美都子が案内した場所は、廃校舎の裏庭だった。
廃校舎の影に入っていて薄暗いそこはゴミ捨て場で、頑丈な鉄製の焼却炉が隅に置いてある。ゴミを上から放り込み、焼けたあと、下の口から灰を火かき棒でかき出すという古い型の物だ。赤サビが全体を覆うほど浮いて、煙突部分のアルミが途中でへし折れてしまっているが、交換してサビを落とせばまだ十分使えそうに見えた。
「あれか」
「……う、ん……」
なんとも歯切れの悪い声だ。
「外から校舎を撮ってるときに気付いたんだけど、そのときもなんか、嫌だなーって感じてて。雰囲気? なんか、そういうの。
それから英一を捜してるときにここへ来たら、それがもっと強くなってたの。今も、これ以上近づきたくない。でも、もしかしたら……」
「あそこに弟がいるかもしれないと思うのか?」
その問いに、美都子はびくっと、目に見えて分かるほど大きく両肩を震わせた。
「分かんない」
無意識といった様子で背中を丸め、両方の二の腕をさすり始める。
「そうじゃないって、確認してほしくて……」
じっと焼却炉を見つめ続ける美都子を見下ろして、政秀は「分かった」と焼却炉へ歩み寄った。
何の変哲もない、ただの焼却炉だ。
(だが、確かに)
見るからに重そうな赤い鉄のドアの取っ手に両手をかけ、一気に引き開く。中をのぞき込み、ついで下の、たまった灰をかき出すための窓を開く。落ちていた火かき棒を使って政秀は中の灰をかき出して、灰の山が平たくなるまで広げた。
やがて、灰の中からひとつまみ、何かを取り出す。
「……何? それ、まさか……?」
「いや。子どもの骨じゃない」
指でもてあそんでいた、親指の先ほどの白い何かを尻ポケットにしまって、政秀はもう一度炉の中をのぞき込んで中を確認してから赤いドアを閉じた。
美都子の元へ戻ると、彼女は見るからに安堵した様子で、緊張の解けた笑顔になる。
「良かった。もしかして、って、ずっと胸から離れなかったの。でもこんなこと、加奈子には頼めなくて……。
ところで、さっき何を見つけたの?」
「ああ、これは――」
グルルルル……と、突然犬のうなり声がした。
山へと続く茂みから、大きな四つ足の黒い生き物が飛び出してくる。見た瞬間、山にいる野犬だと思ったが、違った。その犬は顔の中央に巨大な目が1つある化け物だった。口には何か大きな物をくわえていて、それが人の右腕だと分かった瞬間、美都子の口から「ひっ」と喉の奥が引きつった声が出た。
犬の放つ異様な気配に気圧されて後ろへ一歩後退した美都子は、政秀に肩をぶつける。
犬は血のしたたる腕をくわえたまま、先よりももっと大きな威嚇のうなり声を発した。まるで獲物がここにいると、群れに伝える狼のようだ。
そしてそのうなり声に呼応するように4つのうなり声が山のほうから聞こえてきた。何かがこちらへ走ってくる音があちらこちらで起きて、ガサガサと茂みが揺れたと思うや2匹目が姿を現す。その犬もやはり一つ目で、左腕をくわえていた。次に現れた犬は右足を、その次は左足を。
5匹目が長い黒髪をくわえて茂みから現れ、若い女の首を引きずっているのだと分かった瞬間、美都子は悲鳴をあげそうになった自分の口を押さえた。
悲鳴をあげたりしたら、心配した加奈子がここまでやってくるかもしれない。
ぐっと声を飲み込む美都子を背にかばうように、政秀が前に出た。
その動きに敏感に反応して犬たちはくわえていた獲物を落とし、すぐさま政秀に向かって吠え立てた。一番前にいる2匹の犬は、頭を低く落としていつでも飛びかかる体勢になっている。
その犬の巨大な一つ目の中央に、政秀は銃弾を撃ち込んだ。
「どいつもこいつも、俺の気に反応したんだろうが、甘いな。プロが何の準備もせずに来るはずがないだろう」
「いや、銃!!!」
いつの間にスポーツバッグから取り出していたのか。右手に握られた黒くゴツい銃を見て、美都子が大声でツッコんだ。
「って、それ本物!? 本物だよね!? 今、撃ったし!!
なんであんたそんな物、この日本で堂々と持ち歩いてんのーーー!!!」
銃刀法違反ーーーー!!!!
政秀は美都子側の耳を押さえた。
「ああうるさい。
教えてやる。その答えは、金だ」
金さえあれば、この世で通らない要求など片手で足りるくらいしかない。
ほぼ無敵のマジックアイテム、それが金。
(それは、そうだけども……)
あっけにとられている美都子の前で、政秀は次々と犬たちを撃っていく。犬たちも最初の1発にこそ驚き、反応することができずにいたが、すぐにまた鋼鉄の牙をむき、ただの犬ならざる動きでステップを踏んで一斉に政秀へ飛びかかった。
政秀はあわてることなくそれに対処した。彼が撃った弾は全て犬の体に当たり、後方へはじき飛ばす。回転し、四つ足で着地した硬直の瞬間を狙って、確実に急所の目に撃ち込んだ。
美都子は知らなかったが、ただの銃でナイトフォールの生き物に致命傷を負わせることはできない。その秘密は銃弾にあり、不浄の体に着弾する瞬間、弾の先端に刻まれた真言が効果を発揮して光文字を発しているのだが、当然ながら人の動体視力で捉えることは不可能だった。
最後の5匹目に政秀が対処しているとき、美都子は離れた所からこちらを観察している犬がいることに気付く。
その犬は先の5匹と全く違う、ずんぐりとした体つきをしていて、人間の顔をしていた。
そのうすら笑いを浮かべた顔が、あの化け物と同じ、溶けただれた男のものだと分かった瞬間、美都子はぞっとして政秀のシャツを引っ張った。
「おじさん、あれ……!」
美都子が言い終わるよりも早く政秀の銃弾が人面犬に向かって飛んだが、人面犬が動くほうがわずかに早かった。
茂みに飛び込み、あっという間に消えてしまった。
「美っちゃん!! 長谷川さん!!」
「二度とおじさんと言うんじゃない」と、頭をこぶしに固めた両手でぐりぐりお仕置きされていたところで、加奈子が息を切らせながら2人のもとに到着した。
「びっくりしたわ、いきなり銃声が何回もして。もしかして2人が撃たれたのかと……でも、無事でよかった」
「いたたたた……。
心配かけちゃって、ごめんね。
でもほんと、びっくりだよ! このおじさん、こんな隠しアイテム持ってるんだもんっ」
危機が去り、緊張がほどけたことで美都子も軽口が出せるようになる。
加奈子はにっこり笑って返して美都子の横を抜けると今度は政秀へ近づいた。
「そう。これがあなたの奥の手だったの」
「……加奈子……?」
いつもの加奈子らしくないその口調に何らかを感じて、振り向いた美都子の前で。
突如加奈子の左手にヘビのウロコのようなものが現れた次の瞬間、手が巨大化し、長く伸びた鋭いかぎ爪で政秀の銃持つ手を攻撃した。
「加奈子!?」