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第8話 適材適所



 口内と器官の一部に傷がついた遺体から、『女王の耳飾り』は取り出されている。



「犯人が見落としたと考えるべきか。もしくは、人の気配を感じて、じっくりと検分する時間がなかったか。どちらにしても、これは犯人のミスだわ」



 王家としては、この事件がきっかけで、宝物殿に保管されているウルリカ女王の耳飾りが、偽物であったと判明したわけだが。



 フフンと嘲笑を浮かべたのはヴィクトルだ。



「機密情報を扱うこともある【黒狼俺たち】冒険者ギルドとちがって、【五臓六腑】は脳筋集団だから仕方がない。服のポケットをまさぐって無いから、早々に諦めたんだろうなあ。俺だったら絶対に、遺体を運んでも尻の穴と限らず、あらゆる穴の隅々まで、器具を突っ込んで探すけどな」



「レディの前で、よくそんなことを口にできるな。それに嘘はよくない。【黒狼】といえば、情報も扱う暗殺ギルドだろ」



「何いってんだ。俺たちが暗殺ギルドなら、聖騎士団は拷問集団だろ。必要とあれば手段を選ばずに、自白させるらしいじゃないか。そうだ、この際、軍部の地下にある騎士団専用の拷問部屋を公開しろよ。極悪騎士団長様」



「メルケル、今度こそ、お二人ともお帰りよ」



「すみません。ローゼ」



「もうしません。リリアン」



「三度目は、マジでありませんよ」



 実行犯の狙いが、〖女王の耳飾り〗だということはわかった。



 しかし、脳筋だろうと何だろうと、【五臓六腑】がギルドである以上、依頼者がいるということだ。つまり黒幕。それがまだわからない。



 もうひとつ、最大の謎がある。



 それは、厳しい管理下におかれているはずの宝物殿だ。



 なぜ、女王が所有する『翠玉の耳飾り』が、偽物とすり替わったのか。それはいつ?



 ウルリカ女王を含め、当時の執事、侍女、側近は誰ひとりとして偽物であることに気づかなかったのか。



 昨日、国王カールと宝物殿で確認した偽物は、出来が良いとはいえ、本物の翠玉と比べればあきらかに品質は劣っていた。



 違和感がぬぐえない。



 ウルリカ女王の在位は、今からおよそ200年前。もし、盗まれていたとしても公になっていない以上、王家の公式文献に経緯が記載されることはない。



 何かしらの情報が残っているとすれば──



「リアン、お願いがあります」



「何でも云って、ローゼ」



「では遠慮なく。ウルリカ女王陛下に仕えた歴代の執事、侍女の業務日誌からプライベートな情報を記載した報告書まで。女王の王位継承前10年と在位期間、その後10年をすべて洗いだしてください。とくに宝石類の購入、献上、譲渡について。短期間に3回以上の取引がある特定の貴族や商団がでてきた場合は、そちらの調査も合わせてお願いします」



 リリアンローゼが話している途中から、オーレリアンの表情が曇っていく。



「えーと、それはだいぶ骨が折れそうな仕事だけど、俺ひとりで?」



「王家のプライベートに関する文書や報告書は禁書扱いです。王族であるオーレリアン殿下でなければ、閲覧許可がおりないでしょう」



「いや、まあ、そうだけど。王族ならコイツも……」



 オーレリアンの目がチラリと、ヴィクトルを見た瞬間だった。



「そうだな! こういう仕事は、直系中の直系であるオーレリアン殿下にうって付けだ! 俺のようなどこの馬の骨ともわからないようなギルドマスターとは血統がちがうからなあ~」



 このうえなく、わざとらしいけれど、これに関してはオーレリアンが適任だろう。



 というわけで──



「お願いします。その間にわたしは、行方知れずになっているもう片方の耳飾りについて調査します。おそらくリアンに調べてもらうことが、この事件の真相解明には不可欠で、調査の根幹に関わることだと思っています」



 真向いに座るオーレリアン手を、リリアンローゼは両手で包み込んだ。



「リアン、お願い。貴方にしか頼めないの」



 赤面した騎士団長は、「くっううぅ」と唸りながら了承した。




◇  ◇  ◇  ◇ 




「それでは本日はここまで。お気をつけてお帰り下さい」



 半ば追い立てるように二人を帰したあと。



「それにしても、殿下はちょっと可哀相でしたよ。お嬢様の掌で、あまりにコロコロされて……」



 ティーセットを片付けながら、非難がましい目で見てくるメルケルに、「しょうがないでしょ」と云いつつ、リリアンローゼは便箋にペンを走らせる。



「適材適所というものよ。殿下だって人を動かす立場にいるのだから、そこは理解しておられるはず──って、ことで。はい、これ」



 リリアンローゼは封をしたばかりの封書を、メルケルに手渡した。



「お父様に届けて。こっそりと出国したいからその手続きと、隣国への入国許可証と潜入用の偽名と身分が必要になったわ」



「こっそりと隣国に行く理由を訊いても?」



「すべてヴィクトル・ユグナーの情報だけど、来週、闇オークションが開催されるらしいの」



「そのオークションに、もう片方の耳飾りが出品されるのですか?」



「そうらしいわよ。オークションの目玉なんですって。だから、お父様には、闇オークションに潜入する招待状も大至急、入手して欲しいって伝えてね。それから、費用は前金とは別に後日、国王陛下に請求してもらうように。あっ、オークションに着ていくドレスも王家に請求しようかしら……でも、それくらいは必要経費にしておこうかな。お金に困っているわけでもないしね」



 妙に乗り気なリリアンローゼに、メルケルが不審の目を向ける。



「事件の潜入捜査だというのに、ずいぶんと楽しそうですが。それに、必要経費ということは、まさかお嬢さま……」



「顔に出てる? じつは、今回の闇オークションには、ウルリカ女王の耳飾りのほかにも、興味深い宝石が出品されるみたい。つまり、宝石眼の出番ってわけ」



 商売人の顔つきになった主人を見て、メルケルは眉をひそめた。



「お嬢様、くれぐれも盗品の買い付けはしないでくださいよ。バレなきゃいいとか、仕入先を偽装しようなんてことは考えないようにしてください」



 最近、めっきり小言が多くなってきたダークエルフを、リリアンローゼはき立てる。



「ほらほら、早く行って。明日も朝から忙しいわよ」



「どちらかにお出かけですか?」



「ええ。隣国に出国する前に、1件目の被害者について調べないと。なぜ、本物の耳飾りを所有していたのか。それをなぜ、売らなければならなかったのか。結局、それがすべてのような気がするのよねえ」





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