オークションの夜から数日後。
王都セレスにある大国セレスタインの壮麗な王城は、初夏の陽射しに照らされていた。
その陽射しがまったく届かない、軍部の地下室に集まっているのは、国王、第二王子、エリク伯爵、その娘であるリリアンローゼと【黒狼】のギルドマスターだった。
一同が沈痛な面持ちで見下ろしているのは、軍議用の円卓テーブルの上いっぱいに広げられた色とりどりの宝石の数々。
円卓の宝石を左右に分けたリリアンローゼは、
「右側が本物、左側が偽物です」
隣国の闇オークションで落札した真贋結果を報告した。
「これがすべて、セレスタン王家所有の宝石だというのか……勘弁してくれ」
国王カールは、へなへなと円卓に突っ伏し、そのとなりではオーレリアンが、「アハハ」と渇いた笑いを響かせている。
詳しい話ができるまで、これはしばらく時間がかかりそうだと、国王と王子が落ち着きを取り戻すのを待つ間。
闇オークションでの出来事を、リリアンローゼは思い返していた。
衝撃的の事実を知った一夜。
商家の富豪夫婦という設定で挑んだオークション会場で、リリアンローゼとヴィクトルは、藍玉が輝く『亡き女王の耳飾り』を無事落札した。
オークションが終了し、会場をあとにしようとしたとき。ふたりに話しかけてきたのは、闇オークションのオーナーを名乗る男だった。
「恐れ入りますが、もしやセレスタイン王国の宝飾品に関心がおありでしょうか? それなら別室に──」
今回は出品を見送った商品がある、という誘いを受けた。
片眉をあげたヴィクトルは、リリアンローゼの腰を抱き寄せると、わざとらしく云った。
「たしかに、セレスタンの宝飾品に興味はあるけれど、僕のダーリンが欲しがるような品はあるのかな。そこらへんの貴族が所有していたものでは、僕のダーリンは満足しない。そうだな、王家が所有していたような宝石があるなら見てみる価値はありそうだけど。たとえば、今回落札した『耳飾り』のような品が」
「ございます! 是非ともお目にかけたい品が複数ございます!」
別室に向かう途中、ヴィクトルが耳打ちしてきた。
「ダーリン、聞いて。あの
あちらの方からやってきた口留め相手に、もしかして潜入していることがバレたかな、と心配になったリリアンローゼだったが、別室についてすぐ取り越し苦労だったとわかった。
なぜなら
「大富豪のご夫妻と見込んで、特別価格にてご提供いたします。こちらはすべて、200年ほど前のセレスタイン王家が所有していた宝飾品になります。まとめてご購入していただけるのあれば……」
並んだ宝飾品にチラリと向けたリリアンローゼの眼には、本物と偽物が混在しているのがわかったが、「まとめてとなると」とヴィクトルが迷うそぶりを見せると、
「さすが、商売上手ですね。それなら……これでは?」
何度目かの値段提示で、すぐに半値になった。
「もう、これ以上は無理です」
「こちらの商品がセレスタイン王家の所有物であったということは、どうか内密に願います。我々も取引記録は残しませんので、会場を出たあとは、今夜のことはお忘れください」
なんとも都合よく、あちらから口留めしてきたのだった。
隣国で王位争いをする姉弟の王子側を内偵していた【黒狼】の諜報員からもたらされた。
「王子の側近が裏切りました。ここ数年にわたって、王子が自国の軍事情報を敵国に漏洩していたこと。国費の横流しをして、私費を蓄えていたことが明らかになりました。加えて今夜、婚約者以外の女性とのスキャンダルが暴露され、形勢は一気に逆転。カトリーナ王女の王位継承は、ほぼ確定でしょう」
まさかの裏切りによる告発。
しかも真相は、王子とのスキャンダルを引き起こした女性が、すべて裏で操っていたというのだ。
女性の正体は、敵国が放った間者で、巧みな手管で王子を骨抜きにしたあと、夜ごと身体を重ねながら貴重な軍事情報を手に入れたという。
それだけではなく、おねだり上手な間者は多くの金銭を要求。私費でまかないきれなくなった王子に、「こうすればいいのです」と国費の横流しをさせていたというから恐ろしい。
その話を聞いたとき。
そんな古典的な手に嵌められた王子が馬鹿なのはいうまでもないが、それを成し遂げた女性の手腕が凄いと、リリアンローゼは感心した。
そうして、一夜にしてすべてを失った王子であるが、窮地に陥ったのは王位継承権を争いをしていた王女側も同じである。
王子側に傾きかけていた情勢をひっくり返そうと、大国セレスタインの第二王子オーレリアンとの婚姻によって、大きな後ろ盾を得ようと画策。
そのために、傭兵ギルド【五臓六腑】を使い、セレスタイン王家の弱みとなる『亡き女王の宝飾品』をせっせと掻き集め、その過程で王国に侵入して、殺人事件まで引き起こしている。
一発逆転を果たしたカトリーナ王女にとって、これらのことが明るみになれば、セレスタイン王国との外交問題に発展することは間違いなく、清廉潔白な王女のイメージは失墜。王子につづいての失脚は免れない。
そうならないためにも、手元にある爆弾──『亡き王女の宝飾品』の数々を、1分1秒でもはやく手放したかった、というのが実情だ。
「なにが、清廉潔白だ。どこの王族も腹黒いヤツばっかりだな」
ヴィクトルの云い分に、「ごもっとも」となったリリアンローゼである。