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第10話 元男爵令嬢



 予想どおり、逃げ足のはやい大家が落としていった袋を、呆然としている女性の手に戻す。



「あ、あ、ありがとうございます。わたしはジーナ・オスロンと申します。弟の葬儀のために田舎から出てきたばかりで……勝手が分からず、御令嬢に助けいただきましたこと、心より感謝いたします」



 声は震えているが、しっかりとした挨拶だった。



 リリアンローゼも挨拶を返す。



「いいえ、こちらこそ、突然割り込んで驚かせてしまいましたね。わたしはリリアンローゼ・エリクと申します」



「失礼かとは存じますが、もしやエリク伯爵家の御令嬢でしょうか?」



「はい、そうです」



 リリアンローゼが肯定するなり、青ざめたジーナは腰から砕け落ちるように地べたにひれ伏した。



「リックスは……弟は、もしや伯爵家にも借金があるのでしょうか? 申し訳ございません! 借りたお金は必ず御返し致します。今しばらくの猶予を……両親が住む田舎の家だけは、差し押さえを待っていただけないでしょうか?」



「ジーナ嬢、どうぞ、お立ちください。いきなりすぎて信用できないと思いますが、わたしは借金取りではないので」



 どうやら勘違いをさせてしまったらしい。



「ちがうのですか? では、いったい……」



「そうですね。通りすがり——というには、少々無理がありますので、詳しいお話をさせていただいても? オスロン家が抱えている問題についても、相談にのれると思いますので」



「……エリク伯爵令嬢がですか?」



「ええ、そうです。では、ひとまず、わたしのことだけも信用していただけるように、徒歩でも馬車でも魔法でもかまいませんので、ジーナ嬢が安心できる方法で、当家に向かいましょうか」



 伯爵家までは、馬車での移動になった。



 近くまで迎えに来た馬車にエリク家の紋章があったことで、ジーナに信用してもらえたのは良かったが、



「わ、わたしのような田舎者が、伯爵家ご所有の馬車に乗るなんて……どうか、御者席の端にでも……」



 そこからずっと可哀相になるくらい縮こまってしまった。



 さらには、エリク家に到着して屋敷を見上げたとたん、カチンと固まってしまう。



「今、わたしの身の上に……いったい何が起きているのでしょうか……目の前に、これまでまったく関わり合いのなかった世界が広がっているのです。これは、夢……ここ数日、色々ありすぎて……わたし、おかしくなってしまったのでは」



 ついには正気を疑い出したところで、「まあ、いらっしゃい」と庭園を散歩中だったエルフ族の母エレオノーラが登場し、



「よ、よ、よ、妖精が……ああ、ついに幻覚症状……」



 バタリと仰向けに倒れた。



 客室に運ばれたジーナが目を覚ましたのは30分後。



「も、も、申し訳ございませんっ!」



 ベッドから飛び起きようとするのを止めて、



「そのままでいいから、無理しないで。喉が渇いたでしょう。わたしが好きなフルーツティーをどうぞ」



 なんとか落ち着かせた。



「お医者様の診断では、過労と寝不足らしいわ。ゆっくり休んで、栄養のあるものを食べたらすぐに回復するそうよ。ジーナ嬢、お腹は空いていない?」



「大丈夫です。最近、食欲がなくて……お気遣いに感謝いたします。それから、どうかジーナとお呼びください。祖父の代まで男爵位ではありましたが、それも名ばかりのもので、いまとなっては爵位も返上した平民なのです。家名だけが残ってしまい……お恥ずかしい限りです」



 20代半ばと思われるジーナの横顔には疲労の色が濃かった。髪も指先も荒れている。



 王都に働きに出ていた弟が事件の被害者となり、ここ数日、その心労はピークだったろう。



 なるべく驚かせないように、リリアンローゼは言葉を選びながら話しはじめたが、弟リックスが2件目の被害者である高利貸し屋に、『耳飾り』を売ったところまで話しが進むと、



「売った……そんな、なんてことを……女王陛下から賜わった我が家の家宝を……嗚呼、取り戻さなければ……何としても……」



 顔面蒼白となったジーナは、本日2度目となる昏倒をした。



 ジーナとの話はそこまで。素行に問題があったとはいえ、弟を失ったばかりの姉に無理はさせられない。



 客室をでたところで待っていたメルケルに、リリアンローゼはお使いを頼むことにした。



「聞いたわよね。あの耳飾りが、女王陛下から賜わった家宝だと、ジーナは云っていたわ。嘘をついているようには見えなかったけど、この話を信じるには裏付けが絶対条件よ」



「黒狼のギルドマスターから情報を得ますか?」



「それも考えたけど、今回はメルケルにお願いしたい。オスロン家に行ってジーナの話が本当かどうか確かめてきて。もし本当に、ウルリカ女王陛下から賜わったものなら、何かしらの証拠があるはずよ」



「かしこまりました。しかし、いいのですか? オスロン家に向かう途中で、【黒狼】に寄り道をするかもしれませんよ」



 根に持つタイプだったダークエルフの懐に、「道中、美味しいものでも食べて」リリアンローゼはお小遣いを忍ばせる。



「なるべく早く帰ってきてね。わたし、朝はメルケルが淹れてくれるフルーツティーじゃないとダメだから」







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