リリアンローゼが王城から帰途についたのは、夜だった。
帰途といっても、王都で最も美しいといわれる屋敷ではなく、経営する宝石店の地下。裏稼業『アンティクウス』の拠点で、メンバーはリリアンローゼと侍女から男性の姿になったダークエルフの相棒メルケルのみ。
「お嬢様好みの依頼ではありますが、けっこう、厄介ですね」
魔力で光る魔石灯の下に立ち、耳飾りを光にかざしたメルケルは、さっそく分析をはじめた。
「個性的なカッティングですね。調べてみないとわかりませんが、名のある宝飾師の1点もので間違いないかと。それにしても、色相、色調、彩度……けっこう長生きしていますが、これほどの翠玉は見たことがありません」
「そうね。
もう何度目になるかわからない新聞の記事に、リリアンローゼは目を通す。
「それをどうして……遺体で発見された男が持っていたのかしら。この高利貸し屋の商売相手のほとんどは、町の商人や平民よ。借金のカタだったとしても、この耳飾りが平民の元にあったというのが、まず不自然」
「盗品でしょうか?」
「それが、ちょっと……わからないのよねえ。今回の事件の最大の謎、ってとこかしら」
これより数時間前。
国王カールとの会話を思い出して、リリアンローゼは大きな溜息をついた。
『じつはこの耳飾りの正当な所有者を、わたしは知っている』
『どなたですか?』
『わたしの高祖母にあたる故ウルリカ女王陛下だ。ちなみに、王家の宝物殿を確認したところ、しっかりと左右一対の状態で保管されていた』
『それは、つまり……』
『そう。我々王家としては、できることなら宝物殿にあるのが本物で、遺体が所持していた片側だけの耳飾り、こちらが偽物であって欲しいのだが……さて、リリアンローゼ嬢、宝石眼を持つキミが見て、これは偽物だろうか?』
血が付着した片側だけの耳飾り。
リリアンローゼの両目の宝石眼は、何度見ても、こちらが【本物】だと訴えてきた。
宝石店の地下室に、茶葉の香りが漂う。
湯気のたつカップをメルケルから受け取ったリリアンローゼは、ひとくち飲んだあと、宝物殿での鑑定結果を告げた。
「王家が保管していたウルリカ女王陛下の耳飾りは、残念ながら偽物だった。とても出来の良い模造品だったわ」
「それで陛下から『アンティクウス』に極秘調査が依頼されたのですね。まだ見つかっていない、もう片方の耳飾りの捜索ですか?」
「そういうこと。起きてしまったことはしょうがないけれど、これを機に陛下は、宝物殿にある宝飾品の再鑑定をすることを決定されたわ。管理体制も一新するそうよ」
ここからが厄介だった。
「それまで
正直なところ、こんないわくつきの品は預かりたくなかったが、
『残念ながら、新たな管理体制となるまで、王家の宝物殿は信用できなくなってしまった。かといって、王家由来の宝飾品を、他の証拠品といっしょに保管するのは、治安隊にとって荷が重いだろう』
というわけで──『そっちで預かってくれ』となってしまった。
「エレオノーラ様の幻影魔法は最強ですからね。万が一にも盗人が屋敷に侵入したら、迷宮から生きて抜け出せることはないでしょう。しかし、お嬢様、それなら
しれっ、とそんなことを云うダークエルフに「よく云うわ」と、リリアンローゼは眉をしかめる。
「城を出てからずっと、いつもの奴に尾行されているのは気づいていたでしょ」
気づいていなかった、とは云わせない。
「まあ、そうですね」
「気づいていたにも関わらず
そう云って、宝石店の3階にある寝室に行ってしまったリリアンローゼ。
「おやすみなさいませ、お嬢様」
見送ったメルケルは、転移魔法で一瞬にして宝石店の裏道へと移動した。
宝石店の裏手で堂々としゃがみ込んで、カーテンが閉められた3階の窓を堂々と見上げている男は、深めにかぶったフードをとり、しかめっ面を露わにした。
「なんだ、オマエだけか。リリアンは?」
「こんばんは。【黒狼】のギルドマスター、静かな夜ですね。ところで、下手な尾行のせいで、お嬢様は憤慨しておりますよ」