目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
不思議な共同生活の始まり《3》

 金ならある、と、ギッシュはヴァネッサに小声で告げた。

 その言葉を聞いたヴァネッサは、三種類ほどお菓子を選んだ。

 嬉しそうな顔をしているのを見たギッシュは、思わず苦笑した。

 会計をすませると、ギッシュが米を持ち、ヴァネッサが買った商品をエコバックに詰めていった。

 ――あ、バスケットもあるのか。次に聞いてみようか。

 ギッシュは思いながら、米を持って、ヴァネッサを見ながらスーパーを出た。



「誰かとお買い物って、意外と楽しいものですね!」

「俺はただ一緒にいただけだぞ」

「それがいいんです!」

 ギッシュは首をかしげることしかできなかった。


 二人はなんだかんだと話をしながら、帰宅した。

「米は、この中に入るだけ入れておくが、どこに置く?」

「冷蔵庫ですね」

「なぜ?」

「お米に虫が出るのを防ぐためですよ。アパートで暮らし始めてすぐに、棚で保管してたら、虫が出てしまって。捨てるの大変だったんで」

 ヴァネッサが苦笑しながら言った。

「ん、分かった」

 ギッシュは米と米びつを預かって、中身を移し始めた。

 ギリギリぐらいまで移した後、米びつを持って二階にいき、ヴァネッサに渡した。

 残った米も冷蔵庫に、という指示を聞いたギッシュは、その通りに動いた。

「冷蔵庫が大きくて助かりましたよ、ホント」

「デカいだけで、そんなに使うこともなかったんだが」

 ギッシュは苦笑した。

「あなたの場合は、使いなさすぎです」

「はは」

 ギッシュは声を出して笑った。

「声出して笑ったの、初めてですよね?」

 聞いてきたヴァネッサの声はどこか嬉しそうだ。

「そうかもしれないな」

 ギッシュは言うと、買ってきたものを一緒に仕舞った。

「ありがとうございました!」

 それが終わるとヴァネッサが言った。

「大したことはしていない」

 ギッシュは苦笑して言った。

「そういえば、裏稼業の方は、どうしたんです?」

「今はできないんだよ。お前を送り届けた後に、面倒な連中に絡まれて、怪我しててな。医者からしばらく禁止と言われてしまったんだよ」

「じゃあ、今日のところは、家にいるんですよね?」

「ああ」

「夕食、楽しみにしていてくださいね。お口に合えばいいのですが」

「分かった。なにかあったら呼んでくれ。部屋にいる」

 ギッシュは言うと、自室に引っ込んだ。



 グレーの半袖と紺の長ズボンに着替えて、窓を開けて煙草を喫いながら、ぼんやりとし続けること約二時間。

 ノックの音で我に返った。

「ん?」

「ちょっと早いですけれど、夕食の準備が終わりました!」

「いこう」

 ギッシュは言いながら煙草を灰皿に押しつけ、窓を閉めると、立ち上がった。


「これは……」

「初めてなので、頑張っちゃいました」

 えへへとヴァネッサが笑った。

 ダイニングテーブルの上には、炊き立てのご飯に具だくさんの味噌汁、刺身ののった大皿に、焼鮭、冷奴までついていた。

「大変だったろう?」

 椅子に座りながら、ギッシュが尋ねた。

「大変だとは思ってないですね。それよりも、楽しかったです!」

「なら、いい。いただきます」

 手を合わせて味噌汁を口に運んだ。

「美味い」

「よかったです! あ、お刺身は切ってあるのを買ったので」

 食べながら、ヴァネッサが顔を綻ばせた。

「そうだったな。俺は食べ物にほぼ興味がないからな。こだわりもないし」

「好き嫌いがないのだけでも、かなり助かるんです」

「ふうん」

 話を聞きながら、箸を動かす。

「とても、美味しそうに食べますよね」

「そうか?」

 食べながら、ギッシュは首をかしげた。

「作って、よかったです」

 ギッシュは箸を置いた。

「ありがとうな」

 低い声で感謝の気持ちを口にした。

「好きでやっていることですから。後で教えていただけません? 洗濯物って部屋干しですか?」

「……そうか。ああ。リビングにある物干し竿に干してくれればいい」

「分かりました」

「あ、それと、ギッシュさん、お風呂入れるんです?」

「完治するまではダメだな」

「じゃ、入ったらお風呂洗っておきますね」

「悪いな」

「いいんです」

 ヴァネッサは首を横に振った。

 二人は時折話をしながら、夕食を平らげた。

「ご馳走様。美味かった。次も、楽しみにしている」

「よかったです! 頑張りますね!」

「無理はするなよ」

 ヴァネッサはきょとんとしつつも、うなずいた。

「ギッシュさん、家だと半袖着てるんですね」

「ああ。こっちの方が楽だ。常に隠しておきたいわけでもないし」

 ギッシュの言葉を受けたヴァネッサは苦笑した。


「ん。そろそろか」

「え?」

「人がくる。俺も手伝うから、さっさと片づけてしまおう」

 ヴァネッサは洗い物を始め、ギッシュは空いた皿をさっさと下げ始めた。

「いったん部屋に戻っていてくれ。終わったら声をかける」

 手早く片づけを終わらせると、ギッシュは告げた。

 ヴァネッサはうなずくと自室に向かった。

 それを見送ってから自室に引っ込んだギッシュは、コートと手袋を持ってきて、さっと義手を隠した。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?