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第9話 聞き込み



 娘を溺愛する父・エリク伯爵からの返事は、翌朝には届いた。



 今朝は宝石店の3階で朝食をとりながら、届けられた封筒の封を切って、リリアンローゼは中身を確認する。



 こっそりと出国するために必要ないくつかの書類に問題はなく、添えられた手紙の5枚中3枚を読まずに脇にどけ、4枚目の中段から目を通していく。



「さすが、お父様、前置きは長いけど、仕事は早いわ。隣国への入国許可証と偽の身分証は、3日後に用意できるみたい。ただ、気懸かりなのは……」



「何か問題でもありましたか?」



 ポットから紅茶をそそぎながら、メルケルが訊いてくる。



 5枚目の便箋を指で弾いたリリアンローゼは、心底嫌そうに云った。



「闇オークションの招待状については、ヴィクトル・ユグナーが手配するって、早朝に連絡があったそうよ」



「そうですか。まあ、情報提供者ですからね」



「でも、情報を得ただけで、わたしが隣国に潜入することは隠していたのよ。どうせヴィクトルは、どこからでも潜入できるだろうから、わざわざ招待状なんて入手する必要はないだろうし……」



 溺愛する娘の動向を、父が得体の知れないギルドマスターに漏らすとは思えない。



 そもそも、昨日の今日で、なんで、バレたんだろ。



「色々と邪魔されたくないから、別行動にしようと思っていたのに」



 予定が狂ってしまった。



 湯気の立つカップに口をつけたリリアンローゼは、褐色の肌に紅い魔眼を持つ相棒のダークエルフをジッと見つめた。



「どうも最近、情報が漏れすぎなのよねえ。メルケル……あなた、スパイってことはない? 【黒狼】に買収でもされた?」



 スパイ容疑をかけられた家令は、深い溜息を吐いて、ここ最近で一番冷たい目を主人に向けた。



「明日の朝のモーニングティーですが、果肉たっぷりフルーツティーから、出涸らし茶になる予定ですので、あしからず」



 すっかり、おかんむりである。



「ごめん、メルケル」



「非常に心外です。ちなみに、朝だけはありませんからね。ハーブティーは、白湯になりますから。お情けでレモンの皮を切り刻んで浮かべてあげます。ミルクティーについても、白湯に数滴のミルクを垂らすだけです」



 どうやら、お茶で報復されるらしい。



 怒り心頭の家令に「冗談だってえ~」と許しを請い、



「わたくしの場合は、二度目からマジでありませんよ」



 昨日の自分を揶揄されて、なんとか明日もフルーツティーで朝を迎えられることになり、ホッと一安心のリリアンローゼだった。



 相棒の機嫌がなおったところで、朝食を終えて、テーブルから立ち上がる。



「さてと、そろそろ町に行こうかな。1件目の事件の被害者について調べないとね。メルケル、今日は侍女の姿でついてきてね。聞き込みには、若い女ふたりの方が、相手も口が軽くなるでしょうから」



 そうして意気込んではじまった聞き込み調査。



 第1事件の被害者は、地方から働きに出てきた平民の若い男で、港で荷下ろしの仕事をして生計を立てていた。



 仕事仲間に話しを聞いたところ、ギャンブルが好きで、類に漏れず借金を抱えていたそうだ。



 男の実家は王都から離れた田舎町にあり、事件後、年老いた両親に代わり姉がやってきて、先日、検死が終わった遺体を引き取り、王都の火葬場で遺灰になったという。



「たぶん、今日あたり、遺品の引き取りと部屋の退去手続きをしているはずだ」



 その情報を元に、リリアンローゼと侍女メルケルは、その足で被害者の男が暮らしていた部屋と向かった。



 労働者が多い集合住宅の一室に到着したとき、案の定、大家とみられる男に詰め寄られている女性がいた。



「滞納家賃は3か月分だ! 遅延金を含めて支払ってくれ!」



「申し訳ありません。いま、手持ちがこれだけしか無くて……」



 女性が差し出した袋を奪い取るようにして、中身を確認した男は、



「1万ゴールドぽっちで足りるわけがないだろう! いったい、いくらだと思っているんだ!」



 激高する男に、女性が萎縮したところで、リリアンローゼが声をかけた。



「いくらなの?」



「いくらって、そりゃあ……3万ゴールドだ」



 背後からの問いかけに、思わず答えてしまった男が振り返る。



「……なっ、あなたは……その」



 この界隈にはまったく不釣り合いな貴族令嬢を前にして、さっきまで威勢よく大声をあげていた男の口があんぐりとなった。



「湾港地区で3か月分の家賃が3万ゴールドですって? そんなの聞いたことがないわ。ぼったくりもいいところね」



「レディ……それは、その、遅延金がありますから。それに借主が殺害されて事故物件となりまして、わたしも困っているんですよ」



 貴族相手に一気に低姿勢なった大家に、侮蔑の視線をこれでもかと浴びせたあと、リリアンローゼは一気にまくしたてた。



「なにが事故物件よ。ここが、殺害現場だとでもいうわけ? 新聞によると酒場の裏手とあったわよ。どうなのよ! 新聞社に問い合わせてみましょうか?!」



「申し訳ありません。わたしの勘違いだったようです!」



「そうでしょうね! それから、いつからこの界隈は1か月の家賃相場が10倍に跳ね上がったの?! この建物で部屋を借りている全員が毎月1万ゴールド近く支払っているわけ? それとも、アンタが事故物件と勘違いしていたその部屋が、三食付きのメイド付きで、仕事場までの送迎馬車付きの、豪華絢爛な特別室なのかしらっ!」



「いいえ、いいえ……」



 リリアンローゼの剣幕に、男はガタガタと震えだす。



「今すぐ帳簿を持ってきなさい。それを見て判断してあげる。こちらの女性に不当請求していることが発覚したら、すぐさま治安維持隊に来てもらうから。覚悟なさい。ところで、あなたの名前は? 聖騎士団の友人も知らせないと、湾港地区で暴利をむさぼる悪徳大家がいるってね!」



「申し訳ありませんでしたーッ! 家賃はけっこうでございます! どうか、ご勘弁を―ッ!」




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