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不思議な共同生活の始まり《1》

 男を殺し終えたギッシュが歩いていると、スマートフォンが鳴った。

 見るとヴァネッサからのメールだった。目を通すと、コートのポケットにスマートフォンを入れた。

 朝からなにも食べていないことを思い出したが、仕方ないと思い直した。

 しばらく歩いていると、アパートの前で待つヴァネッサの姿があった。

「おはようございます」

 落ち着いたダークレッドのキャリーケースを引いて、ヴァネッサが駆け寄ってきた。

「ああ。本当に、キャリーケース一個なんだな」

 ギッシュは少し驚きながら言った。

「嘘は言いませんよ。管理人さんに誤解されちゃいましたけれど」

「誤解?」

 歩きながらギッシュが尋ねた。

「恋人と同棲するのかって。違うって言ってきたんですけれど」

「そうか」

 ギッシュは苦笑した。

 二人は他愛のない会話をしながら歩いていると、家の前に着いた。

「誰かいるな。キャリーケースは玄関に置いて、さっさと上がれ」

「はい」

 ヴァネッサは首をかしげながらも、玄関に入った。



「ついてこい」

 ギッシュが言うと、二人の男がついてきた。

 ギッシュは二人をひとのない公園に案内した。

「それで、俺になんの用だ?」

 紙袋を持った男が立ち上がり、ギッシュにここから離れるように目で告げた。

 ギッシュは疑問に思いながら、その場を離れた。

「どういうことだ?」

 遠目で待つ男の様子を見ながら、ギッシュが口を開いた。

「あいつを殺してほしい。金ならある」

 男が言いながら紙袋を差し出してきた。

「冷酷な鬼神からの条件。それは対象者を殺しても構わない、という強い意志。そして、多額の金。これらが用意できないのであれば、帰ってもらおう。……全部で一千万か」

 ギッシュが冷たい目で男を睨み、紙袋の中を覗いた。

「後悔なんかしない。前金も成功報酬も含んでいるから」

「いいだろう。せめて、そいつが死ぬのを見るまでは、預かっていろ。今渡されても、邪魔なだけだ」

「分かった」

「じゃ、始めよう」

 小声で話を終えると、対象者の待っているベンチまで戻った。



「貴様はここで死んでもらう」

 ギッシュが告げた。

「まさか〝冷酷な鬼神〟って!」

「俺のことだ」

 ギッシュは言いながら、刀の柄を左手で握った。

「なんで、死ななきゃいけない!?」

「理由なんか、どうでもいいんだよ。貴様自身の過去を振り返るほかない」

「そそそ、そんなことを言われてもっ!」

 叫びながら、男が逃げ出した。

「ま、死から逃げたくなるもんなんだろうが」

 ギッシュは、盛大な溜息を吐いて追い駆けた。

 手早く終わらせなければと思ったため、歩道に出た瞬間に、右脚を斬りつけた。

「ししし、死にたくないいい!」

 痛む脚を引きりながら、逃げようと地面を這った。

「無駄な足掻きはよせ。どうやったって、貴様は逃げられない」

 ギッシュは冷たく言い、睨みつけた。

「ひっ! なんなんだよ、その目っ!」

「色が変わっているだけだろうが。そんなに怖いのか」

 ギッシュは吐き捨てた。

「怖いに決まっているだろう!」

「なにも分からず、死の恐怖に怯える最期か。……哀れとしか言いようがない」

「あ、あ、警察っ! かかか、返せよっ!」

 男が慌てて取り出したスマートフォンを取り上げ、刀で刺し貫いた。

 使えなくなったスマートフォンが転がった。

「だだ、誰か、助けてくれ! 殺されそうなんだ! 〝冷酷な鬼神〟にっ!」

 スマートフォンがダメなら、と思い通行人らに叫んだ男。

 彼らは見て見ぬフリをして歩き去った。

「ななな、なんで……?」

「〝冷酷な鬼神〟という言葉を出した時点で、貴様の声は届かない。ただ、哀れに思うだけだ。目をつけられなければよかったのにと。助けるバカなど、いないんだよ。ほら、すべて封じてやるから」

 ギッシュは手始めに、男の喉を刺し貫いた。

 声が出せないことに気づいて、顔が一気に青ざめた。

 口がぱくぱくと動くだけだ。

「貴様の地獄は、まだ始まったばかりだぞ」

 ポカンとする男を呆れたように眺めながら、右腕と左腕を斬り落とした。

 男がぱくぱくと口を動かした。

 涙を浮かべた男は、死にたくないのか、首を横に振り始めた。

 それを無視したギッシュは、右脚を斬り落とした。

 新たな鮮血が飛び散った。

 口の動きで分かる。痛いのだ。

 これだけ斬られているのだから、当然といえばそうだが。満足に身体が動かせない。それを思い知っていることだろう。

「その顔も見飽きた。じゃあな」

 ギッシュは言うと、男の心臓を刺し貫いた。

 どさりと、骸が倒れた。よく見れば、泣いていた。


「終わったぞ」

「感謝している、ありがとう」

「礼など不要だ」

 ギッシュが言うと、紙袋を渡した男は立ち去った。

 ギッシュは骸の現在位置をメールした。

「まったく。イレギュラーなことが多すぎる」

 溜息を吐きながら、自宅に戻った。預かった金は棚に偽装した金庫に収めた。



「今戻った」

 ギッシュが言うと、ヴァネッサが二階から顔を覗かせた。

「お帰りなさい。……顔に血がついてますよ?」

「ちょっとな。これ持っていくから、待ってろ」

「はい!」

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