金ならある、と、ギッシュはヴァネッサに小声で告げた。
その言葉を聞いたヴァネッサは、三種類ほどお菓子を選んだ。
嬉しそうな顔をしているのを見たギッシュは、思わず苦笑した。
会計をすませると、ギッシュが米を持ち、ヴァネッサが買った商品をエコバックに詰めていった。
――あ、バスケットもあるのか。次に聞いてみようか。
ギッシュは思いながら、米を持って、ヴァネッサを見ながらスーパーを出た。
「誰かとお買い物って、意外と楽しいものですね!」
「俺はただ一緒にいただけだぞ」
「それがいいんです!」
ギッシュは首をかしげることしかできなかった。
二人はなんだかんだと話をしながら、帰宅した。
「米は、この中に入るだけ入れておくが、どこに置く?」
「冷蔵庫ですね」
「なぜ?」
「お米に虫が出るのを防ぐためですよ。アパートで暮らし始めてすぐに、棚で保管してたら、虫が出てしまって。捨てるの大変だったんで」
ヴァネッサが苦笑しながら言った。
「ん、分かった」
ギッシュは米と米びつを預かって、中身を移し始めた。
ギリギリぐらいまで移した後、米びつを持って二階にいき、ヴァネッサに渡した。
残った米も冷蔵庫に、という指示を聞いたギッシュは、その通りに動いた。
「冷蔵庫が大きくて助かりましたよ、ホント」
「デカいだけで、そんなに使うこともなかったんだが」
ギッシュは苦笑した。
「あなたの場合は、使いなさすぎです」
「はは」
ギッシュは声を出して笑った。
「声出して笑ったの、初めてですよね?」
聞いてきたヴァネッサの声はどこか嬉しそうだ。
「そうかもしれないな」
ギッシュは言うと、買ってきたものを一緒に仕舞った。
「ありがとうございました!」
それが終わるとヴァネッサが言った。
「大したことはしていない」
ギッシュは苦笑して言った。
「そういえば、裏稼業の方は、どうしたんです?」
「今はできないんだよ。お前を送り届けた後に、面倒な連中に絡まれて、怪我しててな。医者からしばらく禁止と言われてしまったんだよ」
「じゃあ、今日のところは、家にいるんですよね?」
「ああ」
「夕食、楽しみにしていてくださいね。お口に合えばいいのですが」
「分かった。なにかあったら呼んでくれ。部屋にいる」
ギッシュは言うと、自室に引っ込んだ。
グレーの半袖と紺の長ズボンに着替えて、窓を開けて煙草を喫いながら、ぼんやりとし続けること約二時間。
ノックの音で我に返った。
「ん?」
「ちょっと早いですけれど、夕食の準備が終わりました!」
「いこう」
ギッシュは言いながら煙草を灰皿に押しつけ、窓を閉めると、立ち上がった。
「これは……」
「初めてなので、頑張っちゃいました」
えへへとヴァネッサが笑った。
ダイニングテーブルの上には、炊き立てのご飯に具だくさんの味噌汁、刺身ののった大皿に、焼鮭、冷奴までついていた。
「大変だったろう?」
椅子に座りながら、ギッシュが尋ねた。
「大変だとは思ってないですね。それよりも、楽しかったです!」
「なら、いい。いただきます」
手を合わせて味噌汁を口に運んだ。
「美味い」
「よかったです! あ、お刺身は切ってあるのを買ったので」
食べながら、ヴァネッサが顔を綻ばせた。
「そうだったな。俺は食べ物にほぼ興味がないからな。こだわりもないし」
「好き嫌いがないのだけでも、かなり助かるんです」
「ふうん」
話を聞きながら、箸を動かす。
「とても、美味しそうに食べますよね」
「そうか?」
食べながら、ギッシュは首をかしげた。
「作って、よかったです」
ギッシュは箸を置いた。
「ありがとうな」
低い声で感謝の気持ちを口にした。
「好きでやっていることですから。後で教えていただけません? 洗濯物って部屋干しですか?」
「……そうか。ああ。リビングにある物干し竿に干してくれればいい」
「分かりました」
「あ、それと、ギッシュさん、お風呂入れるんです?」
「完治するまではダメだな」
「じゃ、入ったらお風呂洗っておきますね」
「悪いな」
「いいんです」
ヴァネッサは首を横に振った。
二人は時折話をしながら、夕食を平らげた。
「ご馳走様。美味かった。次も、楽しみにしている」
「よかったです! 頑張りますね!」
「無理はするなよ」
ヴァネッサはきょとんとしつつも、うなずいた。
「ギッシュさん、家だと半袖着てるんですね」
「ああ。こっちの方が楽だ。常に隠しておきたいわけでもないし」
ギッシュの言葉を受けたヴァネッサは苦笑した。
「ん。そろそろか」
「え?」
「人がくる。俺も手伝うから、さっさと片づけてしまおう」
ヴァネッサは洗い物を始め、ギッシュは空いた皿をさっさと下げ始めた。
「いったん部屋に戻っていてくれ。終わったら声をかける」
手早く片づけを終わらせると、ギッシュは告げた。
ヴァネッサはうなずくと自室に向かった。
それを見送ってから自室に引っ込んだギッシュは、コートと手袋を持ってきて、さっと義手を隠した。