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第13話 王家の名誉



 海運事業で財を成した仲睦まじい夫婦が、隣国に入国したのは3日後だった。



 【黒狼】の諜報員から、傭兵ギルド【五臓六腑】に『女王の耳飾り』を奪うよう依頼した黒幕の情報が、宿泊先のホテルに届いたのは、闇オークションの前日だった。



 情報によると黒幕の正体は、隣国の王女カトリーナで、現在、腹違いの弟である王子と、熾烈な王位継承権の争いの真っただ中らしい。



 隣国の王女様が、セレスタイン王国の『女王の耳飾り』を狙った理由は何か。



 つい先日まで、隣国の王城に潜入し、メイドとして内偵調査をしていた女諜報員によると──



「我が国の第二王子、オーレリアン殿下との婚姻が目的です」



 最近になり、弟を支持する自国の貴族たちが多くなり、強力な後ろ盾が必要だったカトリーナ王女は、王家所有の耳飾りが偽物であることを公表しないかわりに、大国セレスタインの王子を婿に迎え入れようと画策していたらしい。



 それを聞いたギルドマスターは、



「それは、すごくいいたくらみだ。セレスタインから忌々しい恋敵がひとり減るんだから、俺個人としては大いに支持したい」



 口封じの目的も忘れて賛同した。



 妙に浮かれている男を見て、リリアンローゼは感くぐる。



 まさかとは思うけど、第二王子オーレリアンを蹴落とすために、宝物殿にあるウルリカ女王の耳飾りが、『偽物』であるという情報を、隣国の王女に流したとか? 



 あまりに穿った見方だろうか。



 ところが、



「あの……マスター、じつは、もうひとつ気懸かりな情報がありまして」



 じつに云い難そうな諜報員は、「たしかではないのですが」と前置きの上。



「どうやら、明日のオークションで出品される耳飾りは、翠玉ではなく藍玉らしいのです」



 それは、まったく予想だにしていなかった。



 宝物殿に保管されていた偽物は、まぎれもなく翠玉の耳飾りの一対だったから、殺害された高利貸し屋の口内から発見された耳飾りと対になる本物は、翠玉の耳飾りでなければならない。



 これには、ヴィクトルも驚いた様子で、



「藍玉だと?」



 語気を強めて訊き返したギルドマスターに、ビクリと肩を震わせた諜報員が「はい」とか細い声で答える。



 翠玉か。藍玉か。



「どちらにせよ、『亡き女王の耳飾り』で出品されるなら、明日のオークションに参加するしかないわ。でも……もしそれが、本当に藍玉だったら」



 謎は深まるばかりだわ。



 リリアンローゼの宝石眼が光る。



 現在、エリク伯爵家で預かっているのは、『本物』の翠玉の耳飾り。それと対になるもう片方は、いったいどこにあるというのか。



 ヴィクトルの様子からして、その所在は【黒狼】ですらつかめていないのだろう。



 しかし、そこに、空間を歪める転移魔法でやってきたのは、リリアンローゼの相棒であるダークエルフ。



「それなんですけど、ここにありますよ。ほら」



 褐色の指先にブラブラさせているのは、まさしく翠玉の耳飾りだった。



 驚きのあまり目を見開いたリリアンローゼの宝石眼は、それが本物であることを告げている。



「メルケル、念のため訊くけど、耳飾りそれ屋敷ウチから持ってきたわけじゃないわよね?」




 紅い魔眼が、スゥーっと細められた。



「当たり前じゃないですか。早くしらせた方がいいかと思って、オスロン家から転移してきたというのに……」



「それはオスロン家にあったということか? つまり、対で⁈」



 こちらも、にわかには信じられないといった顔のギルドマスターに、メルケルはビロードの宝石ケースを投げて寄越した。



「確認したらどうですか? ちなみに、勝手に持ち出してきたわけではなく、オスロン夫妻に事情を説明して、お預かりしたものです」



 ケースを開いたヴィクトルは、蓋の内側に刺繍されたセレスタイン王家の紋章を確認した。



「本物だ……」



 まぎれもなく、王家の紋章だった。



 しかもケースには、きちんと耳飾りが一対で保管できるようにと、窪みが2箇所ある。



 ヴィクトルからケースを見せられたリリアンローゼもまた、この事実を受け止めるしかなかった。同時に、自分の失態に気づく。



 不覚としか云いようがないが、これは完全なる思い込みが招いた事態だった。



 高利貸し屋の検死報告書を見たときから、いや、それ以前に国王カールから血の付いた『耳飾り』を見せられたときから、耳飾りは左右別々に流失したと考えてしまった。



 もっと云えば、ジーナから『女王陛下から賜わった家宝』と訊いたにも関わらず、その夜、王城でオーレリアンの報告にあった、



「片方の耳飾りを遠距離になる恋人に贈るのが流行していた──」



これを、ウルリカ女王とオスロン男爵に、そのまま当てはめてしまったのだ。



 己の失態に気づいたのはリリアンローゼだけではない。さらに険しい顔をしているのは【黒狼】のギルドマスターだ。



「あいつ……オーレリアンのやつ、要らない情報を口にしやがって! もしかして、俺を惑わせようとして、わざとか」



 悔しいのは分かるが、いくらなんでもそれは穿って見過ぎだ。



 その後、なんとか平静を取り戻したヴィクトルが、状況を整理していく。



「確実なことは、明日の闇オークションで出品される『亡き女王の耳飾り』には、鑑定書と合わせて200年前にセレスタイン王家で所有していたという書簡があるということ」



 しかし、『翠玉の耳飾り』はこの時点で、すでに一対そろってしまっている。



 そうなると、「藍玉らしい」と云う諜報員の情報が、限りなく正しいということになるが……



「宝石が偽物なのか、書簡が偽造されたのか。これは、オークションに行ってみないことには、本当に解決しないわ」





◇  ◇  ◇  ◇  





翌日──



闇オークションの夜。



「ありえない……」



ガックリとうな垂れたギルドマスターのとなりで、宝石眼を酷使したリリアンローゼは、疲れ目をこすりながら云った。



「まあ、いつの世も、古今東西の王族って……そういう事情を抱えているじゃないの。とりあえず、全部落札できて良かったわね。結果としては上出来よ。これで多少なりとも、王家の名誉は保たれたわ」






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