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不思議な共同生活の始まり《2》

 長い間待たせてしまったというのに、ヴァネッサの声に怒りは感じられなかった。

「そらよ。ここが、リビングで、そっちがキッチン」

 ギッシュはキャリーケースを持ってくるなり、説明を始めた。

 玄関から入ってくると、手前にダイニングテーブルと椅子があり、その奥にキッチンがある。反対側には、大きめのソファと、それに合わせた高さのテーブル。大画面のテレビの下に、ブルーレイレコーダーが置かれている。割とシンプルな感じだった。

「右側が俺の部屋で、左の部屋は、こんな感じだ」

 ギッシュは言いながら、左のドアを開けた。

 六畳ほどの室内には、入ってすぐにクローゼットがふたつあり、部屋の奥にはベッドがあった。窓もあった。

 小さめのテーブルとクッションが置かれていた。このクッション、意外と可愛いものだった。

「掃除はしておいたし、ベッドの方も新品にしておいたが……。気に入ってもらえただろうか?」

 ギッシュが振り返って尋ねた。

「アパート暮らしのころは、こんなに広い部屋じゃなかったんで、とても嬉しいです! 大事に、使わせていただきます!」

 ヴァネッサが言いながら頭を下げた。

「よかった。荷解きが終わったら、声かけてくれ」

 ギッシュは言うと、自室に引っ込んだ。

 彼の部屋はというと、入った奥にクローゼットがあり、右奥にベッドがある。その傍らにはサイドテーブルが置かれている。家具の色はこの部屋だけで言えば、すべてダークブラウンで統一している。

 その真ん中には、高めのイスとテーブルがある。そこのテーブルにスマートフォンを置き、ギッシュは刀をクローゼットの隠し棚に仕舞い込んだ。

 返り血で汚れた服を布袋に突っ込んで、ふうっと息を吐き出した。

 着替えをすませると、窓辺に椅子を持っていき、年季の入った灰皿と煙草のケースを手にして、窓を開けた。

 なにか考えたいときや、落ち着きたいときに、よくこうして煙草をっている。

 ――これから、どうなっていくんだろうな。

 ヴァネッサを迎え入れたギッシュは、そんなことを思っていた。

 しばらく煙草を喫っていると、ノックの音で我に返った。

「どうした?」

 煙草を灰皿に押しつけながら、ギッシュが声を出した。

「荷解き、終わりました。少し、休憩でもしませんか?」

「ああ、そうしよう」

 ギッシュは窓を閉めて立ち上がった。



「冷蔵庫は……お酒しか入っていないじゃないですか」

 中を確認したヴァネッサが、苦笑した。

「まあな」

 椅子に座ったギッシュも苦笑した。

「後でいいんで、買い物、付き合ってもらえませんか?」

「いいぞ。休憩が終わり次第、いこうか」

「はいっ! あ、飲み物、なににします?」

「コーヒー、ブラックでいい」

「はい、先にコーヒーのブラック。私はココアでも」

 ヴァネッサが言いながら、コーヒーの入ったマグカップを置いて、キッチンに戻っていく。

 その様子を面白そうに眺めているギッシュ。

「どうしたんです?」

 しばらくすると、ココアの入ったマグカップを持ったヴァネッサが戻ってきて、首をかしげた。

「いや、なんでもない。……完全に忘れていた」

 ギッシュはマグカップを手に立ち上がり、リビングから続く廊下を見せた。

 奥の方には脱衣所と洗濯機があり、手前にはトイレへと続くドアがあった。

「分かりました!」

 ヴァネッサがうなずいた。



 それからしばらくして、休憩を終えた二人は、それぞれ自室に引っ込んで、身支度をすませると、玄関で落ち合った。


「なんで、武装するんですか?」

「出かけるときは、なにがあるか分からん。念のためだよ」

 ギッシュは苦笑して、ヴァネッサとともに家を出た。



 二人が向かったのは、歩いて十分ほどのスーパー。

 ギッシュはフードを目深に被った。

 それを見たヴァネッサは、よほど人に見られるのが嫌なのかもしれないと思った。

「ギッシュさん、夕食、なにがいいです?」

「食えれば、なんでもいい」

「好き嫌いとか、あります?」

「ない」

「じゃあ、和食にしましょうか」

「なに作るんだ」

 ギッシュは和食と聞いて、きょとんとした。

「帰ってからのお楽しみですよー」

 ヴァネッサが言うと、カートに入ったカゴに次々に材料を放り込んでいった。

「あ、お米、ありましたっけ?」

「多分、ない」

「じゃあ、買いましょう!」

 お米のコーナーまでいって、ヴァネッサが一つ選んで持ち上げようとする。

「俺が持つ」

 米を持たせるわけにはいかないと思ったからか、ギッシュが言った。

「じゃ、カートの下に」

「これでいいか?」

「はい! あ、じゃあ、米びつも買わないとですね」

「あー、米を保管するあれか?」

「そうです、あ、ありました!」

 中くらいの大きさの米びつを見つけて、ヴァネッサが駆け寄ってきた。

「あ、お菓子買いましょ! お菓子!」

 ヴァネッサは子どものように輝いた顔をして、お菓子コーナーにカートを押していった。

「あんな顔をしなくてもいいだろうが」

 ギッシュは溜息を吐きながら、追い駆けた。

「これとこれ! ……ダメですか?」

 子どものような振る舞いをしているヴァネッサが、ギッシュに視線を向けてきた。

「ダメとは言わんから、好きなの持ってこい」

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