オスロン家に関して云えば、それ以外にも、先ごろ真相が明らかになったことがある。
1週間前、国王と第二王子の快復と諸々の慰労を兼ねて、リリアンローゼとヴィクトルは、王城での晩餐会に招かれた。
国王夫妻と王太子、第二王子という現王家との晩餐の席で、オーレリアン殿下が教えてくれたのは、
「じつは当時、護衛騎士だったオスロン男爵が唯一、ウルリカ女王の誘惑を突っぱねていたよ。妻を裏切るような真似は絶対にしない、と云って、護衛騎士を辞したようだ」
愛妻家だった男爵の男気溢れる姿を見て、ウルリカ女王は『翠玉の耳飾り』を与えたという記録が、執事の業務日誌に残っていたという。
「それで終わっていれば良かったんだけどさ、いつものように執事や侍女が気を利かせて、模造品をこっそり宝物殿に保管したものだから……」
事件が余計、ややこしくなったというわけだ。
オスロン家の株が急上昇した晩餐会の夜だが、じつはもうひとつ、明らかにされたことがある。
それは、今、目の前で冷えたサングリアを飲んでいる、この男。
ヴィクトル・ユグナーの正体について。
「えっ、【黒狼】のギルドマスターと、ガルニア辺境伯が同一人物ですって⁉ しかも王弟の息子?!」
数々の戦場で功績をあげた英雄・ガルニア辺境伯は、鎧兜で全身武装して戦うことから素顔を見た者はほとんどいない。
凱旋パーティーなどでも、仮面で顔を隠しているため別名『ファントム辺境伯』とも呼ばれる謎に満ちた人物だ。
たしか、数百年ぶりに魔剣に選ばれたソードマスターだったはず。正式名は──
ヴィクトリアロス・リシャール・ガルニア
それが、まさか【黒狼】の粘着系ギルドマスターだったとは……
ユグナーの姓は母方の祖母のものらしく、それら衝撃の事実にリリアンローゼは、ヴィクトリアロス、オーレリアン、それから王太子カイロスを見比べる。
「従兄弟同士ということですか……」
きまり悪そうに頷いた三人。
その夜、せっかくの晩餐料理が、リリアンローゼはそれ以上、喉を通らなくなった。
ところが、その後もヴィクトリアロスは以前と変わらず「リリア~ン」と、王族とは思えない自由さと身軽さで、今夜のように頻繁に遊びにくる。
未婚の王族との関わり合いを、出来る限り避けていたリリアンローゼだったが、この男を避けて過ごす日々に限界を感じ、早々にあきらめた。
なぜなら、窓から侵入してくるのは王族であり、ソードマスターであり、ギルドマスターである。
どうしようもできない。
ただ、呼び方だけはこれまでどおり「ヴィクトル」か「マスター」、気分が良いときに限って「ヴィー」と呼んでいる。
本人から強い要望があったミドルネールの愛称「リシャ」は、王国内では婚約者か妻が呼ぶ慣例があるので、「絶対に無理」と丁重にお断りした。
冷たいサングリアで喉を潤したあと。
リリアンローゼとヴィクトルは、週末に赴く仮面舞踏会について話していた。
「ダーリン、いいかい。今回の設定なんだけど、俺とダーリンは、とある辺境国の公爵夫妻で、結婚3周年の御祝に、愛する妻へ〖セラフィム・ルビー〗を贈りたいという公爵たっての願いで、カラディナ皇国を訪れた──っていう、周囲が羨むほどに愛し合っている夫婦だ」
「その設定、必要?」
「必要不可欠だよ」
必要か、否かを話し合って数分後。
月光に照らされたヴィクトルの顔を見て、リリアンローゼは訊いた。
自分でも、唐突だったと思う。
ただ、前から一度、訊いてみたいとは思っていたのだ。
「ヴィー、貴方どうしてそんなに、わたしのことを愛しているの?」
涼しい夏の夜だったのに、首まで真っ赤にしたヴィクトル・ユグナーは、
「そ、それは……あの日……リリアンが……」
そこまで云いかけて、「ごめん!」と3階の窓から飛び降りた。
リリアンローゼが慌てて窓の外を見ると──
満月の下。
王都のメインストリートに連なる建物を、屋根づたいに軽やかに跳んでいくヴィクトルがいた。
「さすが、ギルドマスターにして、魔剣に選ばれたソードマスターね。身体能力が違うわ」
そう思っていたら、
「あっ、コケた。かなり、動揺させたみたいね。悪い女だったかしら」
でも、面白いからまた今度、唐突に訊いてみよう。
クスリと笑ったリリアンローゼは、ヴィクトルの背中が夜の闇に消えるまで、窓辺に立っていた。
【 女王の耳飾り・完 】