上機嫌のオーレリアンに手を引かれて連れてこられたのは、王都の中心部。宝石店からもほど近い、今、大人気のカフェテラスだった。
森の木陰をモチーフにした庭園には、木漏れ日が降りそそぐ。
オープン前から話題になっていたカフェテラスは、紅茶に珈琲、軽食やデザートが充実していて、連日予約でいっぱいなのも頷ける。
その大人気カフェの一角で、
「奥のテラス席が空いていて良かったですね」
ご満悦のオーレリアンが、優雅にティーカップを傾ける。
嘘をつけ。店に頼んで、無理やりテーブルを用意させ、半径5メートル以内にいた客たちを、半径10メートル外まで、強引に遠ざけたくせに。
メルケルにいたっては、店先まで来たところでオーレリアンに通せんぼをされ、
「俺がいるから、護衛は大丈夫だよ。帰って待っているといい。さあ、行って、行って。あとでローゼを送っていくからね」
有無をいわさず宝石店に帰された。
風が吹き抜ける心地よいテーブルに、お茶や菓子が用意され、向かいに座るオーレリアンが、
「こうしていると、デートみたいだね」
そう口にしたときだった。
「なにがデートだ、クソ野郎」
周囲の空気をピリピリさせながら、神出鬼没な【黒狼】のギルドマスターが現れた。
◇ ◇ ◇ ◇
「あれ、お嬢様、ずいぶんとお早いお帰りで──って、あれ?」
宝石店の裏口から入ってきたリリアンローゼに首をかしげたメルケルは、つづいて入ってきたオーレリアンを見て、さらに首をかしげた。
カフェテラスでの宣言どおり、ここまで送ってきてもらったのだろうが、まさか、お嬢様が自分の
これまで未婚の王族とは、極力距離をとってきたはずなのに、心変わりでもされたのか──って、えええええっ!
あまりに驚いたメルケルは、大口を開けて固まった。
オーレリアンの背後から、ドス黒いオーラをまき散らしながら入ってきたのは、黒狼のギルドマスター。
3つ並んだ顔を見て、ついにメルケルは、だれかれとなく訊いた。
「えっ、なんで、3人いっしょ?」
ありえない組み合わせに混乱する家令兼護衛に、
「大丈夫よ。わたしが一番混乱しているから」
何の説明にもならない返答をしたリリアンローゼは、とりあえずお茶を持ってくるように云い、地下室へと向かった。
混乱するなか、最大限の気を利かせたメルケルが淹れてくれたリラックス効果の高いハーブティーを飲みながら、リリアンローゼは招かざるを得なかったふたりの客を交互に見ていた。
「まさか今日、アンティクウスの拠点に招待してもらえるとは……」
王国の第2王子は喜びを隠そうとせず、
「貴女の信頼を得られたようで嬉しいです」
満面の笑みでのたまった。
一方、黒狼のギルドマスターにして、神出鬼没な迷惑男ヴィクトル・ユグナーは、
「ついにキミとひとつ屋根の下に……今日を機に、毎朝ここで目覚め、キミのために朝食を作り、ふたりで食べて、俺が皿を洗って、キミが拭くんだ、それを俺が受け取って棚に置く……幸せだ」
溢れる涙をぬぐうことなく、妄想に浸っていた。
どっちも手に負えない、と思っていると、
「それで、何があったのですか?」
メルケルが声をひそめて訊いてきた。
ハーブティーのおかげで落ち着きを取り戻したリリアンローゼは、カフェテラスでの修羅場について話した。
妄想たくましいギルドマスターがカフェテラスに突然現れ、
「リリアン、俺という非の打ちどころがない恋人未満の男がいながら、そんな羊の皮をかぶった狼みたいな男と昼間のカフェテラスで密談するなんて! さすがの俺も嫉妬するぞっ!」
陳腐な戯言を抜かしたかと思ったら、売り言葉に買い言葉で、羊の皮をかぶっているらしい殿下が云った。
「狼はキミの方だろう。恋人未満知人以下の【黒狼】の主は、日が暮れる前にとっとと山に帰れ」
気品で覆われた仮面の下に、たしかに優しいだけではない王族の顔をみたリリアンローゼ。
狼というよりは、羊の皮をかぶった獅子だったオーレリアンは、
「ローゼにまったく相手にされていないくせに、キミもしつこいな。ギルド名を【黒蛇】にしたら? 粘着質で嫉妬深いマスターにぴったりだ。ああ、そうだ、ついでに教えてあげようか。俺たちは『ローゼ』、『リアン』と愛称で呼び合う仲なんだ。ローゼの許しなく勝手に『リリアン』と呼んでいるキミとは、大いに違うからな」
ペラペラと必要以上に煽った。
じつに面倒くさいことに巻き込まれたな──と、ゲンナリするリリアンローゼの前で、魔力を練りはじめたギルドマスターと、そっちがやる気ならばと、王国一と云われる聖力をまといはじめた聖騎士団長。
テーブルが離れているとはいえ、昼下がりのカフェテラスには、美味しいお茶と楽しい語らいを目的とした多くの客がいた。
そんななか、リリアンローゼを挟んで、ふたりの男が睨み合い、魔力と聖力で押し合いへし合いしている様子は、傍目には見事な三角関係に映っている。
さらに頭が痛いことに、このふたりは黙ってさえいれば、じつに皆目麗しかった。
輝く金髪と夏空のような碧眼を持ち、洗練された気品をただよわせる正統派王子様なオーレリアン。
一方、夜の闇を思わせる黒髪と、夜空に輝く星雲を連想させる煌めく黄金の瞳を持ち、艶やかな色気をダダ漏れにしている男ヴィクトル。
そのふたりの間にいるのは、大富豪エリク伯爵家の御令嬢にして、エルフ族の美貌を受け継ぐ宝石眼の持ち主、リリアンローゼだった。
目立たないわけがない。