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隠しきれなかった秘密《1》

 夜中、二人が通りを歩いていると、正体不明の男に襲われた。先に歩いていたギッシュに向かって、男が突っ込んできた。

「ここは俺がなんとかする! 走れ!」

「わわ、分かりました!」

 ヴァネッサはなにが起こったのか分からないまま、駆け出した。


 その背を見送ったギッシュは、目の前にいる殺気を放つ敵を睨みつけた。

「俺を殺す、か。こんなところで死ぬ気はないぞ」

 ギッシュは言いながら、刀を抜いた。

 てつこんの刀身を持ち、それ以外は黒の日本刀。忍び刀が何度もギッシュに迫る。

 その切っ先が右手の手袋を斬り裂いた。

 ギッシュは、使えなくなったそれを外し、ポケットに突っ込んだ。あらわれたのは、義手。赤銅色をしている。人の手の形をしていて、ちゃんと動かせる。戦闘用ということもあり、かなり丈夫に作られているが、重いのが難点だ。

「余計なことをしてくれたな」

 ギッシュは吐き捨てると、男の心臓を刺し貫いた。

 どさりと、骸が倒れた。おびただしい鮮血がアスファルトを染め上げていく。


 今の時間であれば、骸を蒐集する連中〝回収屋〟が殺した形跡を消し、骸を持ち去るだろう。彼らが動く時間帯は夜。ギッシュが〝冷酷な鬼神〟として動くのも同じ時間帯だ。

 ギッシュは殺しの依頼のことを〝オーダー〟と呼んでいる。オーダー内容を聞き、対象者を死に追いやる。ギッシュが行っている裏稼業だ。その中で出た骸を〝回収屋〟が持っていき、それぞれのマニアに分配する。たまに、昼間からの暗殺をしなければならないときもあるが、文句ひとつ言わずに回収していくから、時間帯は問わないのかもしれないと、ギッシュは思っていた。


 そんなことを考えながら、ギッシュはスマートフォンを取り出して、左手に持った。すらりと長い指を画面に滑らせながら、骸の現在地を送った。

 隠しようのない右手と返り血を一瞥して、ギッシュはなにごともなかったかのように、歩き出した。



「あのっ!」

 曲がり角で突然声をかけられた。

 驚きながら視線を向けると、ヴァネッサがいた。

「今の、見ていたのか。全部?」

「は、はい」

 ヴァネッサがうなずいた。

「お前の家、どっちだ?」

「あっちです」

 ヴァネッサについていくギッシュ。

「聞きたいことはいろいろあるだろうが、明日にしてくれ」

「え? またいってもいいんですか?」

「こうなってしまった以上、隠しきれるものでもないからな」

 ギッシュはあえて、右手で頭を掻いた。

 初めて義手を目にしたのだろう、かなり驚いていた。

「じゃあ、また明日」

 淋しくも見えたその背中を見送ったヴァネッサは、アパートの中に向かった。



「今の、彼氏?」

 聞いてきたのは、ここの管理人の女性。

「違いますよ。ただの知り合い……とも言いがたい人ですが」

「気になってるんだ?」

「恋愛感情はないです。ただ、とても淋しい人だなと思っただけです。失礼します」

 ヴァネッサはこれ以上聞かれるのが嫌で、話を切り上げると、部屋へ続く階段を上った。



 ワンルームに入ると、ヴァネッサは溜息を吐いた。

 見慣れたものに囲まれながら、布団に寝た。

 ――ギッシュ・キルロール。義手の男。なんであんなにも、淋しそうな、哀しげな雰囲気を放っていたのだろう。殺すことにも慣れているようだった。〝冷酷な鬼神〟が義手で、暗殺者だったなんて。平和な世の中になったのに、平然と人を殺し続けているのだとしたら。辛くて、苦しくて。どうにもならない葛藤だってあるはずなのに。分からないことが、なによりも恐ろしい。なんでもいいから、あの人のことを知りたい。

 ヴァネッサはそんなことを思っていた。



 ギッシュは歩きながら、突然あらわれたヴァネッサの様子を振り返った。

 ――どんな人なのか知りたくて会いにきた。変わっているとしか言いようがない。俺に興味を抱いた人間は、初めてだった。料理以外の家事しかできないしな。料理をする必要もなければ、自分のためだけに作るというのもバカらしい。食べられればなんだっていいしな。

 ギッシュは思わず苦笑した。



 翌朝、ギッシュが目を覚ました。ガラにもなく緊張しているのか、目覚めが早かった。

 グレーの半袖と紺の長ズボンという、部屋着からいつもの恰好かっこうに着替えた。バランス栄養食のスティックを二本食べて、ヴァネッサを待った。

 昼ごろに玄関のチャイムが鳴った。

 ヴァネッサを招き入れると、ギッシュは椅子に座った。

「昨日見たなら分かると思うが、俺は人殺しだ。関わっていると、ろくなことがないぞ」

 ギッシュは突き放すように言った。

「それでも、知りたいんです。その右手について」

 ギッシュは溜息を吐くと、コートを脱いで、グレーのシャツを右肩から破いた。

「っ!?」

 あらわれたのは、ザサリル輝石製の赤銅色の上腕義手である。

 ヴァネッサは驚愕した。手だけ義手なのかもしれないと思っていたのが、違ったからだ。

「見てのとおり、ザサリル輝石という金属で作られた上腕義手だ。俺は前に右腕を失ってな。代わりにつけられたのが、これだ。使いこなせるようになるまで、大分かかった。慣れると便利だぞ……というのは、半分冗談だが。見慣れていない人間には、少し酷かもしれないな」

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