男を殺し終えたギッシュが歩いていると、スマートフォンが鳴った。
見るとヴァネッサからのメールだった。目を通すと、コートのポケットにスマートフォンを入れた。
朝からなにも食べていないことを思い出したが、仕方ないと思い直した。
しばらく歩いていると、アパートの前で待つヴァネッサの姿があった。
「おはようございます」
落ち着いたダークレッドのキャリーケースを引いて、ヴァネッサが駆け寄ってきた。
「ああ。本当に、キャリーケース一個なんだな」
ギッシュは少し驚きながら言った。
「嘘は言いませんよ。管理人さんに誤解されちゃいましたけれど」
「誤解?」
歩きながらギッシュが尋ねた。
「恋人と同棲するのかって。違うって言ってきたんですけれど」
「そうか」
ギッシュは苦笑した。
二人は他愛のない会話をしながら歩いていると、家の前に着いた。
「誰かいるな。キャリーケースは玄関に置いて、さっさと上がれ」
「はい」
ヴァネッサは首をかしげながらも、玄関に入った。
「ついてこい」
ギッシュが言うと、二人の男がついてきた。
ギッシュは二人を
「それで、俺になんの用だ?」
紙袋を持った男が立ち上がり、ギッシュにここから離れるように目で告げた。
ギッシュは疑問に思いながら、その場を離れた。
「どういうことだ?」
遠目で待つ男の様子を見ながら、ギッシュが口を開いた。
「あいつを殺してほしい。金ならある」
男が言いながら紙袋を差し出してきた。
「冷酷な鬼神からの条件。それは対象者を殺しても構わない、という強い意志。そして、多額の金。これらが用意できないのであれば、帰ってもらおう。……全部で一千万か」
ギッシュが冷たい目で男を睨み、紙袋の中を覗いた。
「後悔なんかしない。前金も成功報酬も含んでいるから」
「いいだろう。せめて、そいつが死ぬのを見るまでは、預かっていろ。今渡されても、邪魔なだけだ」
「分かった」
「じゃ、始めよう」
小声で話を終えると、対象者の待っているベンチまで戻った。
「貴様はここで死んでもらう」
ギッシュが告げた。
「まさか〝冷酷な鬼神〟って!」
「俺のことだ」
ギッシュは言いながら、刀の柄を左手で握った。
「なんで、死ななきゃいけない!?」
「理由なんか、どうでもいいんだよ。貴様自身の過去を振り返るほかない」
「そそそ、そんなことを言われてもっ!」
叫びながら、男が逃げ出した。
「ま、死から逃げたくなるもんなんだろうが」
ギッシュは、盛大な溜息を吐いて追い駆けた。
手早く終わらせなければと思ったため、歩道に出た瞬間に、右脚を斬りつけた。
「ししし、死にたくないいい!」
痛む脚を引き
「無駄な足掻きはよせ。どうやったって、貴様は逃げられない」
ギッシュは冷たく言い、睨みつけた。
「ひっ! なんなんだよ、その目っ!」
「色が変わっているだけだろうが。そんなに怖いのか」
ギッシュは吐き捨てた。
「怖いに決まっているだろう!」
「なにも分からず、死の恐怖に怯える最期か。……哀れとしか言いようがない」
「あ、あ、警察っ! かかか、返せよっ!」
男が慌てて取り出したスマートフォンを取り上げ、刀で刺し貫いた。
使えなくなったスマートフォンが転がった。
「だだ、誰か、助けてくれ! 殺されそうなんだ! 〝冷酷な鬼神〟にっ!」
スマートフォンがダメなら、と思い通行人らに叫んだ男。
彼らは見て見ぬフリをして歩き去った。
「ななな、なんで……?」
「〝冷酷な鬼神〟という言葉を出した時点で、貴様の声は届かない。ただ、哀れに思うだけだ。目をつけられなければよかったのにと。助けるバカなど、いないんだよ。ほら、すべて封じてやるから」
ギッシュは手始めに、男の喉を刺し貫いた。
声が出せないことに気づいて、顔が一気に青ざめた。
口がぱくぱくと動くだけだ。
「貴様の地獄は、まだ始まったばかりだぞ」
ポカンとする男を呆れたように眺めながら、右腕と左腕を斬り落とした。
男がぱくぱくと口を動かした。
涙を浮かべた男は、死にたくないのか、首を横に振り始めた。
それを無視したギッシュは、右脚を斬り落とした。
新たな鮮血が飛び散った。
口の動きで分かる。痛いのだ。
これだけ斬られているのだから、当然といえばそうだが。満足に身体が動かせない。それを思い知っていることだろう。
「その顔も見飽きた。じゃあな」
ギッシュは言うと、男の心臓を刺し貫いた。
どさりと、骸が倒れた。よく見れば、泣いていた。
「終わったぞ」
「感謝している、ありがとう」
「礼など不要だ」
ギッシュが言うと、紙袋を渡した男は立ち去った。
ギッシュは骸の現在位置をメールした。
「まったく。イレギュラーなことが多すぎる」
溜息を吐きながら、自宅に戻った。預かった金は棚に偽装した金庫に収めた。
「今戻った」
ギッシュが言うと、ヴァネッサが二階から顔を覗かせた。
「お帰りなさい。……顔に血がついてますよ?」
「ちょっとな。これ持っていくから、待ってろ」
「はい!」