ナクロガプラのギルド長、チェスカー・ラグランドは考えていた。あの例のとんでもパーティーの事である。アレだけ規格外の生き物が揃っているのに、何故こんなに無名なのかと言う事だ。どう考えても注意喚起されて可笑しくないレベルだった。なのに、情報が回ってきていないのである。
そうして、気付いたのだ。
これ、態とだな、と。
最初はチェスカーも他のギルドに、ベエウアギアなるパーティーには気を付けろと注意喚起を行うつもりだったのだ。だが、気が変わった。
全員苦労しろ。
これである
これからあのパーティが立ち寄る全てのギルドの人間全員苦労しろ。
何もこれは、チェスカーだけの思いではない。今まであのパーティに関わってきた人間全てがそう思ったはずで、だからこそ、無名なのだ。そうだ。そうに違いない。
因みに先日の塔姫によく似た何者かによって引き起こされた問題は、既にギルドの手を離れていた。尋問を続けるうちに、問題が大きくなり、国の扱いに変わったのである。こうなるともう、チェスカーのすることはない。魔族のコピーとはまた、思い切った事をするものだと感心すらしていた。そのような事が可能であることに恐れも抱いていた。但し、実力は本物には遠く及ばない事も分かっている。目の当たりにしたあの炎と水、あれを軽く出せるレベルでコピーされたら詰む。しかし、そこまでの技術は無いらしい。無いうちに、駆逐して欲しい。組織ごと。頑張れ、軍。最早無関係を決め込んで、溜息を吐いたのだった。
こうして、チェスカーの平和な日常は戻って来た。
その筈だったのだ。
「大変です、ギルド長!」
「なんだ、また魔族でも来たか?」
息せき切って現れた部下に向かって軽口を叩く。あれ以上の大変な事など、そうはない。分かっているからこそ、言ったのだ。
「ペリシエ将軍です!」
「は?」
「ペリシエ将軍が直々にお見えになりました!!」
ポカン、と、チェスカーは口を開けて呆けたのだった。
ペリシエ将軍。正直チェスカーは、ペリシエ将軍て誰だっけ、と、そんな事を思ったのだ。現実逃避だった。ローラン・ド・ペリシエ。海の向こうの大陸、エナスジャエルーネ帝国の御貴族様である。何故そのような大物が、このような所に。
理由は分かっていた。
いや、思い出したと言うべきか。
先日街に滞在していたベエウアギアなるパーティのメンバーである、アヴドーチアが原因である。何故か、世界中のギルドに捜索依頼が出されている娘で、その捜索主が、ペリシエ将軍なのだ。
正直、忘れていた。
何と言っても、此処にいますと帝国に伝えたのは、十日以上前の事である。隠蔽は恐ろしいので、素直に報告はしたのだ。ただ、距離もあるし、本人が直々に来るなどとは全く予想だにしていなかったのである。
将軍、フットワークが軽すぎる。
来てしまった以上、会わない訳には、いかない。
相手は他国の軍人で、しかも貴族である。失礼な振る舞いなど出来るはずがなかった。チェスカーは覚悟を決めた。どうせ何を言われたところで、アヴドーチアはいないのだ。正直、いないと言うしかないのである。
「チェスカー・ラグランドと申します」
成程、確かに男前。
ローラン・ド・ペリシエと相見えたチェスカーの素直な感想である。仕事で来たわけではないと示すよう、私服であった。しかしだからこそ余計に、貴族であることが感じられた。余りにもギルドと不似合いである。此処は基本、荒くれ者が屯する場なので。反してペリシエ等、洗練された服装に見合った顔つき。銀の髪は気高さすら覚えさせた。最早、同じ生き物かどうかも疑問に思う有様。勿論同じである。
「美味しいお茶ですね」
その上、物腰も柔らかいと来た。何か欠点があるのだろうか。そう、思いながらチェスカーは答えた。
「ええ、特産なんですよ。是非お持ち帰りください」
「ありがとうございます。彼女もこれを?」
「ええ」
平然とチェスカーは嘘を吐いた。茶など、出していない。彼女、と、言うのは、勿論アヴドーチアの事であろう。確かにギルドに訪れはしたが、一介の冒険者に茶を振舞う事など基本ない。しかし否定するのも面倒なので、嘘を吐いたのだった。どうせバレない嘘だと分かっていた。
「態々ご足労願ったのに申し訳ない。既に彼女は発った後でして」
「分かっています。残念ですが、いた痕跡だけでも見たかったのです」
いた痕跡なんてあったっけな。口に出さず疑問に思う。同時に、何とも健気過ぎて、気持ち悪いとも。もう逃げずに帰ってやれよと、此処にいない女に向かって内心で言った。一見物腰は柔らかいが、それでいて執念深く絶対最後には捕まえるタイプの男だろう。悪あがきは止めて帰った方がいい。何も知らない癖に、そんな事を思ったのである。大体そう言う質でもなければ、全世界のギルドに捜索願いなど出さない。しかも、こんなに簡単に海を越えてやってこない。暇を持て余しているタイプではないに違いないのだ。
カップ片手に液体の表面をペリシエは見ている。もしかすると、チェスカーが見えない何かが其処には浮かんでいるのかも知れなかった。病気の類である。
「閣下」
「はい、なんでしょう」
ふと、チェスカーは話しかけてしまった。にこやかに相手は言葉を返してくる。
「アヴドーチアさんは、あなたにとって、どう言う存在ですか?」
込み入った事を聞いている。その自覚はあった。何を尋ねているのかと言う思いもあった。だが、口を突いて出てしまったのだ。案の定問われたペリシエは目を丸くして、僅かに思案したのだ。
「そうですね、彼女は、その」
一度、口を閉ざす。きっと今、思い浮かべているのだろう。此処にいない女性の事を。伏せた目は長い睫毛に縁取られ、アヴドーチアよりずっと淑女めいていた。
「とても、素晴らしい、女性です」
一言一句、切りながら発した。何が素晴らしいか。詳しく聞かずともチェスカーには分かってしまった。ローラン・ド・ペリシエが、頬を染めたからである。今までの悠然とした姿とは打って変わり、目を泳がせて、顔を赤くして、背を丸めている。明らかに口に出せない事を思い出している事は明らかで、チェスカー・ラグランドは、性奴隷のスキルについて俄かに信じ始めたのだった。