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第5話 肩書き



 つづけてオーレリアンは、



「それから、騎士服も着ていないので『団長』も、『閣下』も、『~様』もナシでお願いしてもいいですか。あと、できれば僕に対する敬語もナシで」


 アレもダメ、コレもダメ……顔を合わせて早々、要求が多い。



 それじゃあ、何て呼べばいいのかと面倒そうな表情をみせたリリアンローゼに、頬を少し染めたオーレリアンが顔を近づけた。



 声がひそめられる。



「リアン……今日は俺のことを『リアン』と、親し気に呼んでいただけると嬉しいです。俺は『ローゼ』と呼びますから」



「…………」



 いったい、なぜ? 



 第二王子オーレリアンとは初対面ではないけれど、パーティーで儀礼的な挨拶を交わす程度の関係でしかない。



 もっとも、気品と強さを兼ね備えた王子であり、騎士団長である彼と、お近づきになりたいと願う令嬢は数多いるだろうけれど、宝石店の経営に、裏稼業『アンティクウス』の依頼にと、日々、手一杯のリリアンローゼに、要求の多そうな王子とお近づきになっている暇はない。



 さすがにオーレリアンも、こちらの云いたいことが分かったのか、頬を染めつつ、理由を云ってきた。



「こちらを訪れたのは、父から依頼された『例の件』についてですよね」



「ええ、そうですが」



「父より、リリアンと情報を共有するようにと言付かってきました」



 どうやら『リリアン』と呼ばれるのは決定事項のようだ。



「共に行動すれば、俺の肩書が役に立つことがあると思いますので……」



「情報の共有は分かりました。それから同行される理由も。しかし、それなら、身分を偽らなくてもよいのでは? 殿下の呼び名はそのままで良いかと思います」



「いやいや、あくまでも極秘調査ですから。今回の事件を調べているのが俺だとバレて、そこから詮索されるかもしれません。いやはや、城で後生大事に保管していたのが偽物でした~なんてことが公になったら、笑えませんからね。アハハ」



 笑っている。



「——というわけで、ご理解いただければと思います」



 笑顔のオーレリアンにあらがったところで、時間の無駄のような気がしたリリアンローゼは、さっさと切り替えた。



「呼び方については、わかりました。ただし、敬語については徐々に、ということでよろしいですか?」



「もちろんです」



「では、参りましょうか。リアン」



「はい、ローゼ」



 そうして向かった遺体安置所では、さっそくオーレリアンの肩書が役に立った。



 極秘調査にあたり、宰相名で調査許可証は持参していたものの、昨日の今日ということもあってか、遺体安置所までは連絡が行き届いていなかった。



 突然訪れた貴族令嬢に、死体の検分と検死報告書の閲覧を求められ、



「このような許可証を我々は見たことがありませんし、王城からの通達もありません。確認を取らせていただきますので、後日、お越しください」



 真面目な担当者は難色を示し、追い返す気満々だった。



 ここで事を荒立てれば、極秘調査の意味がない。仕方がない、と日を改めようとしたとき。



「悪いな。隠すつもりはなかったんだけど……」



 オーレリアンは首元から提げていた聖騎士団の紋章をみせた。



 王都の治安を守るために設立された治安維持隊は、王国に4つある騎士団の下部組織となる。なかでも聖騎士団は、王都を守護する最上位の騎士団で、その騎士団長ともなれば、組織の最高指揮官であった。



「大変、失礼を致しました!」



 聖騎士団長だけが持つ金の紋章に、一気に顔色を変えた担当者が低頭平身「申し訳ございません!」謝罪する。



「いいから、いいから。いつも髪をあげて、しかめっ面で騎士服を着て歩いているからね。私服だったら分からなくても仕方がないよ。それに、キミは自分の仕事をきちんとまっとうしただけじゃないか。感心したよ」



「もったいない御言葉です!」



「そこで、仕事熱心で口が堅そうなキミを見込んで頼みがある。詳しいことは云えないけれど、上層部の調査の一環なんだ。俺と令嬢がここを訪れたことは内密にしてもらいたい」



「もちろんです!」



 さきほどまでとは打って変わり、じつに協力的になった担当者のおかげで、リリアンローゼは遺体と検死報告書から、必要な情報をすべて得ることができた。



 治安維持隊の駐屯地の敷地を出たところで、となりを歩くオーレリアンに礼を伝える。



「ありがとうございました。結局、助けていただきましたね」



「お役に立てて何よりです。必要な情報は入手できましたか?」



「おかげ様で、自分の仮説に裏付けすることができました」



「それは良かった。ところで、その仮説を是非とも共有させていただきたいのですが」



 仕方がない。



「わかりました。それでは場所を変えて——」



 どこがいいかと考えた末、機密情報が漏れにくく、関係者以外の立ち入りが厳しく制限されている場所。



「騎士団の拠点でもある軍部に行きましょうか。あそこなら……」



「あのようなむさ苦しい男ばかりの場所は、絶対にダメです」



 これまでになく、頑なに拒否された。



「では、殿下の執務室があればそこで……」



「それもダメです。王城はダメなんです。なぜなら今日は、視察から戻った兄が登城していますから。それから、殿下ではなく、リアンです」



 また、はじまった。アレもダメ、コレもダメ……



 眉をひそめるリリアンローゼに、オーレリアンがふたたび顔を寄せてくる。



「いい場所があります。行きましょう、ローゼ」






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