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第7話 五臓六腑



「そういうわけでね、早急に場所を変えるしかなかったわけ」



 まさに、一触即発だった。



 オーレリアンとヴィクトルが、バチバチと火花を散らすなか、リリアンローゼは頭をフル回転させた。



 思案の結果——



「カフェテラスから一番近くて人目が避けられ、秘密保持ができるところといったら、この地下室しか思い浮かばなかったわ」



「なるほど」



 納得顔のダークエルフだったが、



「それで、情報を共有する必要があるオーレリアン殿下はともかく、どうして……」



 こいつまで、とメルケルの目は訴えている。



「それはね」



 視線の先で、にっこりしているギルドマスターを引き連れてきた理由はこうだ。



「昨日の夜、俺がプレゼントした情報がなかったら、リリアンは遺体安置所には行かなかったよね。事件解決に向けた非常に有益な情報を、俺は無償で提供したわけだ」



 カフェテラスから場所を変えようとテーブルを立ったリリアンローゼに、情報提供者であるヴィクトルが、「知る権利」を声高に主張してきたのだった。



加えて「じつは伝え忘れていたことがあるんだけどなー」と追加情報をチラつかせてきた。



 このあたりが、この男の腹黒いところだと思いつつ、リリアンローゼは「どうしますか?」と、オーレリアンに意向を確認したところ、



「それなら仕方がない」



 意外なほどあっさりと、ヴィクトルの同席を許可したオーレリアンだった。



 これに多少の違和感を覚えつつも、リリアンローゼは面倒な男ふたりを、アンティクウスに連れてくるしかなかったのだ。



 不本意ながらも、自分の宝石店テリトリーの最深部『アンティクウス』にて、聖騎士団長オーレリアンのおかげで手に入れることができた、検死報告の写しを前に、リリアンローゼは遺体安置所で知り得た情報と自分の推察を話しはじめた。



「予想どおり、1件目と2件目の殺人事件は、同一犯——いえ、同一組織によるものでしょう。それに至った理由といたしましては、犯行に使われた特殊な形状の凶器です」



「それって、これだよね」



 ヴィクトルがテーブルに置いた刃の根本に釣り針のような返しのついた短剣は、まさしく凶器それだった。しかも——



「渇いた血がついているようだけど……ヴィクトル。もしかして、被害者の血?」



「正確には、1件目の被害者の血。ねえ、リリアン、もし俺を『ヴィー』と呼んでくれたら、2件目の被害者の血痕が付着した凶器が出てくるかもしれないよ」



 面倒くさいこと、この上ない提案だけど、背に腹は代えられない。



「ヴィー、持っているなら今すぐ出しなさい」



「これだよ!」



 金色の目を輝かせたヴィクトルが出したのは、一本目と同じ形状の短剣だった。



「追加情報としては、これを所持していたのは隣国を拠点に活動する傭兵ギルド【五臓六腑】に所属するヤツだった。もう、死んだけど」



「五臓六腑……」



 ずいぶんと珍妙なギルド名だ。



 一度聞いたら忘れないけれど、センスがいいかは疑問だ。



 リリアンローゼの真向いには、険しい視線でヴィクトルを睨みつけるオーレリアンがいた。



「不思議なこともあるものだ。凶器に関しては、治安維持隊はもとより、聖騎士団でもかなり捜索したんだけどね。まさか、黒狼のギルドマスターが2件とも所持していたとは……」



 器用に片眉をあげ、トントンと指先でテーブルを鳴らした。



「これまで治安隊にも聖騎士団にも提出をせず……隠し持っていたわけだ。そして、容疑者はすでに死亡していると。じつに都合のいい話だな」



 トントン、トントン——



「犯人の口を封じて、濡れ衣を着せたと疑われても仕方がないな」



「おい、そこの無能騎士団長、口を慎めよ。証拠集めもできないくせに、犯人呼ばわりか。でも、そうだな。オマエができることは、大層な肩書きをチラつかせて、リリアンに協力するくらいだから、有能な俺を妬み、嫉み、蔑みたい気持ちは、わからないでもない」



 バチバチと、また火花が散りはじめる。



 深い溜息をひとつ吐き、リリアンローゼは出入口となる扉を指差した。



「そこまでよ。いがみ合うなら外でやって。メルケル、お二人そろってお帰りのようだからお見送りして」



「申し訳ない。ローゼ」



「ごめん。リリアン、許して」



 反省したらしい二人は口を真一文字にして、沈黙した。



 静かになった地下室で、いま一度、頭のなかを整理したリリアンローゼは、同一組織の犯行であることが極めて高くなったこの事件の推察をつづける。



「どちらにせよ、実行犯である【五臓六腑】の目的が、現金を奪うと見せかけて、ウルリカ女王の耳飾りを狙っていたのだとすれば、王家の宝物殿に保管されていた耳飾りが偽物ということも、当然知っていたと考えるべきよね」



 検死報告書の写しを見ながら、連続した事件の経過を辿っていく。



「1件目の被害者を殺害したあと、犯人は本物の耳飾りがすでに高利貸し屋の手に渡っていることを知って、真正面から奪い取ろうとした。そこで、馬鹿な犯人が『耳飾り』の価値を漏らしてしまったのでしょうね。そうでなければ、逃げながらとっさに口内に隠すなんてことは思いつかないでしょうから」



 殺害された高利貸し屋の喉の奥には、 飲み込む直前だった耳飾りの留め金が引っかかっていた。






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