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第4話 黒狼



 王都の郊外にある冒険者ギルド【黒狼】は、セレスタイン王国の建国とほぼ同時に誕生したギルドで、10年ほど前までは、中級、低級ランクの依頼を請け負う中堅ギルドだった。



 しかし、新たなギルドマスターが登場してわずか数年で、大陸でも三本の指に入る巨大組織となり、S級、A級ランクの冒険者を多く抱えていることから討伐依頼が多く、現在、大陸でもっとも稼いでいるギルドといっても過言ではないだろう。



 メルケルは、いまだに信じられなかった。



 夜も更けた道端で、「リリア~ン」と切ない声をあげている男が、巨大組織【黒狼】のギルドマスターで、メルケルの主人であるリリアンローゼに、報われない恋している粘着系自己中男だとは。



 尾行、待ち伏せ、居座りは、あたりまえ。



 嫉妬も人一倍激しく、とくにメルケルは目の敵にされている。



「朝から晩まで、俺のリリアンといっしょにいやがって……許せない、許せない、到底、許せない」



 恨み節を吐いたあと、きまって「殺すッ」と攻撃してくる。



 戦闘に特化したダークエルフを相手にして、互角でやり合える人間を、この男以外、メルケルは知らなかった。



 今夜もひとしきり手合わせしてから、



「リリアンに渡しておいてくれ」



 粘着系自己中男は、懐から大事そうにラベンダー色の封筒を出して渡してきた。無表情のメルケルは受け取らない。



「マスターからの恋文は、金輪際、一通も受け取らないようにと、お嬢様からきつく云われております」



「これはちがうっ! そもそも、俺が恋文を書いたら、こんな薄っぺらい封書に収まるわけがないだろう! 情報だ……その、国王から面倒な依頼をされたんだろう。助けになればと思って……とにかく、これは渡すんだ」



 強引に握らされた封筒を見て、メルケルは思った。



 1、2時間前のことが、いったいどこから漏れたのか。



 気持ち悪いほどの情報網を持つ男は、狂おしい目で3階の窓を見上げたあと、ささやいた。



「おやすみ、リリアン」



 すぐに立ち去るかと思ったら、そこから数分見上げつづけ、やっと歩き出したかと思ったら、すぐに立ち止まって名残惜し気に振り返ること数回。



「マスター、いい加減にしてもらえませんか。さすがに、気持ち悪すぎます」



「うるさい、黙れっ!」



短剣を投げつけてきたあと、ようやく夜の闇に消えていった。



 翌朝──



 朝一番で、母エレオノーラに本物の耳飾りを届けたリリアンローゼは、エリク伯爵家から宝石店に戻り、地下室で今朝の新聞を開いた。



 2件の殺人事件に関する続報はなく、がっかりしたあと、ストーカー男からの便箋3枚に及ぶ手紙を読んだ。



『親愛なる俺の女神リリアンへ』からはじまる1枚目は、グシャリと握りつぶして屑箱に捨て、2枚目の中段あたりから、ようやく情報らしくなってきた内容に目を通す。



「どうですか? 何か有益な情報はありましたか?」



 お茶を淹れてくれたメルケルに、「まあね」と頷き返す。



「ふたつの殺人事件がつながったわ。最初の事件が起きる前日に、2件目の被害者の高利貸し屋は、1件目の被害者から耳飾りを買っているわ。2件の犯人が同一人物だとするなら、最初から『耳飾り』が狙われていた可能性が高い」



そして、もうひとつの可能性。



「おそらく2件目の被害者は、この耳飾りが本物だと知っていたのかも知れないわね」



「そう考える理由をお伺いしても?」



 お茶を飲みほしたリリアンローゼが立ち上がる。



「それを教える前に、まずは確かめにいきましょう。メルケル、出かけるわよ」



「どちらにですか?」



 1階へとつづく扉の前で、クルリと振り返ったリリアンローゼが、目を輝かせる。



「遺体安置所よ」



 リリアンローゼが経営する宝石店がある商業区域から歩くこと20分ほどの場所に、王都の治安を維持する治安維持隊の駐屯地がある。



 隊舎の敷地内には、仕事がら怪我の多い維持隊員専用診療所があり、診療所に併設されているのが、身元不明の遺体や事件性のある遺体が運び込まれる遺体安置所。検死もここで行われる。



 1件目の事件につづき、2件目の事件の遺体もここに運び込まれ、そろそろ検死結果が出るころだろうと、出向いたわけだが、駐屯地の敷地前には、



「エリク伯爵令嬢、お待ちしておりました」



 約束をしていない待ち人がいた。



 今日は非番なのか。町に溶けこむような軽装をしているが、どうにも隠せない気品を漂わせているのは、セレスタイン王国聖騎士団長にして、現国王陛下とよく似た面差しの第2王子・オーレリアン殿下。



 なぜ、ここに……という、質問はあとにして、



「オーレリアン殿下に、ご挨拶申し──」



 頭を下げようとしたところで、先手を打たれた。



「あっ、今日は『殿下』はナシの方向で」





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