ギッシュは苦笑しながら、右手を動かした。
しばらく窓を開けていると、誰かの声がしたのでその方を眺める。
骸を片づけているのを見て、あの連中かと思いながら見守る。
間近で見るのは初めてだったため、無言でその様子を眺める。
――裏で死ぬ奴らは、俺が殺した奴だけではないってことだろうが。
そんなことを思いながら、ギッシュは窓を閉めた。
しばらくして、物音に気づいて武装して表に出たギッシュ。
そこにはひとつの骸が転がっていた。
「ははは! やった、やったぞ! こんな僕でもできた!」
鮮血で全身真っ赤に染まっている男が歓喜している。
それですべてを察したギッシュは、冷ややかな目で男を見つめる。
「はあ……」
ギッシュは盛大な溜息を吐く。
「あ?」
それに気づいた男が首をかしげる。
「その様子だと、そいつを殺すために、すべてをかなぐり捨ててきたのだろう? やっとの思いで、達成できたことを喜ぶのか。呆れてものも言えん」
冷ややかな声でギッシュは吐き捨てる。
「これにすべてを懸けて達成することのなにが悪い!?」
わけが分からないという顔をする男が叫ぶ。
「まったく。復讐に気を取られて、己の手を汚し、人の道に外れたことにも気づかない愚か者だとは……。貴様、人殺しだぞ?」
ギッシュはあえて、なんの飾りもない言葉を告げる。
「人殺しなんてこの世にたくさんいる! それが一人増えたところでなんだって言うんだ! 復讐を企てた時点で、僕は死んでるようなもの! 後悔なんかしてない!」
「狂った貴様は俺が殺してやるよ。その歓喜による興奮も、いつまで持つかな?」
冷然と嗤うギッシュに初めて恐怖を覚えた男は、震える手でナイフを握る。
「おらあああっ! ……なんでっ!?」
繰り出されたナイフを右手で防ぐ。
がきんっ! という硬い音と弾かれたことに驚愕する男。
斬りつけた手袋から覗くのは、赤銅色の義手。
「右腕にはなにをしても無駄だ」
ギッシュはコートを脱ぎ捨て、右腕を隠してる袖を斬り落とす。
「なっ!」
男はあらわれた義手を目にして、驚きを隠せないようだった。
「そんな顔、見飽きている」
ギッシュは冷ややかに言い放つ。
「そんなものつけられてまで、生きてる奴なんているんだな」
「はっ。俺にはなにを言っても無駄だぞ。大体なにを言うかは想像がつく」
ギッシュは一切動じない。
「なんでもいいや。とにかく、邪魔をするなら消えてくれっ!」
男は叫びながら、ナイフを振り下ろしてくる。
それを躱し、ギッシュは右手の拳を叩き込む。
遠慮のない一撃だったため、それをまともに喰らった男は、激しい痛みに呻く。
「他人の痛みを一切考えなかった結果だよ。貴様にはなにもかもが足りない。そもそも、壊れているからな」
ギッシュは非常に冷たい目で、男を見下ろす。
「壊れてなんか!」
「他人の命を奪っておいて、歓喜するなど、どこからどう見ても壊れている」
ギッシュは言いながら、刀を心臓に突き刺した。
「壊れてるのは、お前の……方だっ!」
それが男の最期の言葉だった。
「死にゆく者が。なにを言っても俺には届かねぇよ」
ギッシュは返り血に塗れた上着とズボンを一瞥し、コートを羽織った。
骸の現在位置を知らせると、何事もなかったかのように歩き出した。
そのころ、ヴァネッサは……。
身を布団から起こし、伸びをした。
凝りを解しながら、天井を見上げる。
分からないことがなによりも怖いことかもしれない。あの人はなんであんなにも寂しそうに見えるの?
昨日のギッシュの様子を見たヴァネッサは思う。
なんでもいいから、知るところから始めないと。
何も分からないよりかはマシ。
ヴァネッサは着替えをして荷造りをしたキャリーケースを持って、なんの思い入れのない部屋を出た。