのを見たため、ギッシュが微笑しながら言った。
「はい」
ヴァネッサは苦笑すると、バスルームに向かった。
手早くシャワーを浴びると、急いでリビングに戻った。
「急がなくてもよかったのに」
風呂上がりのヴァネッサを見ながら、ギッシュが苦笑した。
「お話聞かせてください」
「髪を乾かしてからだ。そんなに焦るな」
ギッシュはきっぱりと言った。
「むう」
頬を膨らませたヴァネッサは、髪を乾かしてから、椅子に座った。
「俺は殺しの依頼のことを〝オーダー〟と呼んでいる。今回は、妻を殺してほしいとの内容だった。疲弊しきっていた男からの話だが」
「離婚ですむわけではないんですね」
「そのようだ。俺なんかに頼ったって、いいことなんてひとつもないぞ」
ギッシュは溜息を吐きながら、右手で頭を掻いた。
「そうなんですかね?」
「ん?」
ギッシュが首をかしげた。
「私の推測ですが、どうにもならない状況にまで、追い込まれた人が辿り着くのが〝冷酷な鬼神〟なんじゃないんですか? 悪い状況を変えるために、最悪ともとれる手段を選ぶ……とかですかね」
「……追い込まれた人間の事情までは、首を突っ込まないからな。俺は殺すだけだ」
恐ろしいほど冷めた目で言ったギッシュを見つめたまま、ヴァネッサは固まってしまった。
それから一週間後、トサにオーダー禁止を解除され、一安心したギッシュは、夜になると支度を始めた。
グレーのシャツとズボンはそのままに、いったん手袋を外した。
あらわになった右手を見ながら、ひとつ息を吐いた。
右手の動きを見て、なんの問題もないことを確認した。
幾度となく、剣などを受け止めているのだが、傷ひとつないのには正直、驚いている。よほど硬いのかもしれなかった。
――水や砂埃にも強い。メンテナンスをする必要もない。本当に凄いものだな。
ギッシュはそんなことを思いながら、刀を右腰に帯びて、コートを羽織った。
最後に両手に革手袋を嵌め、息を吐き出すと、玄関に向かった。
「いってらっしゃい」
「ああ」
ギッシュはフードを被りながら、家を出た。
早足で歩くこと十分ほどで、対象者の家に辿り着いた。どうしたもんかと思ったギッシュは、ドアを足で蹴破った。
大きな音が響き、ドアが派手に壊れた。
中にはその音に怯える女が一人いた。
「都筑だな?」
「な、なにをしにきたの?」
「貴様を殺しにきた」
「下がって!」
鋭い声が響くと同時に、一人の男が割り込んできた。
男が短剣を繰り出してきた。
ギッシュは右腕で短剣を受け止めた。
――がきんっ!
「なっ! まさか、お前、ギッシュ・キルロール!?」
切れた服から覗く義手の一部を見た男が、驚愕した。
「どうして名を知っている?」
ギッシュが
「ぼくは、大分前に国の軍にいた。そこで聞いたんだ。〝孤高の鬼神〟と呼ばれる、誰よりも敵を殺している男がいると。軍の中でその名を知らない者はいなかった。ある日突然、行方知れずとなっていたはず。本当かどうかは知らないけれど、片腕を失って義手をつけられたとか……まさか、生きているなんて」
「噂程度のことは知っているわけか。右腕を失ってまでも戦い続け、こちら側の勝利を告げる
ギッシュは冷たい目をして言い放った。
「そんな奴が、こんなところで殺しをしているなんて。堕ちるところまで堕ちたのか」
「かもしれないな。俺は誰かを殺さなければならない。俺にはそれしかできないからな。無駄話はここまでだ」
ギッシュは鼻で嗤い、刀を抜いた。
「なっ……!」
男は刀身を見て目を見開いた。
「みな、そういう顔をする」
見飽きたと言わんばかりにギッシュが呟くと、右手で男の横っ腹を殴った。
「がはっ!」
男は右に吹っ飛ばされ、壁に激突した。咳き込みながら、男は立ち上がった。
「こんな女、守る価値などないだろうに」
「ぼくを倒したら好きにすれば?」
「そうさせてもらう」
ギッシュは言うと、男との距離を詰めた。
男が短剣を繰り出してきた。
右腕が何か所も斬り裂かれ、コートとシャツがボロボロになったが、互いに動きは止めない。
「その刀は