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隠しきれなかった秘密《2》

 ギッシュはそこで言葉を切り、コートを着て、手袋を嵌めた。

 ヴァネッサはなにも言えなかった。

「まあ、誰も思わないだろうさ。冷酷な鬼神が、隻腕だとは」

 沈黙を破るように、ギッシュが苦笑して言った。

「なぜ、私のその話を?」

 ヴァネッサは震える声で言った。

「勘と言ってしまえばそれまでなんだが。お前に話しても、大丈夫かもしれないと思っただけだ」

 ギッシュは微笑した。

「そう、ですか」

 言葉を返したヴァネッサだが、表情が硬い。

「一方的に言われても困るよな。悪い」

「い、いえ! 一人暮らしをしているんですね。あれ? あ、今隠しませんでした? 箱」

「よく見ているな」

 溜息を吐いたギッシュは、隠そうとした箱を見せた。

 でかでかと、バランス栄養食の文字が書いてあった。

「いつも、こんなもんしか食べてねぇな」

 ギッシュが言いながら苦笑した。

「もし、よければ、なんですけれど」

「なんだ?」

 ギッシュの視線がヴァネッサに向けられる。

「この家の家事、私に任せてもらえませんか?」

「なぜ?」

 ギッシュは驚きながら尋ねた。

「話してもらったお礼です。このことは誰にも言いません」

「大したことは話していないが。俺としては助かるが、本当にいいのか?」

「はい。あなたの話を聞かせていただければ。無理にとは言いません。話したくなるまで待ちますし」

「……分かった。いつからこれる? 部屋は空いているから、好きに使ってくれ」

 考え込んだギッシュは、結論を言った。

「明日にでもきますよ。管理人さんには言っておきますから」

「昨日のようになっても困るから、家の前まで送っていく。荷物も多いだろうから、明日、迎えにいく」

「キャリーケース一個で足りるんですけれど。でも、その方がいいかもしれませんね」

 ヴァネッサが苦笑したのを見ながら、ギッシュは言葉を続けた。

「今日はここまでにしよう。送っていく。……それと、俺の連絡先。ここに空メールを送ってくれ」

 ギッシュは自分のメールアドレスを表示させたスマートフォンを突き出した。

「はい!」

 ヴァネッサは慣れた手つきでスマートフォンを操作し、空メールを送った。

 互いにメールアドレスの登録を終えると、いつものように武装してから、歩き出した。

「電話番号は明日にでも。なにかあれば、連絡を入れてくれ」

「はい」

 歩きながらギッシュが言うと、ヴァネッサが返事をした。

 ヴァネッサが視線を上げると、古ぼけたアパートがあった。

「ここです。送ってくださってありがとうございました。じゃあ、また明日」



 ヴァネッサが中に入っていくのを見送った後、ギッシュはその場で身体を反転させた。

 ギッシュは夜目が利いているので、暗闇であっても姿を確認できる。

「俺になんの用だ」

 尋ねると、男二人が出てきた。

 短剣と剣を装備していて、下品な笑みを浮かべている。

「いい女がいたな」

「まったくだ。お前を殺せれば、好きにできるっ!」

 言いながら、短剣を持った男が突っ込んできた。

 ギッシュはその場に少し屈んで、男を左横に殴り飛ばした。

 吹っ飛ばされた男は近くの壁に激突し、気を失った。

「なにしてんだ! こいつっ!」

 もう一人の男が驚いている間に、ギッシュは刀を構えた。

「ななな、なんだよ! その刀っ!」

「なんでもいいだろう」

 怯え出した男との距離を詰めて、斬撃を放った。

 大袈裟な動きでかわされ、ギッシュは舌打ちをした。

 斬撃を連続で繰り出すと、いくつかが男の身体を傷つけた。

 いかんせん、浅い。

「大したことねぇな」

 男の一言に頭にきたギッシュは、斬撃を放とうとして、後ろを振り返った。

 いつの間にか回復していた短剣を持った男を狙い、刀を振るった。

「ぎゃあああっ! なんなんだよ、こいつー!」

 短剣の男はその場で逃げ惑った。

 その追いかけっこに飽きたギッシュは、最速で男に追いつき、右腕を斬り落とした。

「ぎゃあああああっ! 痛い痛い!」

 男がその場に座り込んでバタバタと暴れ始めた。

「怪我をしたくないのなら、俺を襲おうなんて思うんじゃねぇよ」

 ギッシュは溜息を吐いた。

「よくも!」

 剣を持った男が距離を詰めて振り下ろしてきた。

 ギッシュはそれを胸から腹に受けた。コートが斬られ、傷が刻まれ、鮮血が飛び散った。

「あんた、無敵じゃないんだな」

「それがなんだ?」

 ギッシュは鼻で嗤った。

「ここで死んでくれよっ!」

「まったく、斬られた衣服ってのはこんなにも邪魔なのか。……仕方ない」

 ギッシュは呟くと、両手に嵌めていた手袋をポケットにじ込んで、コートを脱ぎ捨てた。

「なっ!」

 男は声を上げた。あらわになった上腕義手を見つめて、固まってしまった。

「見せ物じゃねぇんだ。いつまでそんな顔をしている? 俺達は敵同士だぞ」

 その言葉で我に返った男は、鮮血の滴る剣と、落ちていた短剣を拾って襲いかかってきた。

 右手で短剣を受け止め、剣を刀で防いだ。

「想像以上に、硬いなっ!」

「そんな武器で斬れるほど、やわな造りはしていない」

 ギッシュは鼻で嗤った。

「今どき、片腕義手の奴なんて、初めて見たな。よく生きてられるよな」

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