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第12話 噂の闇組織


 噂を耳にしたことはあった。



 王家には代々、形は変われども国王の手足となって動く闇組織があるという。



 国王カールが治世する今世代は、それが冒険者ギルド【黒狼】の内部にあるのではないかと予想していたリリアンローゼは、粘着質なギルドマスターの顔を思い浮かべた。



 どうりで、こちらの情報が筒抜けだったワケだ。



 夜の話し合いを終え、宝石店ではなく、伯爵邸に戻ってきたリリアンローゼを待っていたのは、



「こんばんは。リリアン」



 くだんのギルドマスターだった。



 屋敷の2階。開け放たれた南側のバルコニーに立ち、夜風に黒髪を揺らしたヴィクトルが、闇オークションの招待状を届けにきた。



「よく敷地に入ってこられたわね」



 屋敷の周囲には、母エレオノーラの幻影魔法がかけられているはずなのだが、もしかしたら、王命があったのかもしれない。



「お察しのとおり、伯爵夫人に融通を利かせてもらってね。あの目ざわりなダークエルフも不在にしているようだから、護衛役に立候補したんだ。お願いだから、いらぬ世話とか云わないで」



「まあ、いいわ。聞きたいこともあったし、色々と情報も仕入れてきたんでしょう?」



「それは、もちろん。あっ、先にしらせておくけど、闇オークションに潜入する際の身分は、海運事業でひと財産を築いた商家のおしどり夫婦ってことで、俺のことは『旦那様』って呼んで。俺はリリアンのことを『ダーリン』か『スイートハニー』って呼ぶから」



「ヴィクトル・ユグナー、それこそ、いらない世話だわ。闇オークションっていう、身元を隠すのが望ましい場所で、無駄な人物設定は必要ないと思うの。それよりも、わたし、貴方にエスコートされないといけないわけ?」



 ギルドマスターの顔が曇っていく。



「あたりまえじゃないか。ダーリン、そこは譲れない。それに潜入するときは、いついかなるときも徹底的にするべきだ。俺たちは新婚のおしどり夫婦なんだから」



「へえ、新婚なんだ」



 ますます、いらない設定だ。



 しかし、非常に乗り気なヴィクトルは、



「もし『旦那様』と呼ぶのが恥ずかしいなら、せめて『ヴィー』って呼んで欲しいな」



 ここ最近で、一番面倒なことになった。



 国王カールへの追加料金の請求は、桁をひとつ増やそうとリリアンローゼは決めた。



 名前の呼び方はひとまず保留にして、リリアンローゼの伯爵家の私室にはじめて入ったヴィクトルの第一声は、



「俺の方が先だよね。極悪騎士団長は、まだこの栄光を手にいれてないよね」



 くだらなかった。



「忘れたわ。それより、聞きたいことがあるから早く座って」



「はーい」



 ヴィクトルが座るなり、リリアンローゼは本題に入る。



貴方あなた、国王陛下の命令で動いていたのね。それはいいんだけど……わたし、思ったのよ。それならわざわざ『アンティクウス』に依頼しなくても、貴方の組織に直接命じればいいんじゃないかって。宝石の鑑定だけなら、あとからでも遅くないでしょ」



 流失した『女王の耳飾り』という、好奇心をそそられる依頼ではあったが、極めて秘匿性の高い王家の事情が絡んでいることから、何かしらの理由をつけて断ろうかと思っていたところだ。



 実際、国王カールは、『女王の耳飾り』に関わる者たちの口封じも辞さない構えだ。明日は我が身と云えなくもない。



 手を引くには遅いかもしれないが、決定的な真実を知る前の方が、幾分マシのような気がする。



 うんうんと話しを聞くヴィクトルには、リリアンローゼの思惑が手に取るようにわかった。



『この件から、さっさと手を引きたい』



 実際、目の前の伯爵令嬢は、それを隠そうともしていない。逆に『こちらに手をだしたらどうなるか』と、視線で脅しをかけてきている。



 肝が据わっているというか。腹の底が見えないというか。そういうところがまた、容姿の美しさ以上に、自分の関心を惹いてしまっているのだが……



「この件から手を引きたいというダーリンの願いを、俺としては叶えてあげたいんだけど、ゴメンね。それはちょっと無理かな。我らが国王陛下は、かなり前から『アンティクウス』を、自分の懐に引き込む気満々だったからね」



 それどころか、腹立たしいことに王太子か第二王子との婚姻を目論んでいる──ということは、口にすらしたくないから、教えてあげないけれど。



 ただ、愛する女性には、憂いなく過ごしてもらいたいから、これは伝えておこう。



「ダーリンと伯爵家の安全については、俺が保障するよ。俺に保障されたところで、って思うかもしれないけど、これだけは絶対なんだ。俺と陛下は、そういう盟約のもとで手を組んでいる。万が一にも、それを反古にする兆候をみせただけでも、自分と王太子の首が飛ぶことを、陛下もよくご存知だ」



 金色の瞳を三日月型にして笑うギルドマスターを、リリアンローゼはジッと見つめた。



 国王陛下はともかくとして、聖剣に選ばれたソードマスターである王太子カイロスの首は、そうそう簡単には飛ばせないだろう。



 しかし、笑えば笑うほど、異質さと異様さが際立ってくるヴィクトルの薄気味悪さといったらない。



 まるで闇の支配者の仮面をかぶっているような、ゾッとする表情だ。いかに王太子カイロスと云えども、この男相手には苦戦するかもしれない。



 数日後にはこの男の妻として、闇オークションに潜入しなければならない。



「はああぁぁ、貴方にエスコートされる日がくるなんて……」



「ああ、夢のようだよね。あっ、『ヴィー』って呼んでね。ダーリン」



 ダルい。



 これでもか、という大きな溜息が、リリアンローゼの口から漏れた。







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