つづけてオーレリアンは、
「それから、騎士服も着ていないので『団長』も、『閣下』も、『~様』もナシでお願いしてもいいですか。あと、できれば僕に対する敬語もナシで」
アレもダメ、コレもダメ……顔を合わせて早々、要求が多い。
それじゃあ、何て呼べばいいのかと面倒そうな表情をみせたリリアンローゼに、頬を少し染めたオーレリアンが顔を近づけた。
声がひそめられる。
「リアン……今日は俺のことを『リアン』と、親し気に呼んでいただけると嬉しいです。俺は『ローゼ』と呼びますから」
「…………」
いったい、なぜ?
第二王子オーレリアンとは初対面ではないけれど、パーティーで儀礼的な挨拶を交わす程度の関係でしかない。
もっとも、気品と強さを兼ね備えた王子であり、騎士団長である彼と、お近づきになりたいと願う令嬢は数多いるだろうけれど、宝石店の経営に、裏稼業『アンティクウス』の依頼にと、日々、手一杯のリリアンローゼに、要求の多そうな王子とお近づきになっている暇はない。
さすがにオーレリアンも、こちらの云いたいことが分かったのか、頬を染めつつ、理由を云ってきた。
「こちらを訪れたのは、父から依頼された『例の件』についてですよね」
「ええ、そうですが」
「父より、リリアンと情報を共有するようにと言付かってきました」
どうやら『リリアン』と呼ばれるのは決定事項のようだ。
「共に行動すれば、俺の肩書が役に立つことがあると思いますので……」
「情報の共有は分かりました。それから同行される理由も。しかし、それなら、身分を偽らなくてもよいのでは? 殿下の呼び名はそのままで良いかと思います」
「いやいや、あくまでも極秘調査ですから。今回の事件を調べているのが俺だとバレて、そこから詮索されるかもしれません。いやはや、城で後生大事に保管していたのが偽物でした~なんてことが公になったら、笑えませんからね。アハハ」
笑っている。
「──というわけで、ご理解いただければと思います」
笑顔のオーレリアンにあらがったところで、時間の無駄のような気がしたリリアンローゼは、さっさと切り替えた。
「呼び方については、わかりました。ただし、敬語については徐々に、ということでよろしいですか?」
「もちろんです」
「では、参りましょうか。リアン」
「はい、ローゼ」
そうして向かった遺体安置所では、さっそくオーレリアンの肩書が役に立った。
極秘調査にあたり、宰相名で調査許可証は持参していたものの、昨日の今日ということもあってか、遺体安置所までは連絡が行き届いていなかった。
突然訪れた貴族令嬢に、死体の検分と検死報告書の閲覧を求められ、
「このような許可証を我々は見たことがありませんし、王城からの通達もありません。確認を取らせていただきますので、後日、お越しください」
真面目な担当者は難色を示し、追い返す気満々だった。
ここで事を荒立てれば、極秘調査の意味がない。仕方がない、と日を改めようとしたとき。
「悪いな。隠すつもりはなかったんだけど……」
オーレリアンは首元から提げていた聖騎士団の紋章をみせた。
王都の治安を守るために設立された治安維持隊は、王国に4つある騎士団の下部組織となる。なかでも聖騎士団は、王都を守護する最上位の騎士団で、その騎士団長ともなれば、組織の最高指揮官であった。
「大変、失礼を致しました!」
聖騎士団長だけが持つ金の紋章に、一気に顔色を変えた担当者が低頭平身「申し訳ございません!」謝罪する。
「いいから、いいから。いつも髪をあげて、しかめっ面で騎士服を着て歩いているからね。私服だったら分からなくても仕方がないよ。それに、キミは自分の仕事をきちんとまっとうしただけじゃないか。感心したよ」
「もったいない御言葉です!」
「そこで、仕事熱心で口が堅そうなキミを見込んで頼みがある。詳しいことは云えないけれど、上層部の調査の一環なんだ。俺と令嬢がここを訪れたことは内密にしてもらいたい」
「もちろんです!」
さきほどまでとは打って変わり、じつに協力的になった担当者のおかげで、リリアンローゼは遺体と検死報告書から、必要な情報をすべて得ることができた。
治安維持隊の駐屯地の敷地を出たところで、となりを歩くオーレリアンに礼を伝える。
「ありがとうございました。結局、助けていただきましたね」
「お役に立てて何よりです。必要な情報は入手できましたか?」
「おかげ様で、自分の仮説に裏付けすることができました」
「それは良かった。ところで、その仮説を是非とも共有させていただきたいのですが」
仕方がない。
「わかりました。それでは場所を変えて──」
どこがいいかと考えた末、機密情報が漏れにくく、関係者以外の立ち入りが厳しく制限されている場所。
「騎士団の拠点でもある軍部に行きましょうか。あそこなら……」
「あのようなむさ苦しい男ばかりの場所は、絶対にダメです」
これまでになく、頑なに拒否された。
「では、殿下の執務室があればそこで……」
「それもダメです。王城はダメなんです。なぜなら今日は、視察から戻った兄が登城していますから。それから、殿下ではなく、リアンです」
また、はじまった。アレもダメ、コレもダメ……
眉をひそめるリリアンローゼに、オーレリアンがふたたび顔を寄せてくる。
「いい場所があります。行きましょう、ローゼ」