王都のメインストリートにある宝石店から馬車を走らせ、伯爵令嬢リリアンローゼと侍女は、30分後に王城へと到着した。
出迎えに現れた国王陛下付きの侍従に、
「エリク伯爵令嬢、お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
案内されながら、回廊を歩くリリアンローゼに、あちらこちらから羨望の眼差しが向けられる。
メルケルが声をひそめた。
「久々の王城にございます。くれぐれも、猫かぶりは万全に。お嬢様は今──立てば
「はい、はい。わかってるわよ」
軽く目を伏せ、淑やかな令嬢を演じながらリリアンローゼは、国王カールが待つ執務室の前でメルケルと別れ、侍従とともに執務室へ。
国王カールの面前で、優雅に膝を折った。
「国王陛下にご挨拶申し上げます。エリク伯爵家、リリアンローゼにございます」
「よく来てくれた。さあ、こちらへ」
執務中だった国王カールは立ち上がり、人払いをすると、となりにある応接間へとリリアンローゼを促した。
「急に呼び出して、申し訳なかったね」
お茶が用意された応接間のカーテンは閉められている。
いま部屋にいるのは、上座に座る国王カールとリリアンローゼ、それから愛娘の真向いで、「リリアン、ごめんよ」と口を尖らせて座る父・エリク伯爵だった。
国王の側近であり旧知の友でもある父は、セレスタン王国の財政長官を担っている。そして、妻と娘を溺愛していることで有名だ。
本日、前触れもなく突然、国王が娘を呼びだしたことに、すでに腹を立てていた。
「わたしの娘に、いったい何の御用があるのでしょうか。陛下もご存知のとおり、我が娘は王都一の宝石商を営んでおりまして、国内外から鑑定依頼が殺到、多忙を極めております。わざわざ、王城に足を運ばせてまでの緊急重要案件とは、いったい何でございましょうしょうか」
そんな父の態度にも、国王カールは慣れたもので、「まあ、そう怒るな」とティーカップを口に運ぶと、リリアンローゼの顔を見てニッコリ。
「エレオノーラに似て、相変わらず美しいな」
「陛下……まさかとは思いますが、恋人同士だった、わたしたちに横恋慕したあげく、エレオノーラに振られたからって、今度は娘のリリアンに手を出す気ですかっ! そんなことをすれば、わたしは直ちに、妻子を連れて領地に引っ込みます! いや、国外に逃れます!」
「それは、さすがに困るな。国の経済が混乱してしまう。さてと、側近に怒られたことだし、そろそろ本題に入ろうか。リリアンローゼ嬢、最近の新聞は読んでいるかな」
そう云って、国王カールがテーブルに置いた新聞は二部。どちらも、リリアンローゼが関心を寄せている連続殺人事件が報じられた記事が載っている日付のものだ。
「治安維持隊が捜査しているという、ふたつの事件のことでしょうか。たしか、陛下直属の聖騎士団も動いているとか。その件に関して、わたしの力がお役に立ちそうですか?」
「察しが良くて助かるよ。大陸で唯一の宝石眼を持つキミに、鑑定をしてもらいたい品がある」
国王カールは、懐から白い布包みを取り出してテーブルの上に置いた。
血のような染みがついた布が開かれると、そこには新緑色に輝く翠玉の耳飾りがひとつあった。
別名『真贋の眼』と呼ばれる宝石眼を持つ者は、宝石に限らず、聖なる遺物から骨董品の真贋まで、あらゆる物の価値を見抜くことができる。
大陸全土で、千年にひとり生まれるかどうか。
神殿で洗礼式を受けた生後1か月のリリアンローゼが、その貴重な眼を持っていることが判明したとき、王都セレスでは祝賀パレードまで開かれた。
神官たちにまつり上げられ、あやうく聖女として神殿住まいになりそうだったと、娘の誕生日のたびに父エリクは憤慨した。
国王カールの口添えもあって、神殿住まいを免れたリリアンローゼは、母ゆずりの美しさと、父ゆずりの商才を兼ね備えて成長。宝石眼を活かして起業した宝石店は、今や王都一の人気店となった。
目の前にある『翠玉の耳飾り』を、リリアンローゼはじっと見つめた。いかにも事情ありげな、といった雰囲気の鑑定依頼品。
ああ、これは、ふつうの鑑定依頼ではない。
付着した血痕は、被害者のものか。それとも、加害者のものか。
国王直属の聖騎士団がひそかに動き出している連続殺人事件と、いったいどんなつながりがあるのか。
事件に関する遺留品と見られる耳飾りを、ひとめ見た瞬間から、リリアンローゼは好奇心を押さえることができなくなっていた。
悪戯に目を細めたのは、国王カール。
「さて、リリアンローゼ嬢。宝石鑑定のほかに、もうひとつ、キミの裏稼業『アンティクウス』に依頼したい。前金は弾むよ」
その依頼内容は、やはり只事ではなかった。