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第11話 女王の護衛騎士



 翌朝。



 昨日よりもさらに恐縮するジーナに、なんとかスープと果物を食べさせたところで、リリアンローゼを訊ねてきたのは、目の下に隈をつくったオーレリアン。今朝は聖騎士団長の正装をしている。



「おはよう、ローゼ。これは決定事項なんだけど、これからも『ローゼ』と呼ばせてもらうよ。それから俺のことも『リアン』のままで。そうしないと、もう書庫には篭り切れない。非常事態だ」



 およそ200年前の業務日誌を引っ張り出して、ひとり延々とページをめくりつづけるのは、いかに忍耐力を養った王子であっても、苦痛が顔に出てしまうのだと、曇りがかった夏空色の瞳を据わらせて、脅迫めいたことを云う。



「名前ぐらい、いいですけど。公の場所ではご遠慮くださいよ」



「心得た。さて、待たせてしまって申し訳ない。オスロン家のジーナ嬢、今回は極秘調査でね、詳しい話はできないのだけど、どうか協力してもらえないだろうか」



 昨夜のうちにオーレリアン連絡をして、恐れ多くも朝早くから王族を呼び出したのにはワケがある。



 王家所有の『女王の耳飾り』が流失した理由が、ここにきて具体的になってきたからだ。



 カール国王をはじめ、この事件に関わる者たちとしては、当時、ウルリカ女王の身近にいた執事、侍女、側近たちを疑っていた。



 使用人が女王に気づかれないように本物と偽物をすり替え、市場に横流しをしたうえで、巧みに隠し通していたのではないか。



 或いは、使用人に盗まれたという王家の汚点が表沙汰になるのを恐れ、内々に処理したうえで、流失した耳飾りの回収にあたったものの、成果を得られなかったのではないか。



 現王家としては、そのような展開が望ましかったのだが……



『女王陛下から賜わった我が家の家宝』



 耳飾りを所持していた被害者の家族から、ここにきて新証言が得られた。それも、王家にとっては望ましくない形で。



 当時、ウルリカ女王が正式に与えたものであれば、公式記録として残っているはずで、そうであれば偽物を準備する必要はなかったはずだ。



 しかし、本物とそっくりな偽物を制作し、およそ200年に渡って王家の宝物殿に、人知れず保管して置かなければならかった理由としては、女王と身近な者たちが表沙汰にできない事実を抱え、それを隠すために結託していたことを意味する。



 こうなってしまうと、現王族が不在のまま調査をするのは非常に危険だ。真相が解明されたあかつきには、国王カールの判断で諸々を闇に葬り去る決定が下される可能性があった。



 そうなった場合、調査を依頼された『アンティクウス』はもとより、エリク伯爵家にも王家の闇の手が伸びるかもしれない。



 まあ、黙ってやられるお父様とお母様ではないだろうから、国王カールがその決定を下すことは限りなく低いけれど……用心に越したことはない。



 ということで、午前中の早い時間から王子様を呼び出したのである。しかし、そのせいで——



「オ、オ、オ、オーレリアン王子殿下……わ、わ、わ、たくしは……田舎町のつまらぬ家門の……どうか、お許しください! 偉大なる女王陛下から賜わった宝を、愚かな弟が質に入れてしまいぃぃぃぃ」



 可哀相に、またしてもジーナは萎縮してしまった。




 ◇  ◇  ◇  ◇  




 その夜、遅く。



 今度はリリアンローゼが、王城に足を運んでいた。



 国王カールの執務室に集まったのは、リリアンローゼと父である国王の側近であるエリク伯爵、そして充血した目のオーレリアン殿下。



 本日の執務を終えた国王カールが、話しを聞いて頭を抱える。



「つまり……オスロン家の初代男爵がウルリカ女王の護衛騎士で、女王とはただならぬ関係だったと、そういうことか、オーレリアン。それは……おまえ、最悪だぞ」



「でしょうね。父上に報告する前に、俺も何百回と思いましたので、とりあえず今は、事実確認だけにしましょう」



 午前中。



 エリク伯爵邸では、ジーナ・オスロンからオスロン家の成り立ちについて話しを訊いた。



 平民だった初代オスロン男爵が、視察中のウルリカ女王の目にとまり、あれよあれよという間に騎士となり、男爵位を授与され、王城で暮らしていたという。



 ジーナが家宝と云っていた耳飾りは、オスロン男爵が護衛騎士の任を解かれたときに、女王から個人的に与えられたものらしい。



 それを裏付けたのは、午後から今の今まで、書庫で200年前の文献を読み漁り、オスロン家の記録を見つけ出してきたオーレリアンだった。



「ここに、ウルリカ女王の在位期間の爵位授与についての記録が残されていました。たしかに……オスロン家に男爵位を授けていますね。それから、本物の耳飾りが王家に献上された時期とも符合しています。しかもこの当時、王都では、片方の耳飾りを遠距離になる恋人に贈るのが流行していまして……さらに最大の問題は、このときすでに女王は婚姻——」



「いい、それ以上云うな。頭が痛い」



 オーレリアンの言葉を遮った国王カールは、一気に老け込んで見えた。



 重苦しい空気が執務室に流れるなか。



「……これが公になる前でよかった。あとは、オスロン家の子孫である令嬢を、エリク伯爵家で保護してもらったことだ。リリアンローゼ嬢、心から感謝する。エリク伯爵、申し訳ないが、今しばらくジーナ嬢を預かってもらいたい。それから——」



 溜息まじりに国王カールは、アンティクウスに『耳飾り』に関する追加の依頼をした。



「もう片方の『本物』の回収に加えて、報告にあった【五臓六腑】とかいうギルドと、その依頼者の口留めを頼めるかな。外交問題にならないように、できれば内密に済ませたいが、荒事になる可能性もあるから、わたしの配下である【黒狼】を自由に使っていい。最悪の場合は、口封じの方向で——以上だ」







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