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隠しきれなかった秘密《4》

 右手で受け止め、刀を振るった。

 首を斬られた男はそのまま骸となった。


 最後に殴られていた少年の許へ向かう。

 口に左手を近づけると、浅く速いがまだ息をしている。

「敵は片づけたが、少し遅かったか……。お前はどうしたい?」

 優しい声で少年に尋ねる。

「痛すぎるから……。死なせて……」

 少年は息も絶え絶えに言う。

 それはそうだとギッシュは思う。

「ならば、楽になるといい。一撃で終わらせる」

 ギッシュは哀れと思いつつも、刀をずるりと持ち上げて、少年の心臓を刺し貫く。

 刀を引き抜くと、どさりと骸が倒れる。

 ギッシュは骸の位置と状況だけ簡単に連絡を入れておき、その場を立ち去った。




 ギッシュが向かったのは煌々こうこうと明かりのついているクリニック。

「いるか?」

 出てきた中肉中背で白衣を身に纏った男――トサを見つめた。

「いなきゃ、出てこないよ」

 ギッシュはその言葉を受けて苦笑すると、診察室に入った。

 コートを脱ぐと、トサが首をかしげた。

「なんで、シャツ破れてるの?」

「俺に興味がある変わり者の女が訪ねてきてな。腕を見せるときに破いた」

「腕だけを見せるなら、その方がいいのかもしれないね」

 ギッシュはうなずくと、鮮血のついているシャツを脱いだ。

「あーもう。なんでこんなに怪我してくるの?」

「通りがかったチンピラ……だと思うが。そいつらが、俺の連れに手を出そうとしていたから、殺してきた」

 ギッシュが低い声で言った。

「それにしてもさ、傷だらけなの、分かっているでしょ?」

「……一応はな」

 ギッシュは自分の身体を見下ろして、呟いた。

 人間のわりには白い肌をしている。鮮血が零れ出している傷の周りには、深く傷つけられた古傷が身体を覆うようにびっしりとついていた。無秩序に、心臓に近い傷もある。古傷塗れの身体だった。

「手当てするから、じっとしてて」

 その声にギッシュがうなずいた。

 胸から腹にかけての斬り傷と、右胸と左胸の刺し傷、腹に二か所の刺し傷にガーゼをはると、背後に回って、貫かれているか確認をした。四か所の刺し傷が貫かれていて、背中にもガーゼをはった。それが終わると、上半身と背中を覆うように包帯を巻きつけて、端をきゅっと縛った。

「治るまで、一週間はかかるからね。大人しくしててよ。悪化させないように!」

「分かった、分かった」

 ギッシュは言いながら、シャツを着てコートを羽織ると、クリニックを後にした。

 治療代は要らないと、最初に出会ったころに言っていたからだ。

 なんだかんだで、二人の付き合いは長い。

 痛みに顔をしかめながら、ギッシュは夜道を歩いて、帰宅した。



 帰宅すると、ギッシュは自室に引っ込んだ。

 使い物にならない衣類をすべて布袋に詰め込み、その辺に放ってあったグレーの半袖と紺の長ズボンを身に着けると、ベッドに寝転がった。


 ――本当に、変わっているとしか言いようのない女だ。しばらく、裏稼業は禁止か。暇な時間が増えるが、あの女がくれば、少しは変わるのだろうか? それに、大した話はしていない。伏せていることはいくつかあるが、俺に興味なんぞ持った人間は、あいつが初めてだったな。いつか、いつかでいい。俺のすべてを話すというのも、悪くないかもしれない。ま、気が向けば、だが。

 天井に視線を投げる。

 ――しかし、屑はどこにでもいるな。殴られていた少年に対しては本当に運がなかったのかもしれない。あれだけの痛みに耐えられる者はそういない。死を、終わりを願っても仕方のないこと。むしろ当然とも言えるかもしれない。生き残れたとしても、記憶は生きている間ずっとあの少年の中でひたすら繰り返される。何度も何度も、他人に否定され、痛みを味わった過去は決して消えない。その過去を抱えて生きていくと覚悟を決めることが、少年にはできなかったのだろう。

 辛い道から逃れたいと思う人たちを多く見てきたギッシュにとっては、不可解でしかないのだが。

 理解もできないし、寄り添うなどできるはずもない。そう思うのか、と受け取ることしかできない。

 なにかを望み、叶えられたことがないギッシュにとっては不思議でしかないのだ。

 〝普通の人間〟がどのようなものなのか、いまだに分からずにいる。

 痛みを、辛さから、逃げることしかできないのではないかとしか思えないのだ。

 そんなものから完全に逃れられるはずがないと分かっているからこそ、ギッシュは逃げようとはしない。目の前に辛い道があったとしても、道はそこにしかないのだから、文句を言わず歩き続けるしかない。辛い道だから嫌、だとかもっと楽な道をとか、そんなことを考えることすらしない。

 ギッシュはそんなことを考えながら、寝返りを打った。



 明け方天井を睨んだ。

 ギッシュは不機嫌そうな顔をしている。

 どうも、昨日殺した少年のことが気がかりで。

 気分を変えようと窓を開ける。

 日の光を眩しく思いながら、ギッシュは右腕を眺める。つけられてかなり経つが、まるで自分の右腕のように馴染んでいる。

 ――まったくすごいもんを作るな。あの人は。

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