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第3話 宝石眼



 リリアンローゼが王城から帰途についたのは、夜だった。



 帰途といっても、王都で最も美しいといわれる屋敷ではなく、経営する宝石店の地下。裏稼業『アンティクウス』の拠点で、メンバーはリリアンローゼと侍女から男性の姿になったダークエルフの相棒メルケルのみ。



「お嬢様好みの依頼ではありますが、けっこう、厄介ですね」



 魔力で光る魔石灯の下に立ち、耳飾りを光にかざしたメルケルは、さっそく分析をはじめた。



「個性的なカッティングですね。調べてみないとわかりませんが、名のある宝飾師の1点もので間違いないかと。それにしても、色相、色調、彩度……けっこう長生きしていますが、これほどの翠玉は見たことがありません」



「そうね。ちまたでは、まずお目に掛かれない品で……それこそ、博物館にあってもおかしくないアンティークの耳飾りよ」



 もう何度目になるかわからない新聞の記事に、リリアンローゼは目を通す。



「それをどうして……遺体で発見された男が持っていたのかしら。この高利貸し屋の商売相手のほとんどは、町の商人や平民よ。借金のカタだったとしても、この耳飾りが平民の元にあったというのが、まず不自然」



「盗品でしょうか?」



「それが、ちょっと……わからないのよねえ。今回の事件の最大の謎、ってとこかしら」



 これより数時間前。



 国王カールとの会話を思い出して、リリアンローゼは大きな溜息をついた。



『じつはこの耳飾りの正当な所有者を、わたしは知っている』



『どなたですか?』



『わたしの高祖母にあたる故ウルリカ女王陛下だ。ちなみに、王家の宝物殿を確認したところ、しっかりと左右一対の状態で保管されていた』



『それは、つまり……』



『そう。我々王家としては、できることなら宝物殿にあるのが本物で、遺体が所持していた片側だけの耳飾り、こちらが偽物であって欲しいのだが……さて、リリアンローゼ嬢、宝石眼を持つキミが見て、これは偽物だろうか?』



 血が付着した片側だけの耳飾り。



 リリアンローゼの両目の宝石眼は、何度見ても、こちらが【本物】だと訴えてきた。



 宝石店の地下室に、茶葉の香りが漂う。



 湯気のたつカップをメルケルから受け取ったリリアンローゼは、ひとくち飲んだあと、宝物殿での鑑定結果を告げた。



「王家が保管していたウルリカ女王陛下の耳飾りは、残念ながら偽物だった。とても出来の良い模造品だったわ」



「それで陛下から『アンティクウス』に極秘調査が依頼されたのですね。まだ見つかっていない、もう片方の耳飾りの捜索ですか?」



「そういうこと。起きてしまったことはしょうがないけれど、これを機に陛下は、宝物殿にある宝飾品の再鑑定をすることを決定されたわ。管理体制も一新するそうよ」



 ここからが厄介だった。



「それまで本物これは、エリク家うちで一時預かりになったわ。エリクの屋敷に、お母様の幻影魔法をかけて保管しておいて欲しいって」



 正直なところ、こんないわくつきの品は預かりたくなかったが、



『残念ながら、新たな管理体制となるまで、王家の宝物殿は信用できなくなってしまった。かといって、王家由来の宝飾品を、他の証拠品といっしょに保管するのは、治安隊にとって荷が重いだろう』



 というわけで——『そっちで預かってくれ』となってしまった。



「エレオノーラ様の幻影魔法は最強ですからね。万が一にも盗人が屋敷に侵入したら、迷宮から生きて抜け出せることはないでしょう。しかし、お嬢様、それなら地下ここに寄らず、屋敷にお戻りになった方が良かったのでは?」



 しれっ、とそんなことを云うダークエルフに「よく云うわ」と、リリアンローゼは眉をしかめる。



「城を出てからずっと、いつもの奴に尾行されているのは気づいていたでしょ」



 気づいていなかった、とは云わせない。



「まあ、そうですね」



「気づいていたにも関わらずかなかったんだから、メルケルが相手してきてよね。わたしはもう寝るから。それじゃあ、よろしく」



 そう云って、宝石店の3階にある寝室に行ってしまったリリアンローゼ。



「おやすみなさいませ、お嬢様」



 見送ったメルケルは、転移魔法で一瞬にして宝石店の裏道へと移動した。



 宝石店の裏手で堂々としゃがみ込んで、カーテンが閉められた3階の窓を堂々と見上げている男は、深めにかぶったフードをとり、しかめっ面を露わにした。



「なんだ、オマエだけか。リリアンは?」



「こんばんは。【黒狼】のギルドマスター、静かな夜ですね。ところで、下手な尾行のせいで、お嬢様は憤慨しておりますよ」






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